許容

「ねぇワタル、何食べてるの?」

「せんじがら」

「それってなに?」

「干し肉みたいなもん、酒のつまみだな」

 フィオは目覚めてからたった二日で退院して、俺たちは旅館に戻って来ている。今は何をするでもなく工藤さんの連絡待ちをしてごろごろとしている。

「酒のつまみ? ワタルは飲まないじゃない」

「飲まないけどこれは美味いんだよ。親が飲んでる時に分けてもらってたからたまに食べたくなるんだ」

「へぇ~、ワタルのご両親が……一つ貰うわね」

「私も」

 二人がそれぞれ一つずつ袋から取り出していった。

「別にいいけど、気を付けろよ。これは結構かた――」

『硬っ』

「これはゆっくり噛んで食べるんだ。噛んでれば味が染み出て来て美味いんだ――ていうかなんでお前が食ってんだ?」

『もきゅ?』

 もきゅ? じゃねぇよ。首を傾げながらも両手でせんじがらを掴んでカジカジしている。お前って本当に何でも食べるのな。

「それにしてもフィオ、お前本当に大丈夫なのか? もうしばらく入院して療養した方が良いんじゃないのか?」

「治った。見る?」

 口をもごもごさせながら服をはだけようとしてくる。

「見ない」

 フィオはもう治ったと言い張っていて、確認をした医者もティナも惧瀞さんまでも傷が完全に消えて治っていると言っていた。フィオ自身は元々普通の人間よりは怪我の回復なんかは早い方だったらしいが、全身に銃撃を受け、死にかけて五日で完治しているというのは本人も不思議らしく首を傾げていた。

「やっぱりワタルの血が原因なのかしら?」

「俺はドラゴンかよ…………」

「ドラゴン? なんで?」

「ドラゴンの血を浴びるか、飲むかで不老不死になるって話があった気がするんだけど、ヴァーンシアにはそういう話ってないのか?」

「ない」

「ないわよ」

 普通に移動手段として使ってたりもして身近過ぎてそういう御伽話も夢物語も作られる事がなかったって事かな。

「この世界のドラゴンの血にはそういう効果があるの?」

「いや、この世界にはドラゴンいないし、作り話、空想上の事だって。それに治りが早いのは俺の血関係ないだろ、俺はまだ治ってないし痛みだってあるんだぞ」

「でも以前はこんな事は無かったんでしょ?」

「ん」

「ならやっぱりワタルの血が原因と考えるのが正しいんじゃない?」

 やめてくれ…………病院でその話をするもんだから調べさせてくれとまた血を抜かれた。だいたい、持ち主にはなんの効果も及ぼしてないのに他人に輸血したら効果が出るってのも怪しい。もしそんな便利な効果があるなら血を売って一生生活できそうだ。

「ないない。そんな効果があるなら俺の怪我だって治ってないとおかしいだろ」

「ん~、ワタルの血でフィオの怪我が治ったのなら、私かフィオの血でワタルの怪我が治るかもしれないわよ?」

 そんな馬鹿げた話があるかよ…………。

「…………飲む?」

「飲まないよっ!?」

 何やってんのこの娘は……ナイフ持ってきて手に当てようとしたよ。

「せっかく治ったんだから怪我するような事はやめてくれ――」

「?」

 撫でようと伸ばしかけた手を慌てて戻した。ノイズが走った、別に忘れているわけじゃない。それでも、自分の手が血に染まりきっているのを見せられるのは気分が悪い。この手でフィオに触れようとしたのか……この汚れた手で……今は普通の手に見える、でもさっきは……怖くなってフィオ達から離れる。

「ワタル?」

 手をいきなり戻したり、二人から離れたり、不自然だったせいで心配されて却って近寄られる事になってしまった。

「ワタル? 震えてるわよ、大丈――」

「触るなっ」

 またノイズが走って、伸ばされたティナの手を払いのけた。何やってんだよ俺は……心配してくれたんだろうが、いつまでビビってるつもりだ? やった事はもう変えられないんだぞ? いい加減受け入れろ。

「ごめん、ちょっと、びっくりして……大丈夫だから――」

「嘘ね。まだ震えているわよ、辛いなら辛いって言いなさい。この世界の全員が許してくれなくても、私たちだけはワタルの事を許してあげる。だから私たちにまで怯えないで、自分から進んで一人になろうとしないで」

「辛くないって、自分で選んでやった事だし、あれだけ人を斬ったやつが女の子二人に怯えるわけないだろ」

「なら何で逃げるの?」

「逃げてないって」

「逃げてる」

 そりゃお前らが捕まえようとするからだろ。にじり寄ってくる二人を躱して部屋の中を逃げ回る。治ったって言ってるけど、そんなに動き回って大丈夫なのか?

