逃避行
自分で言っておいてなんだが、我ながらアホなことを言っている。お姫様を誘拐とか何考えてんだ……というか気持ち悪くない? 誘拐されてみません? って何っ!? イケメンが言うならさまになりそうだが生憎と俺は違う。
「誘拐……ワタル様にですか? …………
「そうです、いけません! 仮に外へ出られても誘拐などと申される男性ですから報酬と称してクロエ様に……あぁっ! なんといやらしい。ワタル様不潔です!」
俺何も言ってないじゃん。シロナさん今一体何を想像した? 耳年増なのか不潔です! って言っちゃうくらいの事を想像する程度には何かしらの知識はあるみたいだけど、初心なのか顔を真っ赤にしてぷるぷるしている。
「多大な迷惑とか大袈裟な……あと、いやらしいって何ですかシロナさん。別に何もしないですよ」
「会ったばかりだというのにこのような事を言う方など信用できません。それにもしクロエ様の為を思っての事でもお止めになった方がよろしいかと、そのような事をなさったら――」
「そうですね、異界者がディアに居るというだけでも危険ですのに幽閉されている
結局処刑されるのなら過程がどうだろうと同じことだろ。信用されてないってだけかな? ……シロナさんも言ったが会ってすぐの人間を信用するなんて不用心過ぎるしな。本人がいいって言ってるんだからもういいだろ、どうにかする為の提案はした。
「……危険と言ってもここは国境近くなんですよね? 国境を越えてしまえば大した危険は無いんじゃないですか?」
「…………どうしてそこまでしてクロエ様を連れ出したがるのですか……やっぱりいやらしい事が目的ですかっ、クロエ様が御美しいからと言ってそのような事許されませんよ!」
この人の中では俺はいやらしい人確定なのか……忌み嫌われているみたいな事を言ってたがシロナさんは随分と姫様を心配しているというか、大切にしているんだな。
「ワタル様は
「あ、いや……そういう理由じゃなく……助けられるならその方が良いかなと」
「会ったばかりで対価も求めずになど…………怪しすぎます。クロエ様信じてはいけませんよ。それに、もし見つかって捕まりでもしたら……恐らくクロエ様も無事という訳には…………」
少し期待の割合が増えてきた様子の姫様を諫めるようにそう言うシロナさん。
「ええ、分かっています。逃げ出そうとして捕まれば逃げ出した者だけでなく加担した者とその方と関りのある人々まで処罰されてしまう、お母様の件で重々理解しています。それに
姫様の表情は怯えたものに変わって少し震えている。王妃も幽閉されていてそれを助けようとした人がいて何かがあった? 一族郎党にまで手が及ぶのか……徹底しているな。
「俺そこそこ戦えるので危険云々はあまり心配しなくても大丈夫だと思いますよ。それと対価を求めずってのが気になるなら一つ打算的な話を、俺がこの世界に帰ってきた目的の一つにこっちに飛ばされてきている日本人全員の救出ってのがあります。俺単体でこの国を動き回って探すというのは今は無理なのでやらないですけど仲間と合流した後にはこの国に居るかもしれない日本人を探したりする事になると思います。その時にこの国の事を知っている人がいるといいかなというのと、姫という立場もありますので協力してもらえれば何かと有利かと」
全く考えてもいなかった事を思い付いたままに適当に並べ立てた。俺が信用できないというのもあるんだろうが、姫様の様子は俺に対して危険が及ぶことに怯えているように見えた。だからこちらにも利があるから気にしなくていいって言いたかったんだけど……もっと気の利いた上手い言い方は出来なかったものか…………俺には無理か。
「日本人というのは異界者の方々の事ですよね? ……全員とはヴァーンシアにいらっしゃる方全員ですか? そのような事が可能なのですか?」
「さぁ? ただ他の国では異界者を受け入れているところもあるみたいですし、異界者は目立つから所在確認はそこまで難しくないんじゃないですか? 全員を一度にとはいかないから、ある程度見つけて徐々に帰していくって感じですけど、その為に日本、俺たち異界者の生まれた国は動いています。仲間と合流出来れば世界の行き来もできますし違う世界に行く事も……姫様が望むなら日本への亡命って事も出来るかも? 日本が嫌ならクロイツにも寄るからクロイツにってのでもいいかもしれないですし――」
「本当に?」
「え?」
「本当にこの城から、国から逃げ出す事が出来るのですか? 疎まれる事のない場所で生きる事が……出来るのですか?」
「逃げ出した先でどんな暮らしが待っているかまでは何とも言えないですけど、ここから抜け出すだけならあまり難しくはないかと、バイクもあるから馬で追われたとしても追いつかれる事もないでしょうし、異界者が即処刑の国なら追手に能力者なんかもいないですよね? 一応俺覚醒者なんで安全面もそれなりです」
制御が難しくなっている事を警戒して、抑えにおさえた状態で腕を帯電させて見せた。
『っ!?』
「こ、これが覚醒者の特殊な能力なのですか!? 黒い何かがワタル様の腕に纏わりついて……凄いです!
