酒は飲んでも飲まれるな1

「はぁ~、最悪だ。目も当てられない」

 騎馬戦終了後、残念会みたいな感じで周囲に居た人間を巻き込んで酒盛りが始まってしまった。最初こそ注意して見張っていたからティナの飲酒は防げていたが、少し目を離した隙に誰かに勧められたらしくちゃっかり飲んでいやがった。飲むのは好きみたいなのに飲みなれてないから弱いのか、ビール一杯でも酔っ払う、そして調子に乗ってどんどん飲む。公衆の面前で醜態を見せる前に撤退すべく、飲んでもいいからせめて今日の宿で飲めと説得して帰ろうとしたら――。

「やぁ~よ~。帰るならわたりゅがぁ、抱っこで運んでぇ~、でないとこのままここで飲む~」

 である。そのくらいしてもいいかとも思ったが、酒盛りに人が集まっている中でこの発言、冷やかすような無遠慮な視線が突き刺さる。かと言って、既に酔いが回ってるティナを晒し続けるわけにもいかず、大人しく従って宿にまでは連れ帰ったけど…………。

「飲んでいいって言うんじゃなかった…………」

 酔ってるティナを面白がって牧原さん達がどんどん飲ませて、べろんべろん。酒飲みたちの瘴気漂う室内に居続けるのがしんどくて部屋から逃げ出した。もう酒癖が悪いのは惧瀞さん達には知れてしまった。部屋で飲んでる分にはこれ以上他の人間に知れる事がないだけマシと放置する事に決めて、疲れたのか騒がしい中でもフィオはもさを抱いて寝こけていたので置いてきた。

「おっ! 丁度良いところに出てきてるじゃないか。如月、風呂行かねーか?」

 声のした方には遠藤、結城さん、西野さん、宮園さん、山本さん、葛さん……途中で居なくなったとは思ってたけど、何してたんだろう? それに残りの、高原さん達はどうしたんだ?

「風呂は一人で入る方が良いんだけど……高原さん達は?」

「あ~……あいつらはお堅いからな――そんな事より、拒否るって事は経験無い上にあっちもガキなのか?」

 挑発するようにニヤニヤしてるが、なんだろう……その発言が中学生とかみたいなガキっぽさがあるような、若しくは体育会系みたいな馬鹿なノリ?

「知らん。どうでもいい」

「怒んなって、男は大きさじゃないって」

「そうですよ如月さん、気にしない気にしない」

 なんか小さいって事で確定されてる…………。


「髪が長いせいか後姿だけだと妙に色っぽいですね」

 …………気色悪い! 山本さんのせいで今背中がぞわぞわしたぞっ!?

「俺は男です。変な発言するようなら感電してもらいますよ」

「……あはははは…………冗談ですよ冗談」

「やっぱ隠してやがんな、やっぱりガキサイズか? ……そういや結城もいつも隠してるな」

 ニヤニヤした遠藤が西野さん達に目配せをしている。

「温泉にタオルを巻いて入るなんて無粋だぞ。どうせ湯船に入る時は外すんだから観念しろ」

「っ! 何をする!? 放せ馬鹿ども!」

 抵抗する結城さんを捕まえてタオルを引っぺがそうとする馬鹿が五人、この馬鹿なノリ嫌いだわぁ。

「こんな事して何が楽しいんだ!?」

「いやぁ、結城って候補生の頃から頑なに隠してたし、こうやってムキになって隠されると剥がしたくなるって――山本!」

「せいっ!」

『…………なんか、ごめん』

 見事に馬鹿五人がハモったなぁ。結城さん、ヴァイスといい勝負だわ。

「お、男は大きさじゃねぇって! そ、それにほら、こっちに仲間がいるし」

「指を差すなっ、寄ってくるな!」

「如月さん、ここは傷付いた結城の悲しみを癒す為に人柱に」

 意味が分からん! 傷付けたのアンタらだし――。

「俺を巻き込むな」

 風呂なんて静かに入ってリラックスする時間のはずなのになんでこんなに疲れにゃならんのだ。

「やりぃ! …………」

「っ!? タオル返してください」

 いつの間にか後ろに回り込んでいた葛さんに巻いていたタオルを奪われてしまった。

「あ、ああ、はい」

『…………』

 なにこの空気…………はぁ~、部屋風呂があれば良かったのに小さめの宿だから無いし、変なところで見つかったせいでこの様だ。

「げ、元気出せって結城、小さくても回数とテクニックでどうにかなるって」

「ほっとけ!」


 宿は小さめだが露天風呂は大きくて風情があっていい感じだな。一人で入れたらもっといい感じだったが――。

「それで、なんで俺を連れてきた? 一緒に入る必要性は無いと思うけど」

「ん~、あぁ、まぁなんだ、保険?」

「は?」

「ここの温泉は時間毎に男湯と女湯が入れ替わるんだよ」

 遠藤の言葉を聞いた結城さん以外はニヤニヤしているが、結城さんは青ざめて顔は引き攣り、汗が凄い事になっている。あそこまでではないにしても俺も似たような顔をしているかもしれない。

