経験とは

「はぁ~、三日連続……ご苦労な事ですね」

「そう思うのならそろそろ首を縦に振ってくださってもいいと思いますが、何が不満なのです? 日本での暮らしなど比べ物にならない程の待遇を用意してこれ以上は無いというくらいだというのに、お断りになる理由が分かりませんね」

「そんな事も分からないからフィオとティナにも振られてるんじゃないですか?」

 何がどうなってるのか知らないが、日本に帰って来てから毎日アメリカからのお客と話している。惧瀞さんが言うには日本政府から許可が出ているらしく、訓練が終わった後に旅館にやって来て話をさせられる。初日こそフィオ達も居たが二日目からは、くどいと言って会いもしない。俺も面倒だから惧瀞さんが断ってくれればいいのに……そう思うが、上からの命令らしく、追い払う事はおろか同席も許されていない。前は追い払ってくれたのになぁ…………。

「それについてはあまり問題ではありませんね、あなたを口説き落せればお二人も自然と我が国に訪れる事になりますから……何故そこまで拒まれるのですか? 非公式であっても中国には行かれたのでしょう? ……そこでの無礼で他国を訪れる事が怖くなりましたか? そういった点を気にされているのであれば心配は要りません。我が国では公式に発表して大々的に歓迎させていただきます」

 フィオとティナをね。あくまでも俺はおまけ、適当に何か与えておけば釣られるだろうといった感じに金やら女やら、地位、名誉なんかの提示をしてきているが別にそんなもの欲しくもない。そもそも魔物がいないならこの世界に長居する気が無いからこっちでのものなんて与えられたって無意味だ。

「そういうんじゃなくて、行く理由が無いですし、行く気も無いです」

「我が国には最新の技術と様々な分野の最高峰の学者で組織された研究機関があります。異世界へ行く方法の研究は異世界へ飛ばされてしまった他の日本人の救出に役立つ事では? 他の日本人を助ける為というのはあなたにとって理由にはならないのですか? それは随分と冷たいものですね」

 そう言われると少し気になるけど、その研究をいつまで待てばいい? 俺はこっちでの用が済んだらすぐに戻りたいんだ。そんなもの待ってられない、それに救出なんて建前で本音は異世界の資源確保が理由のくせに……初日にフィオとティナにミスリル以外の鉱石や他の資源、土地の広さなんかをそれとなく聴こうとしたり、文明レベルを聞いたりして発展に協力出来るので異世界に行く方法の研究について是非協力を! とか言ってたし。

「研究してみても行けるようになる保証も無い、その上研究の為に長時間拘束される生活でしょう? そんなものを受け入れる気にはなりませんよ」

 冷たい、んだろうな…………自分の望みの優先、他の、顔も知らない会った事のない相手を強く思う事なんて出来ない。帰せるなら帰したいとは思うけど……助けたいと思うなら安定して行き来できる方法を確立させて国家レベルで救出に行くべきなんだろうし、封印の崩壊も心配なら戦力の大規模な投入をしてもらえる方がいいはずなのに……俺って結構身勝手だなぁ。日本政府にも異世界に行けるかもしれない方法があるのは黙ったままだし……日本にくらい伝えておくべきか?

「ふむ……まぁ、もっとゆっくりと考えてみて下さい。我が国に来る事はあなたにとっても異世界人のお二人にとっても、そして行方不明になっている日本人にとってもプラスになるはずですよ。明日また来ますので」

 自分たちが言っている事が正しいと信じで疑ってない様子、もう来なくていいってば……そして一番プラスなのはアメリカだろうが、理不尽に異世界へ飛ばされた人命の救助をした世界のリーダーという世評、異世界への移動方法の独占、異世界資源の独占、新たな土地の開拓、etc…………俺なんかには思いつかなくても他にも利益があるだろうし、他の国も利権を求めて接触してくる前に戻りたいところだな。


「どうでした?」

「断ったぁー…………」

「よかったぁ、如月さんは他国に行ったりしませんよね?」

「まぁ、俺日本語しか話せないし、他の国とか生き辛い」

「そうねぇ~、私も理解出来ない言葉が飛び交ってる土地にはもう行きたくないわね。それでもワタルがいる場所ならどこにでも行くつもりだけど」

「ええ!? き、如月さん、日本に居てくださいね、どこにも行かないでくださいよ!」

 そんな念押ししなくても、余程の事がない限り行きたくもない。

「そんなに日本に捕まえておきたいなら政府が断ればいいじゃないですか、俺もう話しするの面倒なんですけど」

「そういう理由で言ったんじゃ――いえ…………その事を上申したんですけど、決定は変わらないみたいです。ですので暫くは面会が続くと思います」

 はぁ~、もう魔物はいないと決めてあっちに戻ってしまおうか? どこでやるんだ? また周囲を飲み込む様な穴が開いたら街中だと巻き込まれる人が出る、山奥とかじゃないと……でもどこにでも付いてくるしなぁ…………こっそりとは出来そうにない――事もないか、ティナの能力で逃げた後にやれば問題ないんだし、もう数日様子を見てから決行するか?

