一朝一夕には成らない

「っ!」

 身体を少しずらすと子供とは思えない速さと重さの拳が右頬すれすれを通り過ぎていく。その拳の主の陰に隠れていた存在が陰から飛び出して跳び蹴りを放ってくる。脚の側面に掌底を打ち込んで顔への蹴りを左に流したが気を抜く暇もない、後ろでは別のガキが包丁で俺の背中を狙っている。両脇に攻撃を流して空いた前方に前転しながら振り上げた踵で包丁を持つ手を蹴り上げ包丁を弾き飛ばす。

「あぁ~、もう鬱陶しい。いい加減にしろよ」

「うっさい! 俺たちはお前をやっつけて俺たちは戦えるって証明して父さんの仇を取るんだ…………クソッ! なんでだよ!? 俺たちの方が速いはずなのに!」

 確かにこいつらは混血者だから継続して出せるスピードは俺より速いんだろうけど、強化すれば瞬間的に出せるスピードは俺の方が余裕で速かったりするんだよあなぁ。こいつらの父親は当然異界者で、救助で外に出た際に帰らぬ人になったらしいが……こんな風に必死に想える父親がいるってのは少し羨ましく思う。それにしても、こいつらは訓練を始めた次の日から毎日ここに来てこの調子だ。一応トレーニングになってたりもするが、身体を動かす事も重要ではあるけど今は能力を完全に掌握する事が優先で、その為の訓練をするには一人じゃないと都合が悪いってのに…………訓練を開始してもう七日なのに初日以外能力を使ってないぞ。

「お前ら母親の所へ帰れよ。母親は生きてるんだろう? こんな事してると怒られるぞ、夫を亡くした上に子供まで失うような事を許可してるはずないよな? 俺より強いって証明出来ようが絶対に外に出る許可は出ないぞ」

「お前より強いって証明出来たら王様に許可を貰えるだろ! いいからさっさとやられろよ!」

 無茶苦茶に放ってくる拳をはたき落す。いくら混血者だろうとフィオより遅いならどうとでも出来る。俺がどれだけフィオに叩きのめされたと思ってるんだ? こんな子供になんかやられてられない。

「無駄だっての、だいたい十人もいて攻撃を当てられない。その上俺は能力を温存してるし剣だって抜いてない。やっても無駄だから一人にしてくれ、いつまで経っても訓練が出来ないだろうが」

「お、お前が素手だから合わせてやってるだけだ! 俺たちが強過ぎるから怪我させない様に手加減してやってるのに勘違いしてんじゃねーよ」

 リーダー格のやつが喚いているが、手加減してるのかマジなのかどっちなんだよ……十人がかりで手加減とか意味分かんないぞ。そしてさっき普通に包丁使ってただろうが、武器の管理がきっちりしていて子供が持ち出すのは無理で包丁をくすねて来たってところか?

「はいはい、強いんならもういいだろ、さっさと帰れ。俺は忙しい、既に六日も無駄にしてるし、さっさとここの大掃除を済ませて行かないといけない場所があるんだ。お前らの我儘に付き合ってる暇はない」

「我儘? 俺たちだって魔物を殺す事が目的だ! そうすればみんな助かるじゃないか! それが我儘か!?」

 さっき仇討ちだって言ってたじゃないか……必死なのは分かるし仇討ちしたいって気持ちも理解出来るが大人たちは絶対に許可しないだろう。これ以上こいつらに時間を食われて堪るか。一旦ここを離れて夜こいつらが寝静まってる頃に来よう。

「あっ! 逃げるなこの野郎! 戦って負けろ!」

「捕まえろ! そうすれば俺たちの方が凄いってのを大人に分からせる事が出来るかもしれない!」

 城に来た時の事を見ていた人も多かったらしく、その事はこの閉ざされた空間に簡単に広まった。外から来たやつが戦う訓練をしてればそいつは外に出て戦うんだろうという事も簡単にバレる。そいつより強いと証明出来れば外に出る許可が貰えると考えるのは分からなくもないが、自分たちがガキだって事も考慮しろよ……雑魚しかいないならまだしも、人を異形に変える存在が居る所へ自分の子供を送り出す親なんて居るはずがない。

