仕方ない

 先ずワタルの治療に使う物を探そう。その後で食料と水、馬車の調達――。

「ひっ!? くそっ、殺されてたまるかぁああああ!」

「煩い」

 四階の部屋は確認していないから、ワタル達が居た部屋に一番近い部屋に入ったら中に居た兵士が斬りかかってきた。遅過ぎるそれを躱して手刀を打ち込む、別に殺さないから大人しくしていればいいのに。一階では結構な数を気絶させたと思ったけど、まだ建物内に潜んでいる兵士が居るかもしれない。目的の物を探しながら気絶させて――。

「聞いてから気絶させればよかった…………」

 いい、次に見つけたのに聞けばいいんだから、さっさと他を探す。急いで四階の部屋を確認していくけど、目的の物も兵士も見当たらない。さっきのあれはサボっていた兵士? ……よく考えたら外で騒ぎが起きているのに、まともな兵士が中に居るはずもない。

「四階は終わり、次」

 三階も確認していくけど武器庫や兵士の部屋、休憩室の様なものばかり、三階も外れ。次は二階――? 声? 声のする部屋に近付くと嫌な感じがしてきた。でもどこに何があるか確認した方が早く済むし…………。

「はぁ~、しょうがない」

「きゃぁぁぁああああっ!?」

「なっ!? なんだあ!? が、ガキ?」

 扉を蹴破って中に押し入った。やっぱり、裸の男女…………聞き慣れた変な音もすると思ったら、案の定だった。

「なんでガキなんかが? ……いきなり入って来て何のつもりだ! さっさと出て行けよ! ここは俺の部屋だぞ、それも今は取り込み中だ!」

「外では他の兵士が騒いでいるのに、こんな事をしていてよく言う。医務室と食糧庫の場所を教えて」

「はぁ!? そんなもの――紅い目、扉を破壊する力…………お前もしかして混ざり者か? 道具の分際で人間である俺の部屋に押し入った挙句にそんな口を利くのか!? ふ、ふざけるなっ! お前ら――」

「煩い、聞いた事だけ喋ればいい。喋らないなら用は無い」

 男女が居るベッドに瞬時に近付いて男の首へナイフを当てる。イライラする、部屋に充満した臭いに吐き気がする。

「ひぃっ――っ!?」

 大声を上げそうな女を睨むと慌てて口を押えて黙り込んだ。

「よ、止せ、人間に逆らったらどうなると――」

「喋らないなら用は無いって言った。用が無い、必要の無い物はどうするか知ってる?」

「っ!? わ、分かった。医務室はこの二階にある階段から左の三つ目の扉がそうだ。食糧庫は地下に在って、西側にある階段の扉の綺麗な方が食糧庫へ下りる階段だ――」

 顔を青くして喋る男が必要な事を話し終えると、男の腹に拳を打ち込んだ。

「ひっ!? な、なんで? 彼はちゃんと喋ったじゃない!」

「気絶させただけ、騒がれると邪魔になるから面倒」

 女の方も気絶させておく方がいい。

「や、止めてよ!? わ、私は娼婦なの、仕事で来ただけなのよ。ここの人たちとは関係ないの! だからあなたが何をしようと邪魔しないから――」

 無視して気絶させた。娼婦……よくこんな事を自分から続けられる、理解できない。こんな事考えてる場合じゃない、場所が分かったんだから早く調達してしまわないと。


 医務室、要るのは包帯と傷薬、これは殆ど持って行く。怪我なんてしない方が良いに決まってるけどワタルが何するか分からないから備えておいた方がいい、これと他に何か…………これ、眠り薬? 袋越しにも感じる臭いはあの時嗅がされた物と同じだった。持っていれば便利かもしれない。次は食糧――一階の西の綺麗な扉の階段……こっち? 地下への階段を見つけはしたけど、どちらの扉も綺麗とは程遠い物だった。迷った末に少しマシに感じる階段を下りた。

「合ってた」

 途中で見つけた大きめの革袋へ干し肉や果物を放り込んでいく。あとは水、水筒は確保してるから外で井戸を見つけるだけ。


「これは貴様の仕業かっ!? その荷物、火事場泥棒か!」

 一階に戻ると兵士が十数人入って来ていた。まだ外で騒いでいる声が聞こえてるのに。それにしても、火事場泥棒……私が捕まってた情報って本当に全員に回ってないの? 間抜け過ぎる。

「寝てて」

 左手で荷物を担いで、右手ですれ違いざまに手刀を打ち込んで気絶させながら外に出た。

「井戸、井戸……あった」

 少し多めに水筒も用意した、三人分ならこれだけあれば充分。水汲みも終わり、最後に馬車を準備すれば三人で逃げられる。北の大陸……エルフと獣人は危険かもしれないけど、絶対に二人を護って見せる。