「魔物に因る事件とかはあれから起こってないんですよね?」

「はい、あの事件以来ぱったりと止んでます」

 ん~、もういないと考えても問題ないのか? だとしたら早めに……自分の国から逃げる様な事を考える事になるとは思いもしなかったな。


「もっと速く」

「いやお前これ昨日より速いだろう、がぁ!?」

 右肩辺りを狙って繰り出された突きを、剣を振り上げてどうにか弾いた。ギリッギリだ、対処できる自信になんてなりそうもない。一つ防いだところで次の瞬間には倍以上の攻撃に見舞われて、これだと死ぬよ? と視線を向けられる。

「あぁ~…………暑い、もう死ぬぅ~」

「ワタルはもっと速く動けるのに……そのムラどうにかして」

 買い被り過ぎだろ、今だって何回ナイフで叩かれた?

「どうにかも何もこれが限界だって、成長してる気が全くしないし」

「してる。前よりずっと速くなってる、だから続き」

「うえぇ!? だからいきなりやるなよ!」

 俺のそんな言葉はお構いなしに猛攻が加えられる。今日は耳が無くなるところだった。少し掠ったらしく髪がはらはらと散っていく、こんなんやってたらそのうちハゲそうだ。

「敵は攻撃前に教えてくれたりしない。戦闘中に気を抜く方がどうかしてる」

「そりゃ、そうなんだけど、な! 訓練で怪我なんてしたくないぞ」

「…………頑張って」

 今の間は何!? しないよな? 訓練だよな? お前はそんな娘じゃないよな? ……訓練中はやたらと厳しいんだよなぁ…………気を引き締めよう。

「良くなってる。やっぱり不意打ちとか、危険な目に遭った方が反応が良くなる」

「危険に遭わないと良い動きが出来ないとか嬉しくないんだけど――」

「その為の訓練、普段から全力を出せるようになって」

 っ!? さっきまでは当てられたとしてもナイフで軽く叩かれる程度で大きいダメージになるようなものは当てられてなかったのに、今の回し蹴りは全力で当てる気だった気がするんですが…………鼻先を掠ったから少しヒリヒリするぞ。

「もっと、速くするから、怪我しない様に避けて」

「いや、今でも相当ギリギ――って話聞けぇ!」

「ワタルは出来る、頑張って」

 そう言ってフィオは少し笑った。このちびっ子鬼教官厳しいです。


「さて、お考えは変わりましたか?」

「いや変わんないですよ」

 またこの時間だ。同じような話を聞かされるのもうんざりだ。

「なにをそこまで頑なに拒む必要があるのでしょうか? ……昨日拘束される生活と仰っていましたが、行動の自由についてご心配なのであれば、多少の制限はあれど今よりも快適で自由な生活を提供できると断言できますよ。何せ我が国は自由の国ですから、他にも何か望まれる事があるのであればご要望に沿えるようにいたしますが……アメリカに来る事はあなた方にとって決して悪い話にはならないと思いますし良い経験になりますよ?」

 他人に振り回されている時点で悪い話だよ……なんでこうも自信満々なんだ? 自分が言っている事が正しいと信じで疑わない、その上それが相手の為にもなると勘違いした人間の相手は面倒だ。…………母さんが死んだ後に同僚の人がしつこく宗教勧誘に来て面倒だったけど、あれに似た感覚があるな。断っても聞きゃしないし、それが相手の為になると信じ込んで他人を救う自分に酔ってる節もあるから諦めもしない。

「俺が望むのは干渉されない事です。他人と関わるのは煩わしいので、何を提示されたところでそちらの条件を飲む事もないのでお帰り下さい」

「…………如月さんは何か非合法な望みをお持ちですか? ……もしそうならそういったものにもお応えする事が出来ます。魔物を殺すという現実離れした生活をしていらっしゃいますし『そういったもの』をお望みであれば勿論それを提供する事も出来ますが――」

「帰れ」

 流石に我慢の限界だ。なんで快楽殺人者の様な扱いを受けないといけない? 俺にそんな趣味は無い。

「後悔なさいませんか?」

「あ゛あ? ふざけるな、あんたみたいなのが居る場所へ行かない事に後悔なんてあり得ない」

「そうですか、それは残念です。また明日来ますのでお考えが変わっているようなら――」

「帰れ!」

「それでは、また明日」

 最後に見せた不快な笑顔が印象に残った。それまでしていた目とは違う、どこか異常な、狂気を孕んだような目。

「気持ち悪い…………ん? メール?」

 嫌な用事が済んでのんびり出来るかと思ったら、呼び出しか。


「えっと……どこに行くって?」

「キャバクラと風俗だって言ってんだろ――」

「帰る」

 日本に帰ってくる飛行機の中で、迷惑かけたし今度飯でも奢るみたいな約束をしてはいた。そして今日は非番だからと遠藤に呼び出されて来てみれば…………。

「なんっだよ、姫さん達の事を心配してんのか? それなら黙っといてやるから安心しろよ。引き籠りでこういう経験とかねぇんだろ、何事も社会勉強だって、経験しとけ」

「でも如月さんはエルフのお姫様とフィオちゃんに相手してもらってるからこういうのには興味ないんじゃないか?」

 遠藤の他に二人知らない人も居るし、奢る話をした時に何人か呼んでもいいか? と言われたのを了承してたから同僚を呼んだらしい。

「二人とはそういう関係じゃないです」

 めんどくせぇ、帰りたい。二人に気付かれない様に出てこいなんて言われたから風呂に入ってる隙に抜け出して来たのに、こんなオチか。

「え? だ、だったらフィオちゃんを紹介してもらえませんか!?」

「お、俺はティナ様を!」

 なにこの食い付き…………?

