起きたけど…………

 全身が痛い、重い……たしか、城にはどうにか辿り着けたはず、こんな事を考えて身体の感覚も感じてるんだから生きてはいるんだろうけど、なんとも気怠い。

「んぁ…………」

 声が出た。視界は白んでぼやけているが目も見えてる、が――。

「だっるぃ~」

「ワタル様!? 良かった、お目覚めになったのですね。気分はどうですか? 御身体に具合の悪い所はありませんか?」

 右の方から声がして顔をそちらに向けるとぼやけた視界の中にシロナさんらしき人がいる。声もシロナさんのものだったし間違いないか?

「シロナさん? うっ……頭ぐらぐらする」

「ぐ、ぐらぐらですか!? 異界者の方は疲れると頭が取れたりするのですか!? 急いでお医者様を、だ、誰かーっ!」

 傍に在った気配が走り去ってしまった。ん~、ぐらぐらだと取れそうって解釈も出来るか。歯がぐらぐらして取れたとか言うしな、くらくらの方がよかったか? でもどっちかと言うとぐらぐらの方がしっくりくる感じに頭も怠い。

「ふっ……くぅ!?」

 ここがどこなのか起き上がって確かめようとしたが身体に痛みが走り、まともに力も入らず動けなかった。よく考えたらおかしいな……たしかにバイクが壊れてから二人を抱えて走ったし、城までの距離もかなりのもので真っ直ぐ走ったわけじゃなく跳んだり避けたり色々したが、こんな風になる程の負荷だっただろうか? 能力だって最初の頃の実験以降はぶっ倒れるような事は無かったのに、電撃が黒くなった事と関係があるんだろうか?

「んぅ…………」

「っ!? クロエさん? 寝てんの?」

「…………」

「反応なし、寝てるのか」

 声がした左側を見るとベッドの脇にしゃがみ込んだクロエさんがベッドに突っ伏していた。お姫様が何やってんの? シロナさんはこれについて何も言わなかったのか? …………意識がはっきりし始めたら色々気になりだしたな。気絶前の状況からしてここは城の中の一室なんだろうけど、あれからどれだけ時間が経ったのか……身体の怠さからして大して経ってないのか? ――ノック?

「入ってもいいかしら」

 この声、気絶前に聞いた女の声か?

「はい、どうぞー」

 入ってきたのは深い緑の髪をしてメガネをかけた女…………この女の声がした後に風に吹き上げられたから覚醒者なんだと思ってたんだけど――ん? 眼鏡の奥に見える瞳は黒い? 紅月と同じで髪の色を変えてるのか?

「シロナって娘が大慌てで走って行ったけど……特に異常は無さそうね。三日寝込んだ気分はどう?」

「は? ……はぁ!? 三日っ!? 俺は三日も寝てたのか?」

「ええ、能力の使い過ぎだったんでしょうね。能力を使う事に慣れていないのに無理をすればそうなってもおかしくはないと思うけど」

 使う事に慣れてないはずないじゃん! 実験したり訓練だってしてたんだぞ? ……やっぱ黒雷が原因かなぁ。

「それはそうと、来客にも拘らず寝たままというのはどうなの?」

「いやこれは、全身疲労と痛みで動けない。起き上がれるなら起きるよ」

「能力に因るもの? あなた覚醒者よね? 城壁からあなた達を見ていた兵士やあなたが誘拐してきた二人からはあなたの能力は雷だと聞いていたんだけど、どうして人間を二人も運びながら魔物の群れの中を疾走する事が出来たの? 能力を複数持つという事例は聞いた事がないのだけど――ごめんなさい。先に自己紹介とお礼を述べるべきね。私は芦屋真矢あしやまや、こんな髪をしてるけど日本人で覚醒者よ」

 近くにあった花瓶の花から花弁を取って掌の上で舞わせている。やっぱりこの人の能力に助けられたのか。礼を言わないといけないのは俺の方じゃないか。

「やっぱり助けてくれたのはアンタか、危うく死ぬところだった。助けてくれてありがとう、俺は如月航」

「あの状況で見捨てるようだと人間として問題があるでしょ? 私からもお礼を言うわ、彼らを眠らせてくれてありがとう。あの異形には私の知り合いも多く含まれていたの、もちろん日本人も……あんな姿で生かされ続ける、どれだけ苦しかったか…………ようやく休ませてあげられた」

「あれは、やっぱり魔物が?」

「ええ、ただの化け物の他に人型で耳の長い醜悪な物がいたんだけど、それが覚醒者と同じで異能を持った個体が数匹いてその中の一匹の能力よ」

 ハイオークか……さっさと片付けてしまわないと――。

「それで、さっきの質問の続きだけど、あなたの能力は――」


「そう……剣の紋様と自分の能力で無理矢理身体能力を引き上げてその反動で今の状態、気絶に関してはレベルの上がった能力に対して慣れていなかったせいね」

「レベルが上がるとかそういうもんなのか? 黒くなってるんだけど」

「覚醒者の能力には段階があるの、上がれば能力が強力になる代わりに制御が難しくなったり負担だって増える、能力そのものにも変化がある。レベルが上がる原因は、大抵は感情の高まりを起因としているわ。話を聞く限りでは一度暴走に近い状態になったんでしょう? そのせいで一気に上がってしまったのかもしれない。その分自身への負荷が相当なものになってると考えた方がいいわ」