「クロエ様感心している場合ではありません。このような得体のしれない力――危険なのでは……クロエ様から離れてください!」
震える足で姫様と俺の間に立って必死に俺から遮ろうとするシロナさん、安心できるかと思って見せた能力のせいで却って怯えさせてしまったらしい。戦う事や能力、魔物に慣れ過ぎてしまって気が回らなかった。
「あ~、えっと……これは一応雷と同じと思ってください。黒いのは最近変化したせいで俺自身もよく分かってないですけど…………どうします? 無理に連れて行くような事はしないですし去れというならすぐに出ていきますけど?」
「
「いけませんクロエ様! 異界者の言う事など……仮に信用できたとしても途中で捕まったらクロエ様が…………」
主の安全を思ってなのだろう、必死に姫様を止めようとしている。
「それでも、
「うぅ……うぅ~ぅ……駄目じゃ、ないです。私はクロエ様のメイドです、クロエ様がどうしても行くと仰るならどこへなりとお供してお仕えします」
あ、あるれぇ~? ……シロナさんも連れて行くとなるとバイクに三人乗りか? ……よく考えりゃ一番近くに仕えてるなら姫様がいなくなったら真っ先に疑われるんだから一緒に連れて行かないと危険じゃん。でも、三人乗りか……バイクを買いはしたけど異世界に交通法なんか無いしって感じで免許は取らずに駐屯地の敷地内で軽く練習した程度なんだが…………大丈夫か?
「それで、二人とも行くという事でいいですか?」
「はい、
…………そういえばそういう名目だった。
「ワタル様はお強いのですね。門兵五人をあっという間に倒してしまうなんて驚きです」
夜になり、門を開ける為に門兵を簀巻きにしてきた。映画なんかみたいに突っ込んで突き破るなんて事して壊れたら困るので前以て開門しておくことにした。力の加減に不安があるせいで電撃で気絶させるという訳にもいかず、抑えた状態で食らわして動きを止めた後に簀巻きにして大人しくしてもらっている。
「ところで、本当にこの様な物が乗り物なのですか? 何かに引かせるという風にも見えませんし……それに三人で乗ろうとしたら少し小さくありませんか?」
一応大型なんですけどね。三人で乗る事なんて想定されてないでしょうよ。デカいツーリングバックを装備してるせいでゴテゴテしてるし乗り辛くはあるけどギリギリいけるか? 乗り方はどうしよう? 前後に一人ずつ? それとも二人とも後ろ?
「ん~…………」
「どうかされたのですか?」
「あぁいや、どう乗ればいいかな、と……俺の前と後ろにするか二人とも後ろにするか」
「前と後ろというのは?」
「こんな感じ?」
「っ! 駄目です駄目です! そんな抱き締められるような状態、後ろだと抱き付くみたいになりますし、二人とも後ろに座って私が間に入ります」
自分が抱き付くような形になるのはいいんだろうか?
「…………駄目でしたね。ツーリングバックと持ってきてもらった食料なんかのせいで後ろに二人だとバランス悪いしどちらかが乗り難いでしょ」
「それでしたらシロナは前にしてください。
「そんなっ、そんな事をしたらクロエ様がワタル様に抱き付くような形になってしまいます!」
「自分の状態はいいんですか?」
「え? …………っ!? あ、あわ、あわわ、だき、後ろから抱き締められるなんてっ!?」
ぽんっ、そんな音が似合う感じに一瞬でシロナさんの顔が赤くなった。シロナさんは両頬に手を当ててどうしたらいいか分からないといった感じにいやいやをしている。恥じらいって大事だよなぁ……無頓着というか、無防備というか、大胆過ぎるフィオとティナのせいで感覚が麻痺してたけど、たぶんこれが普通なんだよな。なんか、いいなぁ。新鮮だ。
「? 前が嫌なのなら
「うぅ……そうですね。私が前の方が都合が良いという事でしたら……クロエ様の為です、我慢します。出発しましょう」
提案したのは俺だが……凄い状態だな。普通に背中に当たってるし、前に居るシロナさんの身体も柔らかいし良い匂いはするし……さっさと移動しよう。首を振って邪念を消してエンジンをかけた。
「ひっ!? な、なにが!?」
「音がしますね、これでこのばいく? が動くのですか? ――動いた、動きました! 馬や他の何かが引いているわけでもないのに独りでに動いています! 異世界の技術は素晴らしいですね」
怯えるシロナさんに反して姫様の声は弾んでいて楽しそうだ。自分を閉じ込めていた古城から抜け出す事、見た事もない乗り物や現象、新しい体験を心から楽しんでいるといった感じだ。さてさて、姫様とメイドをセットで攫って行くこの旅はどうなっていくのか。二度目の異世界で力も準備もある分余裕はあるはずなんだが、知らない土地に居るせいか妙な胸騒ぎもする、油断しない様にしよう。
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