「あぁーしつこい。城の中迷路みたいになってるし、既に迷ったし――」

「おい、本当にこっちか?」

「あいつ身体能力が高くなる能力でもないくせに逃げ足速過ぎだろ」

 ヤバい、追い付かれそう。でもどっちへ行けばいいのやら、無茶苦茶に逃げて入った事のない方に来てしまった。訓練しないといけないのになんで鬼ごっこみたいな事してるんだ――。

「こっち」

「へっ!? ちょ、誰だお前!?」

 俺の腕を引っ張ったのは制服っぽい物を着た女――女子高生?

「逃げたいんでしょ? 騒がずに付いてきなよ」

 腕を引っ張ったまま通路の奥の部屋まで連れて行かれた。

「ここって、牢?」

「そそ、今は使われてないけどね~。因みに一番奥の牢は床石を剥がせる場所があってね、外へ通じてるっぽい通路があるんだよ。まぁ魔物の声が聞こえたりするから城壁の範囲外に行くと魔物が居るっぽいから使えないんだけどね。隠れるには便利だからここまで来られても隠れる場所もあるよ」

 地下も城壁の内側には結界の効果があるって事か。というか――。

「なんでそんなの知ってるんだ? 目が黒いし服装的に異界者だよな? 芦屋みたいに結構立場が良いのか?」

「ないない、馴染んでる人結構居るけど真矢さん程出世してる人いないし、ここは暇だから探検してて見つけたんだ~。だってずっと城から出られないんだよ? ホント暇すぎぃ~」

 看守用の部屋っぽい場所にある椅子に座り込んで脚をバタバタさせている。短めのスカートがひらひらして…………。

「見たい?」

「別に」

 スカートの端を摘まんで持ち上げようとするな。

「まぁいいや、静だからよくここに来てるんだけど人が来た事ないから安心しても良いと思うよ」

「…………はぁ、まぁ助かったよ。あのガキどもしつこくてな、仇討ちしたいってのは分からんでもないけど、危ないし、異形に変えられてる人間を子供に見せるのも問題あると思うし……親が大人しくさせてくれりゃあいいのに」

「それは無理かもね~、奥さんたち落ち込んじゃってて心ここに在らずって人が殆どだし、落ち込んでるお母さんの為に仇討ちをするんだー、って子もいるから。代わりに周りの大人が制止してるけど上手くいってなくて先輩の所に押しかけてるって感じだよ」

「……先輩ってなに?」

「先輩は先輩だよ。同じ能力を持っていて先を行ってるから先輩、私あの日外を見てたから先輩の黒い電撃見てたんだよねぇ。あれかっこいいよね――というわけでどうすれば電撃が黒くなるのかおせ~て~」

「知らん、変化自体も人それぞれって聞いてるから方法なんか分かるかよ」

「えぇー、助けてあげたんだから教えてくれてもいいじゃん! 優しい後輩にサービスしよっ」

 いつ後輩になった……逃げた先にも面倒が…………部屋に戻って寝るか。ガキどもも寝てる相手を襲撃したりしないだろうし、使わせてもらってる部屋のある階は一般人は入っちゃいけない事になってるから帰れさえすれば落ち着けるだろう。

「ちょっと、どこ行くの?」

「部屋に帰って夜まで寝る」

「先輩が居るのって上の階だよね? やっぱいい部屋なの?」

「ぼちぼち?」

「いいな~、私なんて雑魚寝だよ。屋根あるだけマシだけど一人の空間欲しー」

 後から来たのに部屋を使わせてもらってるのは問題かなぁ……不満を持つ人も多そうだけど、今は覚醒者を怖がる人も居るらしいから今更雑魚寝ってわけにもいかないような? 芦屋に相談してみるか。