「つまり?」

「俺たちが入ったのは切り替わるギリギリのタイミングだ。運が良ければ女どもが入ってくる、もしバレても犯人にお前も混ざっていて主犯がお前なら俺たちは減刑される可能性がある」

 …………馬鹿だ、こいつら馬鹿だ。なに巻き込んでくれてんだっ!? ……いやいや、落ち着け。入れ替わるって言っても替える前に脱衣所と風呂場のチェックぐらいするだろ、人が入ってたら入れ替えは――。

「因みに、滞りなく切り替えてもらう為に脱衣所の荷物は隠して来た。そして中を確認しに来た人間は温泉の中にあるこの大岩に隠れてやり過ごす」

 隠した? ……だから最後まで脱衣所に残ろうとしてたのか。

「俺は出る――うぐぅ!?」

「大人しくしてろ、お前だっていい思いが出来るだろうが」

 どの辺がっ!? 変質者に堕ちてどん底人生だろうがっ! 結城さんは既に羽交い絞めにされていて絶望の表情、前回のティナの件がトラウマらしい。

『っ!?』

 入ってきた、入ってきちゃったよ。脱衣所から女性陣の声がする、宿の人確認はどうしたの!? ちゃんと仕事しようぜ。

「確認なかったな。まぁいいか、もう出口は無いから陰で大人しく覗きをするしか道はないぜ?」

「いよいよティナ様が」

「フィオちゃんが」

 酔ってるせいか、興奮のせいかこいつら顔が真っ赤だ。この行動も酔っ払っての事か? だとしても、酔ってましたじゃ許されない気がする。これ以上変なレッテルが増えるのは御免だ。

「っ!」

 脱衣所の戸が開いたのに合わせて風呂桶を竹の柵に投げつけ、カッーンと高い音が響き女性陣がそっちに気を取られている間に反対の柵を跳び越して隣の温泉へと逃げ込んだ。

「あっちが今女湯なら、こっちは男湯、今日の客は俺たちだけだから他に人は居ない、よな?」

 移った風呂を見回してみるが人は居ない。

『きゃぁああああああああっ!?』

 間一髪ってところか?

「ティナ様パイパ――うごほぁっ!?」

「な、なんでフィオちゃんが居ないんだーっ! げほっぁ!?」

「黙れ変質者ーっ!」

「ま、待て、主犯はきさら――ごぉ!?」

 …………酷いな、音と声だけでどんな事になってるのか簡単に想像できそうだ。物が飛び交い、風呂桶の割れるような音、水面を叩く音、悲鳴、呻き。

「逃げ出せてよかった」

「なんであっちに居たの?」

「っ!? ふぃ――むぐっ」

 後ろからの声に振り返り、そこに居たフィオに驚き声を上げかけた瞬間口を塞がれた。

「騒ぐとバレる」

「お前何でこっちに居る?」

「ワタルがこっちに跳ぶのが見えた」

 それこっちに居る理由じゃないだろ…………。

「なぁ、他の人も気付いてたか?」

「みんな酔ってるから気付いてなかった」

「そうか……とりあえず今はこっちが男湯だ。女湯はあっち、お前は戻れ」

「西野が居るから嫌」

 そうだった…………この状況であっちに戻すのもなぁ、変態の前に女の子放り込むのはちょっと――。

「分かった、居ていいからタオルを巻け、そして俺から離れて浸かれよ」

「なんで?」

「なんででも!」

「入る時は巻いちゃいけないって牧原が言ってた」

「そりゃ同性しかいない時、今はいいの! 入るなら体洗って入れよ」

 それだけ言って湯船の端に行って目を瞑る。逃げてきたはずなのにどうしてこうなった? 本当はさっさと上がってしまいたいが俺の服があるのは今は女湯の脱衣所、女性陣が出ていくまではどうにもならない。そして制裁を加え終わるまでは出ていきそうにない、今聞こえる悲鳴は男の物だけになっていて女性陣の声は怒りに染まった物だけ……酔ってるからなぁ、加減なんかも無さそうだ。結城さんは俺と同じで巻き込まれただけっぽかったけど……尊い犠牲と諦めよう。

「っ! 離れて浸かれって言っただろ」

 目を瞑っていても音と水面の揺れでフィオが近付いてきているのが分かった。

「ここが良い」

「っ!? ちょ、ちょっとなにしてる?」

「座ってる、よくしてるけど?」

 そりゃ飯食う時とかだろうが! ここは風呂で今は服を着てなくてそれぞれが巻いてる少し厚手のタオル二枚しかないんだぞ!? その状態で膝に座るって何やってんの!?