「ん~、剣がないのにそれなりに速いわね。フィオとの訓練の成果かしら? フィオ、挟み撃ちよ」

「ん」

「げぇ!?」

 左右から飛び付かれて倒れ込んだ。

「何やってんだよお前らは……フィオは退院したばかりだろ、大人しくしてろよ」

「大切な相手から逃げ回るなんて、ワタルこそ何をやってるのかしら? 強がらなくてもいいじゃない」

「…………大勢斬ったのに悩んで苦しんでいるとか、人間らしい振る舞いなんて許され――」

「何言ってるのかしらこの子は、悩んで苦しむのは普通の事でしょ。それが出来なくなったらただの化け物じゃない、私はそんなワタル嫌よ」

「ワタルは今のままでいい。変わるのは、嫌。今のままでいて」

 今のままねぇ…………何かあるとすぐに動じて一々悩む情けない状態? そんなやつを許容する二人って――。

「物好きめ」

「そうかしら? そんな事ないと思うのだけれど…………」

「別に物好きでもいい」

「如月さ――お邪魔しましたっ!」

 部屋の引き戸が開いて惧瀞さんが顔を覗かせたが、こちらを見てすぐに戸を閉めた。状況としては二人が俺を押し倒して覆いかぶさってきて寄り添っている状態。

「…………惧瀞さん違うっ! そういうんじゃないからっ、何もしてないから入って来ても大丈夫だから」

「い、いえ、お気になさらず続けてください。部屋の外に居る人にも少し離れているように言っておきますから、えっと一時間くらいで大丈夫でしょうか? あまり長くは難しいので」

 なんの時間だ!? そういうのって大体一時間なのか? …………って、そんな事はどうでもよくて。

「そんな気遣い要らないですから」

「えっ!? …………傍に誰か居る方が良いという事ですか? そういうのは困ってしまうんですが」

 ちっがーう! なんでそうなった!? その話題から離れろよ! 他人が居る状態とかどんな変態だ!?

「そうじゃなくて…………本当に何もしてないですから、それよりも、何か用事があったんじゃないんですか? 大丈夫なんで入って来てください」

 二人を引き剥がしてから姿勢を正して、惧瀞さんを呼んだ。

「あっ、お邪魔してすいません。連絡があって、協議が難航していてまだ時間が掛かりそうなのでその間にティナ様たちには観光をしてもらったらどうかという話になったのでお伝えしようと思って」

「観光?」

「はい、魔物に因る事件もあれから発生していませんし、この世界に来てからお二人は魔物退治か殆ど拘束されている状態でしたので、今更ですけどこの世界を少しでも知って楽しんでもらえれば、という事らしいです」

 それは俺も少しは思ってたけど、観光は建前で、本音は協議の時間稼ぎってところだろうか? そんな事より戻る事を優先したいんだが…………。

『アメリカへの引き渡しを突っ撥ねて、罪にも問われない方向で話が進んでいますが、この件に関しては異世界への移動手段が関係していると思うのですが、須藤さんはどう思われますか?』

『異世界に行く事が可能と言っても、どんな世界に着くのかも分からないと言うじゃないですか、その上戻ってくる事も難しいとの情報もありますし、日本人救出というのも怪しいのではないですか?』

『日本での行方不明者は年間八万人近くいて、その中から異世界に行ってしまっている人がどの位いるのかというのも不明ですし、それが分からないという事は捜索活動の終わりも分からない状態となりますね。如月さんが警察に拘束されている時の証言で名前が挙がった方は確かに捜索願が出されているそうですが、本当に異世界に行っているとも限らない。寧ろ罪に問われない為にこのような話を持ち出した可能性もあるのでは?』

『そうですね。我々には確認のしようがない話ですし、そのような不確かな事を信じて自衛隊を派遣するというのは論外だと思いますね』

『ですが行方不明者の家族などからは救助を願い自衛隊派遣を推す声が日に日に増していますね』

『んー、ご家族が行方不明でこのような話があれば不安になるのも理解できるのですが、帰ってこられない場所への派遣は派遣とは言えないですよ。危険な世界に行く可能性もありますし集団自殺に近いのでは? このような事を政府が協議するのは問題外なはずですけどねぇ』

 なんとなく点けたテレビでは異世界移動について色々言われている。どこかから情報が漏れたらしく、あっという間にメディアで報道されるようになってしまっていた。

「協議が難航ってこういう報道も関係あるんですか?」

「……ない、とは言えないですね」

 この様子だと派遣は断念ってなるんじゃないのか? 待つ意味はないような気がしてきた。

「如月さん、協議の結果が出るまでは――」

「分かってますよ…………たぶん。待つ意味がなさそうならすぐに戻りますけど」

「ならどこに出掛けるか決めましょうよ。待っている間ティナ様たちには楽しんでもらいましょう?」

「私たちはワタルと居られればそれでいいのだけれど――」

「夏ですし海やプール、お祭りに花火大会、レジャー施設もありですね!」

 惧瀞さんが張り切っている……気が乗らないんだけどなぁ。というか観光じゃなかったのか? 観光って言うと日本的なものを巡るのかと思ったけど、今挙がった中じゃ日本っぽいものって祭りくらいじゃないか? 遊びかぁ…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る