無事を信じて

「っせい! ……あぁ! もう! 気色悪いヌルヌルする、変な液が飛び散った! 生臭い!」

 向かってきた二体のサハギンに、右前方の物には短剣で斬り付け、後方から銛で突いてきた物は躱して掌底を当てて感電させ吹き飛ばして海へ落した。海に出て数日、航海は順調に進み中央の大陸と東の大陸の中間辺りにあるという島を通り過ぎたくらいから様子がおかしくなり、現在サハギン、と言っていいのか分からないが半魚人の群れに襲われている。半魚人と一括りに言っても前屈みで魚っぽい頭部を持って背中や腕にヒレのある如何にもゲームなんかに出てきそうな物と魚にそのまま人間の四肢を付けたかの様な珍妙で間抜けな、着ぐるみで中に誰か居るんじゃないかと疑いたくなるような物との二種がいる。どっちもヌメッてるし、斬った感触触れた感触としては生き物だと思うけど……何でこんなフォルムなんだ? 本当に同じ種族か?

『ギギャッ!』

「気色悪いって言ってるだろうが、近付くなってのっ! ――ああ~、また触っちゃったし気色悪い」

 制御がいまいちだから電撃として使って船を傷付けるのを避けるために直接触れて能力を使ってるが、本っ当に気色悪い。手も魚臭くなるし。

「ぞろぞろと…………何なんだよお前らは、落としても落としても次が海から飛び上がって乗船して来やがって、もう明らかに定員オーバーだろうが! さっさと帰れ、若しくは自分で泳、げ!」

 近い奴から落としていくがキリがない。あとどれだけ海の中に居るんだ? 終わりはあるのか? まだ電池切れの気配はないが、これが陸地まで続くなら確実に電池切れする……それ以前に体力がもたないけど。

「ワタル様ーっ、頑張ってくださーい!」

「っ!? ちょ、なんで出て来てるんですか! 戻って、早く船室に戻って!」

「ですがワタル様一人に働かせてしまっているのでせめて応援くらいは、と」

 暢気かっ!? 応援なんかされても調子狂うし敵が俺以外に向かって行くのを気にする方が大変だ。

「い、要らねぇ! 大人しくしててください」

「要らないとはなんて無礼な、せっかくクロエ様が応援してくださっているっというのに――」

 サハギンにビビりまくってるくせにクロエさんへの態度が気に食わなかったシロナさんが突っ掛かって来た。

「そんな事言ってられる状況か!? いいからシロナさん早くクロエさんを連れてってください!」

「っ! そ、そうでした。クロエ様、ここは危険ですから、ワタル様の気も散ってしまいますし船室に居ましょう」

「戻ってくれた――ぎゃぁあああああーっ、な、なんじゃありゃぁ!?」

 奇妙な物が海の上を走っている。ケンタウロスに似たフォルムでブタの様な鼻と長く裂けた口、赤い一つ目、胴体とは別に背中には人の上半身の様な物がついていて、その腕は海面に届くほど長い。疾走する胴体に揺られて人型の頭がガックンガックンと振り回されている様はなんとも不気味だ。更に気持ち悪いのは、皮膚が無く剥き出しの筋肉や血管に黒い血が流れているのが見える事だ。宛らケンタウロスの人体模型が海上を走っているかのような光景――。

「き、気色悪い! サハギンよりあれの方が気色悪い! 来んな、こっちに来んな俺は人体模型が大っ嫌いだ」

 襲ってくるサハギンを蹴り飛ばしながら海上に向けて電撃を乱射するがコントロールが完璧じゃない事に加えてケン体模型の動きが速い。なんであいつ海面を走ってんの? 意味が分からないんですけど! 外れた電撃が海面に当たって、それで感電したサハギンや魚類が浮いてくるが知ったこっちゃない。あの気味の悪い物が船に近付く事さえ阻止出来ればそれでいい。

「おい、大丈夫かっ!? 凄い悲鳴が聞こえたが、俺たちも手伝う――凄いなこりゃあ、船上を埋め尽くすほどに居たサハギンが殆ど倒れて、海にも無数に浮いてるぞ……それで、お前さんはさっきから何を狙って雷を放っているんだ?」