「離れろ」

「……ワタルは一つ言う事聞くって言った」

「その権利を使って座り続ける事を主張すると?」

「ん」

「…………なにか他の事にした方が良くないか? 何か欲しいものがあるとか」

「家族?」

 それは用意できません。

「もうこれでいいよ…………」

 あーヤバいヤバい、なにか、思考をどっかにやらないと触れてる部分に意識が行ってしまう…………買い物……そう! あっちに持って行くものどうしよう? 電気は自分で発生させられるんだし小型の家電とかも持って聞こうかなぁ…………ぜんっぜんっ気が紛れない! あ~、早く出て行ってくれーっ。


「うぅ~、うー? 頭クラクラする。ここって風呂場…………?」

 そうだった。女性陣が出ていくまで待ってて、それなのにフィオに座られて、思考をどっかにやろうとした奮闘虚しくどうにもなりそうになかったから目を瞑ってひたすら我慢してて…………のぼせたのか。

「フィオ? 静かになってるしそろそろ上がれ、お前が出た後に俺も出るから……おい? ――って! お前ものぼせてるのか!? 顔真っ赤、しかも熱い。浸かり過ぎだ! で、出ないと――うっ、うへぇ」

 急に立ち上がったせいで酷い立ちくらみに襲われた。

「あっぶな、俺まで気絶したら二人して茹蛸だ。おいフィオ、大丈夫か? お前部屋で寝てたんだからこんな所で寝るなよ」

 脱衣所に連れて行き、置いてある扇風機でフィオに風を送る状態にして反対側の脱衣所に服を取りに忍び込む。俺は悪くないはずなのにこの罪悪感……いや、寝てる間に切り替わってる可能性もあるからこっちが男湯かも? ……だとしたらあっちに戻るのってマズい気が……フィオを放置できないから戻るしかないんだけど。


「あぁ~…………難儀した」

 服を持って戻って、自分が着る分には問題ない。問題はフィオだった、起きやしないし酔っ払いを呼びに行くのもややこしいし、結局タオルを剥いで見ない様に宿の浴衣を着せるのが精一杯だった。まぁ下着類は起きたら自分でやらせよう。もう晩飯を食って眠りたい、遊びに来たのに心労が半端ない。この宿の近くは蛍が見れるらしいから晩飯の後に行くのもアリとか思ってたけど余力がない。

「さっさと飯を――これは…………」

 フィオを背負った状態で食事が用意してあるはずの広間の襖を開けると瘴気渦巻く魔界が広がっていたのですぐに閉めた。制裁はまだ終わってなかったらしい、はっきりと見なかったがほぼ全裸で後ろ手に縛られて正座させられてる男性陣が見えた気がする。

「あら、どうかされたのですか? お食事はもう準備させていただいてますけど」

「あ、あ~……すいません、食事を部屋に持ってきてもらえませんか?」

「はぁ……? 構いませんが――」

「ちょ!? あ、あの来るのが遅かったせいで俺たちのは食べられちゃったみたいなので新しくお願いできませんか?」

 広間に用意してあるであろう物を取りに行こうとする仲居さんを慌てて呼び止めた。あんなもん見られたら大事だ、一瞬だったがたぶんティナも居たし、これ以上は勘弁。

「…………分かりました。あっ、田中さんお食事二人分を如月さんのお部屋にお持ちして」

「? はい、分かりました」

 通りかかった別の仲居に食事を頼んでこの人は付いてくる。

「あの、なにか?」

「いえ、お布団のご準備をさせていただこうと思いまして」

 あ~、そういえば客が食事してる間に敷いたりするんだっけ? 段取り狂わせただろうか?


「あの…………なんで一組?」

「足りませんか?」

 またまたぁ、とぼけちゃって、みたいな顔された。

「…………もしかして広く使われますか?」

 これ絶対に変な勘違いされてるよな……広く使うって何!? もういいや、布団が入ってる場所は分かったんだし、最悪畳の上でも寝れる。

「いえ……いいです――っ!」

 広間から離れてるのにここまで声が聞こえる。やっぱり止めに行くべきか。

「随分賑やかですね。お二人はあちらでなくて良かったんですか?」

 仲居さんニヤニヤしてるよ。

「すいません騒がしくして、俺たちは飲まないんで酒飲みの空気が苦手で……でもちょっと騒ぎ過ぎなんで注意してきますね。もし起きたら先に食べるように言っておいてください」

 仲居さんの興味津々でもっと話を聞いてみたいという視線から逃げるように部屋を出た。

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