「ちょ、ちょ! 教えてよ! 男なら後輩のお願いを聞けるくらいの度量は見せないと」

「あ~、引きこもりだった俺には先輩も後輩も居ない。匿ってくれて助かったよ、んじゃな~」


「ワタル様、起きてください。もうすぐお昼になってしまいますよ」

「もう少し…………」

「さっきもそう言っていたじゃないですか、もう駄目ですよ」

 さっき? そんなの記憶にないぞ。

「眠い…………」

「ワタル様すごいお顔ですよ。ちゃんと眠れていないんですか?」

 結局昼間はずっとガキどもに襲撃を受けるせいで能力の訓練は夜しか出来ていない。昼間は多少相手をしつつ戦闘訓練をして、夜は夜でぶっ倒れるギリギリまで能力の訓練に費やし、空が明るくなる頃に身体を引きずりながら部屋に戻って休む、がそんな事を知らないシロナさんにぐうたらするのは良くないと昼前には起こされてしまう。睡眠時間が四時間前後…………一日七時間寝れないと死んでしまいそうだ。

「ちょっと忙しくて……寝てないというか寝れないというか……なのでせめて、もう少しの間起こさないでいてくれるとありがたいんですが」

「何をしているんですか?」

「えっと…………」

 ガキに追い回されてて昼間訓練出来ずに徹夜してますって言うのなんか情けないなぁ。

「…………いやらしいです。夜に寝ないで何をしているんですかっ!? いやらし過ぎます!」

 何を想像したんだ…………眠いと余裕は無くなる。頑張ってるのにこの言われようはカチンときたかもしれない。

「ちょっと」

「ひっ!? 来ないでください――きゃ!?」

 ヤバ…………寝不足過ぎてふらついた。結果シロナさんに突っ込んで押し倒す形に――げっ!? 下でシロナさんが目に涙をためてぷるぷるしてる。なにこの酷い罪悪感! ヤバいヤバい、完全に悪者じゃないか。毛人の刑に処されてしまう。

「や…………」

 や? 嫌ー! とか叫ばれる!? 早く起き――。

「優しく、してください」

 っ!? この人何言ってんの!? 涙目でこっちを見上げて小さく震えていた身体からふっと力が抜けた。そんな事言ったら色々危ないよ! スイッチ入るよ。あぁ、一気に目が覚めた。

「落ち着いて、何もしませんから――ふぁ~、眠い眠い」

 起き上がってシロナさんから離れて伸びをする。

「しない、んですか?」

 その質問もよろしくない。この人の中で俺ってどんな存在なんだ…………。


 押し倒してしまった事件以降シロナさんに避けられまくってクロエさんに心配されてしまった。顔を合わせるたびに頬を染めて走り去られてりゃ変だと思うよな。

 訓練を開始したはずなのに余計な事ばかり起こって進んでる実感が薄いが能力を使う事に因る疲労が減り始めているかもしれない。電撃を撃てる回数がまた増え始めているし操作も向上し始めてはいるがまだ完全じゃない。思ったところに当たらなかったり力加減がおかしくなる事もまだある。そんな状態で既に半月以上過ぎてしまった。通常の状態の時はこのくらいの期間の訓練で安定してた気がするのに黒になったらこの状態、それだけ力が増してると思えばありなのかもしれないが――。

「せんぱーい、今日もよろしくでーす」

 こいつ、れんもいつの間にか修練場に来るようになってしまった。面倒だから身体能力強化でも練習してろと言ったら毎日来て呻いている。加減が下手らしく最近は常に筋肉痛だとか。

「よろしくじゃないって…………勝手にやってろ、俺は自分の事で忙し――い!」

 顔すれすれを後ろから跳び蹴りをしてきたガキが通り過ぎていく。

「くっそー、今日こそ倒す!」

 もうこいつら俺が仇みたいになってきてるだろ、目的すり替わってるだろ! 毎日激しく動いて多少ストレスなんかが軽減しているのか、最初にガキどもに会った頃の焦りに支配された危うい感じは取れてきたと思うけど、逆に俺の方は訓練は上手くいかずガキどもの相手でストレスが蓄積されていくー!

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