 厩舎もすぐに見つかって、厩舎の傍には馬車も置いてあった。黒い馬を二頭選んで四人乗りの馬車に繋いで残りの馬は放逐して、馬車は車輪を全部壊した。

「これでいい」

 これで追手が来るのが少しは遅れるはず、人間や普通の混ざり者程度なら来ても平気だけど、それでも出来る事はして安全に逃げられる可能性を上げておきたい。

 馬車に乗って収容所の正面に行くとワタル達が出て来ていた。丁度良かった、呼びに行く手間が省けた。

「お前、なにやってんの?」

「? 逃げるなら馬車の方が良い、ワタルとリオは走るの遅そうだから」

「おぉ~、私馬車なんて乗るの初めてかも」

 っ!? 紅いのと一緒に居た女が馬車に勝手に乗り込んだ。

「…………なんでその人たちも居るの?」

 三人で逃げるって言ったのに。

「あ~、一緒に行く事になった、だからこれには全員が乗れないな」

 せっかく準備したのに、それに他の馬車はもう壊してるからこれ以外は無い。

「なら航か優夜がどっちかの膝に座れば?」

「僕はそれ遠慮したいかなぁ」

 紅いのじゃない方の女の変な提案、異界者の男がユウヤ? ユウヤがワタルの膝に座る…………なんか、嫌。

「俺も嫌だ。男同士で気色の悪い」

「なら――」


 異界者は置いて行く事にしたかったけど、ワタルが絶対諦めそうにないから、仕方なく反対はしなかった。座る場所が足りない問題は私がワタルの膝に座る事で解決、私が一番小さくて御者を出来るのは私だけだから乗るのは私で決まってたからワタルを選んだ。小さいって言われるのはむかむかするけど、これは少しだけ嬉しい。

「港ってどの位で着くんだ?」

「早くて三日」

「三日!? もっと早くは――」

「ならない。馬だってずっとは走れない」

 少しだけ振り返って見上げると困った表情をしたワタルの顔がある。私は嬉しいけど、こうしてるの、嫌? 重くて疲れる?

「重い?」

「いや、重くはないし脚も痛くないけど、フィオは嫌じゃないのか?」

「嫌じゃない」

 寧ろ嬉しい、隣にリオが居てくれたらもっと良い。

「フィオ、寝てていいか?」

「ん」

 寝るって言ったのにワタルの手が私の頭を撫でている。心地いいけど、子ども扱いみたいで少し複雑…………? 手が止まった。

「ワタル?」

「すぅ、すぅ」

 寝てる、それでもワタルの手は私の頭に置かれたまま……なんか、少しくすぐったい。でも、傍にちゃんと居る、リオも馬車に乗ってる。私の大事な人たちが傍に居てくれてる。大事なものがあるって凄く嬉しい事、ワタルとリオに会わなかったら知らないままだった。二人と居ると凄く楽しい、二人が危ない目に遭うと胸が苦しくなる。絶対に護るから、だからずっと一緒に居て欲しい。


 あれから馬を走らせ続けて、大分日が高くなってきた。収容所からはそれなりに離れた、馬もそろそろ休憩させないといけない。街道から外れて大きい木の陰に入る、ここなら街道からは見えないはず。少し残念だけどワタルの膝から下りる、出発したらまた乗れるんだから我慢。

「リオ」

「フィオちゃん? どうかしたんですか?」

「馬の休憩、その間に追手が来てないか見てくるから――」

「え!? 一人で戻るんですか?」

「一人の方が早いし安全。この荷物に薬と包帯も入ってるからワタルの手当てして何か食べてて、私は行ってくる」

「え、ちょっと、フィオちゃん! ――」

 追手が来てたらワタル達の所へは行かせない、その前に潰す。

 干し肉を齧りながら馬車で進んできた街道を戻っていく。周囲の気配を探りながらだからそれほど速くはないけど、それでも馬よりは速い。とりあえずの確認は進んだ行程の半分くらいでいい。馬車を壊して馬も逃がして来たんだからすぐに追手の準備ができてるとは思えないし、仮に馬車なんかが調達出来ても簡単には追って来れない。私を私と知って捕まえてたみたいだし、キノコ頭が居ればワタルと紅いのには対策出来るけど私への対策にはならない。それを準備できるまでは追って来ない……そう思っていても警戒しておかないと落ち着かない。何かを怠ってワタルとリオが傷付くのは耐えられそうにないから。

「うん、居ない」

 大体馬車を置いてきた場所から収容所まで半分の地点、ここまでに変な気配もなかったし道の先にも何か居るようには見えない。問題ない、今のところは安全、早く戻ろう。大事な二人が居る場所へ。


 御者の席に座ったままのワタルの隣でリオが手当てをしてる。ん? ワタル、動いた? 起きたの?