「は? あの気色悪い奴に向けてに決まって――そんな事より怪我されたら操船に支障が出る……あり? いない…………」

 取り乱し過ぎた……乱射している間に追い払っていたらしい。


「襲われなくなったのはいいが、こいつらを片付けるのも一苦労だな。俺よりも身長のある奴が多いし、何より生臭さが半端ない」

「ぼやくなぼやくな、俺たちゃ倒すのに協力してないんだから片付けくらいしねぇとな」

「分かっちゃいるがな…………」

「そいつはナックラヴィーかもな、馬の様な胴体で背中に人間の上半身が付いてたんだろ?」

 おっさんにさっき見たケン体模型について話したらそんな答えが返ってきた。

「そうですけど……何なんですかあの気色の悪い物は」

「聞いた限りだと不作や病をばら撒くって伝わってる魔物だと思うが、何しろ俺たちも魔物なんて見る事がなかったからなぁ。なんにしても、そんな不気味な物が友好的なはずもない。追い払ってくれて助かったよ、あと数日でクロイツだ。残りはこのまま何事もなく進めればいいが…………」

 片付けはおっさん達に任せて船室で休む事にした。

「はぁ~、海怖い。なんなんだよあの気持ち悪い見た目は、皮膚無くて海水沁みないのか? ……意味が分からない」

「ワタル様、お疲れ様です」

「あぁ、どうも…………」

「やはりお疲れですか? とんでもない数でしたし……お疲れでしたらお食事は後になさいますか?」

 さっきは突っ掛かっていたシロナさんも心配そうにしてくれている。

「食べるのは後かな、水だけ貰います」

 あんな気色の悪い物を見た後じゃ食欲がない。トラウマを刺激する様な物が出てきやがって…………。

「ワタル様、どうぞ」

「どうぞ、とは…………?」

 水を飲んで少し寝ようと横になろうとしたら、正座したクロエさんが自分の膝をぽんぽんしている。

わたくしは何もお手伝いできませんので、何か出来る事は無いかと考えたのですが、今はこれくらいしか思いつきませんでしたので、私の膝が枕ではお嫌ですか?」

 シロナさんがめっちゃ睨んできてるんですが……断ったら無礼だと怒られそうだし、受けたら受けたでいやらしいと罵られそうだ。

「えーっと……嫌ではないんですけど――」

「では遠慮なさらずに使ってください」

 どう断ったものかと考えあぐねていたら頭を掴まれて強制的に膝に乗せられてしまった。見られてる、シロナさんにすっごい見られてる。

「……はぁ、ワタル様の体調が万全でないとクロエ様に危険が及びますし、しっかりとお休みください」

 ありゃ? 意外な反応……でもないのか? クロエさんの安全を優先ってところか。

「それじゃあ少しだけ」

「はい、お休みなさいませ」


「陸だーっ、クロイツの港が見えてきたぞ」

 サハギンの襲撃から数日、ようやく陸が見えた。被害が大きかったからあれ以降襲ってこなかったのか、航路上に居たものは全て排除してしまったのか。どちらにせよ、無事にクロイツまでは辿り着けたようだ。次の問題は王都までの道のり、それとおっさん達の家族の安否だ。

 酷い有様だ。港へ近付くにつれて町の様子が見えてきた。港にあったであろう数隻の船が転覆していて、他にも船の残骸らしき物が漂っている。町も酷いもので建物の至る所が崩れている。

「これは…………」

 港に着いて目にした光景は更に酷いものだった。逃げ遅れて船に乗れなかったのか、それとも別の理由か、港には死体が溢れていて町には死臭が充満している。

「ひでぇ……船が足りない上に船を潰されて乗れる人数がかなり制限されて、内陸から逃げてきたやつらも多かったとは聞いてたが、こんな…………これじゃあ俺たちの家族も――」

「そんなわけあるかっ、高台の避難所だ。高台にある洞窟を緊急時の避難所にしてただろ、あそこなら」

「でもこの有様だぞ? あの場所も襲われてるんじゃ――」

「弱気になるな! 信じろ、俺たちは何の為にここまで来たと思ってるんだ!」

「そ、そうだな。ワタル、すまないが高台まで付いて来てくれないか?」

「いいですよ。でもその後は――」

「ああ、帰りは俺たちだけでも大丈夫だ。あれ以降現れなかったから行きで全滅させてくれたんだろう、残ってても少数なら俺たちでも対処出来る」


「そん、な…………」

 高台にある洞窟に着いて中を確認したおっさん達が崩れ落ちた。港町同様に洞窟からも死臭が漂っていた。町を抜ける途中や高台に向かう途中にゴブリンやコボルトの死骸が転がっていたから人間側もそれなりに戦って逃げてきたんだろうけど、数が多過ぎたんだろう。