「良いですよねフィオちゃん、小さくて可愛らしいのにあれで成人しているから合法! その上処女なんて……これでもう少し小さければ――」

「悪いな、こいつロリコンだから、んでこいつは巨乳外人好き。お前ら今はキャバクラと風俗だろうが、紹介なんて後にしろよ…………引き籠りで姫さんとお嬢とはそういう関係じゃないって事は……お前童貞かよ! アッハッハッハ、マジかよ。年上のくせに情けねぇぞ、ここは一発行っとくべきだろ」

 肩をバシバシ叩かれる。なんでこんなに笑われてるんだか…………そんなに笑うような事か? ガラの悪いやつってこういうのを馬鹿にするイメージあるわぁ。金払って経験したやつと経験無いやつなんて大して差なんてないど思うけど、金払って経験ってのは俺が勝手に思ってるだけで実際は分からんけども、本命をゲット出来てない時点で中らずと雖も遠からずだろ。

 フィオより更に小さい方が良いとか、ロリコンってかペドじゃね? そしてティナは外人なのか? ……別の国の人ではあるから外人と言えば外人なのか。

「自衛隊がそういう所に行くのってイメージ壊れるなぁ」

「何言ってんだよ、自衛隊だからだろ、四六時中むさ苦しい場所に居るんだぜ? 非番くらい羽を伸ばして遊んですっきりするに決まってんだろ」

「まぁ上官に食われるやつもいますけどね」

 食わ、れる? …………軍隊ってホモのイメージがあったりするけど、まさか自衛隊がそんな集団だったなんて……こんなのに日本って守られてんの? ガチホモに守られている国とかすげぇ複雑な気持ちになるんですが――。

「お前顔が引き攣ってんぞ、なんか変な勘違いしてんだろ。上官つっても女だっているんだぞ、しかも鍛えまくってるから超肉食系、上官だから逆らえねぇから新人とかが食われてんだよ」

 あぁ、なるほど…………どちらにしてもそんな内情知りたくなかったよ!

「そんな事より今から行く店だよ。お前指名はどうする?」

「いや、どうでもいい、というか帰る」

「一人で帰れんのか?」

「…………タクシー拾えば問題ないだろ、最悪惧瀞さんに連絡して――」

「バッカ! 絶対に綾ちゃんに言うなよ!? 綾ちゃんこういうの毛嫌いしてるからバレたら完全に嫌われちまう」

 ならこういう遊びを止めればいいだろうに、本命が居るのにこういうのはどうなんだ?

「とにかく、お前は一発行っとけ。世界変わるし絶対ハマるから――ハマるってそういうハマるじゃねぇぞ、そういう意味もあるけど。この娘とかおすすめだぜ」

 なんかごわごわに髪の毛を盛ってある女の写真を見せられる。怖っ、目元というか睫毛? とにかく化粧怖っ、常人はこれが可愛いと思うのか? こんだけゴテゴテだと化粧の臭いとか香水なんかの臭いも相当なものになりそうだな……頭痛くなってきた。俺には無理だわ、理解出来ない世界。

「こっちは風俗のおすすめだな」

「いや…………俺はいい、金でそういう事する女に近付きたくない。約束通り金は出すから行ってくるといいよ」

「おぉ、マジで奢りなんですね――」

「お前なぁ、風俗は確かにそういう事をしちゃぁいるが皆好きでやってるんじゃないんだぜ? 金が必要で仕方なく、それにキャバ嬢は簡単に落ちねぇんだぞ。ビッチみたいなイメージは失礼だぜ」

 似たようなもんだろ、客は金づる。財布が歩いてきてるくらいにしか思ってなさそうだ。とりあえす不特定多数の男と接触してるような相手と触れ合おうなんてよく思えるな、ドン引きだよ。それに金が必要だからってそういうのに走らず努力してる人だっているだろ、それは理由にならないと思う。

「俺ぁ帰る」

「待てマテまて、ゆみちゃんに有名人を連れて行くって言っちまったんだよ」

 知らんわ! そんなんお前の都合だろうが、付き合ってられるか――。

「きゃぁああああああああああーっ!」

『っ!?』

「なんだ? 痴漢でも出たか? っ! 銃声、魔物が出やがったのか! 勘弁しろよ今からお楽しみだってのに、こいつだって脱童貞機会なのに」

 他人に言われてる時点で気持ち悪いが、男に言われてると更に気持ち悪さが増すな。まぁそれは置いておいて、この魔物がラストになればいいが…………。

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