七章~邂逅ストラグル~

闇の穴

「今回の異世界に飛ばされてしまった日本人の救出作戦への参加を決めた諸君を私は心より尊敬――」

「わ~た~るぅ~」

「引っ付くなティナ、暑苦しいし鬱陶しい」

 背中にのしかかるような形でティナの重みを感じる。出発前の総理のスピーチだったり責任者が訓示を述べてる最中にまたこんな…………完全に悪目立ちしてる。

「んふふ~、そんなつれない事言っちゃって~、本当は嬉しいくせに」

「はぁ~」

 酔っ払っているんじゃないかと思ってしまうが素面だ。いっそのこと酔っ払っている方が酔いが覚めたら元に戻る分良かったかもしれない。小旅行から帰って今日と言う出発の日までの間に何度か事件があった。その中でも複数回発生したティナともさの誘拐事件、殆どは中国が犯人で実行犯は一般人が多かったということらしいが、そのせいか最初の一件以外はちゃちなものでティナと接触する前に取り押さえられて未遂で終わっている。捕まった奴らの言い分としては、日本に利用されそうになっているティナの救出だとか言ってる。国としては捕まった奴らを即時解放しろだの賠償がどうだのと無茶苦茶な事を吹っ掛けて来たり、誘拐事件なんて起こしたくせに、異世界に行くなら国際的な協力を得るべきだ、として自分たちも同行させろと言ってみたり、これについては他にも同調する国もいたが誘拐の件で他国はティナに完全に警戒されてヴァーンシアに連れていく事を拒否された。この最初の誘拐事件の時、救出時にティナの意識が朦朧としていて薬を打たれているのに気付いた俺が犯人をボコボコにしながらブチ切れて色々叫んでたらしい。俺の女に手を出すな的な事を……自分でもはっきり覚えていなくて、その場に居た人に聞いても苦笑して誤魔化されるから詳しくは分からないままだが、色々言ってたのは事実で、朦朧とした意識でも少しは聞こえていたティナがそれを甚く気に入ったらしく……それからというもの、俺への態度が今まで以上に緩くなったと言うか、とろけたものになったと言うか、べたべたされる頻度が増してしまった。フィオには睨まれるし、周りには呆れた視線を向けられるし……これって俺が悪いのか?

「引っ付くな、本当に暑――」

「如月さんからも何か一言いただけますか?」

「は? えっ!? 俺が喋るんですか?」

「はい、異世界を実際に見て帰ってきた唯一の人ですから」

 こんな悪目立ちした状態で何を話せと!? 押し退けようとしてもティナが離れる気配も無いし、こんな状態のやつが何言ったって誰も聞きゃしないよ。あっちの国や状況についてだって詳しく知ってるわけじゃない上に、知ってる事はもう伝えてある。こんなに注目されても困るんですけど、言う事、なにか…………。

「あ~…………エルフは男性も女性も美形な人ばっかりですよ?」

『…………』

 シーンとしちゃったけど、顔が少しニヤけてる人がちらほらと見えるし、笑ってる人も数人、少しうけたか。

「でも大抵は人間嫌いよ」

 一気に盛り下がったな。

「んっん! これより出発する。全員気を引き締めろ!」

 睨まれた、責任者の人にめっちゃ睨まれた。俺なんかに話を振るからでしょ、必要な事は伝えてるし魔物についてはこっちで見た物しか俺も知らんし言える事なんか何もない。


 空間に穴を開ける為に大部隊が待機している場所から少し離れて準備を始めてみたが――。

「……なぁティナ、これってマズくないか?」

 フィオが死にかけた時に大暴れして以来、電撃という形で能力を使ってなかったから今まで気付かなかったが、今軽く出してみたら電撃が黒い、その上コントロールが難しくなってて力の加減の方も怪しいような…………?

「黒いわね。髪と瞳の色に合わせたの?」

「んなもんに合わせるかよ。というか他の人も出来るみたいな言い方するな……それとも出来るのか? 色変更できるのか?」

「少なくとも私は出来ないしそんな話聞いた事もわね。色が変わった以外に変化はあるの?」

「操作と力の加減が難しくなってる気がする。こういう事例ってあるのか?」

「私は聞いた事ないわね。似たような能力であっても先天的に備わっているエルフと後天的に得る異界者では違うのかもしれないわね」

「これ使って大丈夫か? 威力とか問題ありそうなんだけど」

「弱くなっているわけじゃないのよね? 世界を繋げてここに居る大部隊が通れるほどの大穴にする必要があるのだし多少加減できなくても今はいいでしょ。この広い演習場なら狙いが逸れたとしても他に迷惑も掛からないわ。使い方だって向こうに戻ればまた練習する機会はいくらでもあるでしょうし」

 楽観的だな……まぁ力が増しているのは良い事、なのか? こっちに戻った時の穴は優夜の能力も加わった状態で開いたんだったし、力が増しても悪い事ではないか。

「っしゃ、いっちょ大穴開けてさっさと帰るか」

「ふふふ」

「なに? さっさと斬り裂いてくれないと俺やる事ないんだけど」

「だってワタルってば今、帰るって、ワタルの生まれた世界はここなのにヴァーンシアに『帰る』の?」

 なんだかティナは楽しそうだ。

「……ああ、想ってくれる人がいる場所が帰るところらしいから…………こっちにはそんな人いないし、どうせあっちに永住する気で荷物とかも準備したんだし帰るって言っても変じゃないだろ」

「想ってくれる人、だなんて、私の気持ちを受け止める気になってくれたの?」

「抱き付くな……それにティナとは言ってないだろ」

「…………なら誰の事なのかしら?」

 怖い恐い! 声が低くなって殺気が漏れ出てる!