「この国は異界者の受け入れを積極的にしてたんですよね? 覚醒者はいなかったんですか?」

「居たさ、でも戦う事に向いた能力の人たちばかりじゃない。逃げる船に乗って乗員たちを守って深手を負った人も居る。それに、残って戦ってくれてた人も居たらしい。こいつは俺の友達だったんだ、火を扱えるやつで、その辺に転がってる焦げた魔物の死体はこいつが倒してくれたんだろう」

 おっさんの一人が顔を喰い千切られた男の亡骸の瞼をそっと閉じさせてそう言った。

「居ない…………」

「え?」

「俺たちの家族の遺体がないんだ。せめて遺体だけでも連れて行くか弔うかしたかったんだが」

「それは…………」

 洞窟の中の死臭、血が大量に染み込み赤黒くなった地面……状況からして、喰われたと考えるのが普通、だろうか。

「クソッ、俺たちは何の為にここまで…………仇すら分からないなんて」

「ご愁傷さまです」

「国中の人間が逃げ出す程の事態だ、多少は覚悟してたがな。それでも確かめずにはいられなかったんだ。ここまで付き合ってもらって悪かったな。俺たちは少し休んだら港を出るが、お前は本当に王都へ行くのか?」

「ええ、まぁ……王城は無事、な可能性があるんですよね?」

「あ~、それなぁ……確かに王城はエルフの力に護られているってのはクロイツの国民なら大抵は知っているが、はっきりとは言い切れないぞ? 魔物を封印する際にクロイツの王族も共に戦った事の恩賞として城へ邪な物が入り込めぬ様に力を施してもらったという話だが、エルフなんて昔話に出てくるだけで見た事のあるやつなんて居やしないからな」

 それについては大丈夫だろう。エルフの存在は確認しているし、エルフが関わってるなら妙な誇張をされた伝説なんかよりは信頼できるはずだ。


「何度見ても酷いものだな。ここに居るやつらを弔う事無くすぐに発たないといけないというのは口惜しいが――」

「クソォオオオオオッ! なんでこんな、こんな! …………」

 おっさんの一人が叫んだかと思うとその場にへたり込んだ。

「俺ぁいい、ここで死ぬ」

「おい馬鹿な事を言うな。ユノやシノアだってお前が死ぬ事なんて望んでないはずだぞ」

「もういいんだ。俺の生き甲斐は――」

「パパぁ~」

 崩れた建物の隙間を抜けて小さな女の子が出てきた。

「っ!? シノアっ! お前どうして? 母さんはどうした? ユノは?」

「ママぁ~、やっぱりパパだったよぉ~」

「あなたっ」

「ユノっ!」

「家族とは本来ああいうものなんですね。わたくしもあんな家族が欲しかったです」

 家族三人が抱き合う姿に目を向けるクロエさんはどこか寂しそうで、自分の得られなかった家族の温かさへ焦がれる思いを感じているのかもしれない。

「再会に浸っているところ悪いが、ユノとシノアはどうして無事だったんだ? 他にも助かった人間は居るのか?」

「ええ、皆さんの家族も無事ですよ。船にも乗れず高台へ避難する集団にも合流出来なかった私たちは宿屋の地下の食糧庫に立て籠もっていたんです。いつまで地下に居続ければいいのか分からない中シノアが突然あなたの声がするって飛び出してそれで――」

「ユエルもか!?」

「アニラも!?」

 問い掛けるだけ問い掛けて、答えを聞く事なく宿屋があるであろう方向へ走り出していった。


「ありがとう! お前のおかげで目的を遂げる事が出来た。それより本当に乗らなくていいのか? 食糧庫からいくらか補給する事が出来たから東ではなく南へ行く事も出来ると思うが」

「あ~、俺はいいんですけど、クロエさん達はどうします?」

わたくしは、一緒がいいです」

「えぇ……クロエ様、南へ向かう方がきっと安全ですよ?」

「安全になったのは来る時に通った航路でしょう? ワタル様が居ない状態で南へ進路を取っていただくわけにはいきません。それにワタル様と一緒にいる限りは安全です。そうですよね?」

 自信満々というか、信じ切ったような笑顔を向けられてしまった。

「うぅ…………ワタル様!」

「は、はい!」

「クロエ様と私の安全を絶対に約束してくださいよ!」

「命の続く限りは…………」

『でしたらずっと安全ですね』

 ハモった…………そんなに信用されても困るんだが。

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