「…………レベルの上限みたいなものは?」

「同じ能力なら比べられるでしょうけど、そうではないし、変化も人それぞれだったりするからその辺は何とも言えない。ただ、レベルが上がるイコール良い事だとは考えない事ね。寧ろ暴走しやすくなって自分も周りも危険に晒す事になるから望んで上げるものじゃない…………町の北の巨大樹を見た? まぁ見なくても目に入るだろうけど」

 この話の流れで巨大樹の話題? それって――。

「…………まさか」

「そのまさかよ。あれは覚醒者が暴走して出来た物、周囲の生き物……人間動物植物、そして魔物を取り込んであそこまでになった。今も少しだけど成長している節があるし……彼は段階が上がるどころか自分の限界を振り切ってしまったんでしょうね」

「その能力者は?」

「死んだわ。戦っていた人や逃げ遅れた人たちを救出に向かっていた戦闘向きの能力を持った覚醒者や優秀な騎士を巻き込んで」

 …………マジかよ。たしかにブチ切れてた時に能力の抑えが利かない感覚があったが、あんな怪樹を生み出す程の暴走って――。

「戦わずに城に引き籠っている理由って――」

「戦える者がほぼいないから。ここは異界者を率先して受け入れている国なのよ? 覚醒者だって他の国より多い。そんな国に化け物が攻めてきて何の抵抗もしないなんてありえないでしょう? 魔物が現れてすぐに住民の避難を開始してそれと同時に魔物の排除も始めた。さっき言った異能を持った個体は一匹を残して全て狩り終え、後はその一匹とその他を排除すればいい状態にまで持ち込めてたんだけど、その一匹が厄介だった。動きも他の魔物とは比べ物にならなかったし、触れた対象を他のものと合成して変質させる能力、逃げ遅れた住民がその能力の被害者になった。その被害者の中には暴走した人の家族も含まれていて結果はご覧の通り、覚醒者が暴走して逃げ遅れた住民も戦っていた人たちも呑み込む事になった。そして戦力の殆どを失う結果になって籠城して救援を待つ事しか出来なくなった」

 戦力として数えられるくらいの覚醒者が複数いたのに暴走者には抵抗できないのか? ……能力を得たばかりの頃に災害だと思った事があったが、暴走すれば正にその通りの状態になるって事か。負荷だって酷くなってるし、努力無しで得たリスクとしては大き過ぎないか?

「ワタル様っ、治癒能力があるという方をお連れしました」

 駆け込んできたシロナさんの後ろに居るのは青い髪をした少年、それから――ドレスを着た女性――と言うには少々幼さを感じる女の子…………金髪で翡翠の様に綺麗な瞳をしている。ここ城だしな、もしかしなくても偉い人? ……んん? どっちもヴァーンシア人だよな? 治癒能力?

「ダイキさん、お願いします」

「うん、いいよ。お兄ちゃん手ぇかして」

「え? ……あ、あぁ……ふんぬ、うっぅ」

 布団から手を出す事すら一苦労だ。この子が治癒能力持ちなのか? 混血者?

「僕の能力はそんなに強力じゃないから全部は治せないと思うけど――」

「動ける程度に痛みが引いてくれればいいよ。よろしく頼む」

「やってみるね」

 手を握って集中している様子、握られてる手が痺れるような感じがするが痛みが和らいでいるのを感じる。

「アリシア、どうしてここにいるの?」

「シロナさんが誘拐犯さんがお目覚めだと仰っていたから、私もご挨拶しておこうと……それにどのような方なのか興味もありましたし、真矢に言うと絶対に反対するから勝手に来ちゃいました」

「はぁ~、国王様に知れたら私が怒られるのよ?」

「そこはいつものように上手く誤魔化してください」

 国王様とか聞こえたんですけど……異世界に来てから姫様四人目だわぁ。身分の高い人によく会うなぁ。

「初めまして、私はクロイツ王の娘でアリシア・クロイツと申します。このような時ですのでおもてなしなどは出来ませんがゆっくり休んでくださいね」

 芦屋と話していた姫様がこちらに向き直りそう名乗った。動けないとはいえ、寝たままってのはすげぇ失礼だな。

「俺は如月航です……え~っと、この騒ぎが収まったら船を出してもらいたいんですけど――」

「さっすが一国のお姫様を誘拐してくる人は他のお姫様にも不躾な事を言うのね」

「いひゃい、いひゃい」

 芦屋にぐいぐいと両頬を引き伸ばされた。

「あなた分かってるの? お姫様よ? 自分より年下でも相手は一国のお姫様! 馴染みが無くてもこっちにはそういう身分があるの」

 ちょっと性急過ぎた。

「ん? ……芦屋だって普通に話して――」

「私はアリシアの御側付きで友達だからいいの!」

 さいで…………。

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