「と、とりあえずティナとフィオかな~…………」

「そう……まぁフィオなら仕方ないわね。でも最終的には私しか見えなくしてみせるから」

 なんか……重い。

「みんな待ってるんだから早くやってくれ」

「分かってるわ、よ!」

 自分達だけが跳ぶ時のとは違う、今まで見た事のない位に大きな裂け目、ここに全力で電撃をぶち、込む!

 黒い、闇の穴がぽっかりと口を開けた。あの時と同じ、穴の中は黒いと言えばいいのか、暗いと言えばいいのかよく分からない闇が溢れている。

「一応成功、だよな?」

「ええ、そうだと――」

『っ!?』

 ヴァーンシアからこっちに戻った時だって穴は周囲の物を無差別に吸い込んでいた。だからこの吸い込まれて行く状態は想定していたし伝えてもいたが――。

「これって前の時と違わないか? 前よりも吸い込む力が強――っ!?」

「っ! ワタル!」

 あると便利だろうと思って、持って行く事を決めた電動バイクが飛んできて、それに巻き込まれる形で穴に吸い込まれた。これ、明らかに前の時と違う、前回は妙な浮遊感と緩やかな流れで漂っている感じだったが、緩やかなんてとんでもない。これは激流、水の中なら水を掻くなり藻掻く方法もあったかもしれないが、ここは得体のしれない闇の中、飛んできたバイクにしがみ付いて流されるしかできない。闇は凄まじい吸引力で自衛隊もどんどん呑み込んでいる。

「ワタルー!」

「っ! 来るなぁー!」

 激流の中こっちに来ようとして自衛隊の車両から離れようとしているフィオとティナを慌てて制止した。よし、良い子だ、ちゃんと止まった。この激流だ、上手くこっちに来る事なんかできない。激流に翻弄されてはいるが二人ともさ、自衛隊は固まっている、ヴァーンシアに行き着く事は出来るはず、俺がはぐれてもティナが居れば空間を裂く事は出来る。歪めて広げるのは他のやつでも出来る、なら一人別の流れに乗ってる俺は放っておくべきだ。

「でもっ!」

「チッ――何とかする! だから構うな! この流れの中これ以上はぐれるべきじゃない! 大人しくしてろ、絶対に来るな!」

「それでもっ! ワタル、そのロープに掴まって!」

 大声を出すところなんてイメージ出来ないフィオが声を張り上げている。引き寄せようとロープを投げてくれている人も居るがこの激流の中じゃ届かない。それにどんどん離れてきている、もうどうにもならん。一人だけはぐれて別の場所へってのが色々やらかした俺への罰ってところか?

「ワタル! ワタルワタル!」

「絶対に帰る、だから待ってろ!」

「絶対、絶対よ!」

 あっちには光が見える。もさが居るんだ、あっちは大丈夫だ…………光に吸い込まれてフィオ達は見えなくなった。


 フィオ達が光に吸い込まれて消えてから随分と経った。あれからも前なのか後ろなのか分からない方向へ流され続けている。微妙に、渦潮の様に同じところを回されているだけの気もするけど……なんで前回とは違ったのか、一人で歪めたから? 電撃が黒くなったから? そもそもこの方法での行き来は二回目で安全性も確実性も不確かで、もさに頼り切った状態だったんだから当然の結果か? フィオ達は無事に着いているといいが。

「どこまで流されるのやら……出口もなくこのまま闇の中を流され続けるのか?」

 だとしたら死に方は餓死か? バイクに乗っけてた荷物に食糧も入ってはいるけど水がない、トイレもない。

「いつまで流すんだー? もう飽きたぞー? そして振り回されまくって気分も悪いぞー」

 言ってみても出口が開いてくれるはずもなく。せめて前の時と同じく漂ってるだけなら楽だったのに、流れに振り回されて落ち着かない……こんな空間で落ち着くとかないけど。

「げっ!? もう呑まれてから八時間近く経ってんじゃん……あ~、ないわー。気分悪いし、普段暗い場所ってのは落ち着くけどここは違う感じだし、どこでもいいから出せよー!」

 これが本当の流刑、流刑地もなくただ流され続ける…………。

「だる……アホな事考えてたら眠くなってきた。これで寝てる間に日本に帰った時みたいに高い場所に放り出されたら意識もないまま死ぬのかなぁ…………特に手段も無いのに『待ってろ』はなかったな、失敗した」

 何を言えば正解、ってのがあったとも思えないがあれは失敗だったと思う。

「なるようになるか……どこかに出る気配も無いし、軽く寝てよ」

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