「ワタル、起きたんだ」

「っ!? ああ」

 びっくりした顔をしてる。なんで? 何かあった?

「お帰りなさい、フィオちゃんも少し休んでください」

「ううん、出発する」

 追手が居なくてもなるべく早く距離を空けておきたい。それに港に着いた時に、船は少し前に出港した、なんて間抜けな事になりたくない。進める時は進めるだけ進みたい。

「追手が居たんですか?」

「追手は居なかった。被害が多くて追手まで手が回らないんだと思う。他の馬車は壊してきたし馬も逃がしたから、それにあの紅いのがいっぱい燃やしたから」

 ? ワタルが急に頭を撫でてきた。なに? …………気持ちいいからなんでもいいか。

「追手がないなら少し休んだ方がいいんじゃないか? お前動きっぱなしだろ?」

 二人の安全の為ならこの程度の事はなんでもない。

「私はワタル達とは違う、それに休むのは船に乗ったらいくらでも出来る。だから早く港に行く方がいい、馬の休憩も十分取れたから出発」

「分かった。じゃあ俺はあいつらを起こしに――」

 私の言った事を分かってくれたのか、急いで他の異界者を起こしに行こうとしたワタルがリオに捕まった。

「ワ、タ、ルは! まだ薬を塗ってる途中なのでフィオちゃんが起こしてきてくれますか?」

「ん」

 まだ手当てしてなかったんだ。それとも薬をしっかり塗り込んでるの? あの傷薬は良く効くけど、塗ると痛いから私はあまり好きじゃないんだけど、ワタルは平気なの?

「いや、もう塗ったじゃん」

「まだ少しだけです。もっとちゃんと塗っておかないと」

「そんなに塗り込まなくても大丈夫だって!」

 …………抵抗してる、ワタルも嫌なんだ。


 異界者たちは暢気に木陰で木にもたれて寝てる。なんでこんなのと一緒に……早く起こそう。

「起きて、出発」

「んぁ? もう出発なのぉ?」

「捕まりたくないなら出発した方が良い」

「んぅ~、了解ぃ~」

 茶色い髪の女だけがすぐに起きてのろのろと馬車に向かって行った。紅いのと男は起きない。

「起きて、出発…………起きない」

 男の近くにあった水筒を取って鼻に水を流し込んだ。

「んがぁ!? ごほっごほっ、げほっ! うげぇ、鼻痛い」

 起きた、残りは紅いの…………水を使うのは勿体ないかもしれない。

「起きて」

 頬を突いてみるけど起きない…………なんとなく鼻と口を塞いだ。

「ん、んん? んー!? ぷはぁ! 何するのよ! こんな事したら窒息――」

「出発、捕まりたいなら寝ててもいい」

 睨みつけてきて面倒になりそうだったからそれだけ言ってワタル達の所へ戻る。


「はい、終わりです」

「なら出発」

「もう起こし、て?」

「この娘に窒息させられそうになったんだけど」

 起きて付いてきた紅いのと男が私を睨んできてる。

「フィオ、お前どんな起こし方したんだ?」

「声を掛けても起きなかったから鼻と口を塞いだ」

「それ死ぬかもしれないよね?」

「死にそうになったら誰だって起きる。加減は知ってるから大丈夫」

 盗賊の時に起きない奴で何度も試してるから死なせる事も無い。

「優夜も同じ起こされ方か?」

「僕は鼻に水が入ってきて…………うぅ、気持ち悪い」

「フィオ、その起こし方は封印な」

「なんで?」

「なんででも!」

 起こしてきたのに、なんで怒ってるの?

「…………分かった」

「じゃあ、出発しよう」

「あたしはこの件流す気はないんだけど?」

「大人だろ? このくらい流せよ」

 そう、起きなかったのが悪いんだから、早く乗って出発。

「……そうね『子供』のやった事だし、もうしないのなら我慢するわ」

 馬車に乗ろうとしたら紅いのがそう言った。もう十八で成人してるのにっ。

「私は――」

「まぁまぁ、話は船に乗ってからでも出来るだろ? 早く出発して港に行こう」

 文句を言って一発打ち込もうと思ったらワタルに手を引っ張られて膝に座らせられた。むぅ~、これは好きだけど今は――。

「そうして膝に乗っけられてると益々『子供』に見えるわね」

 っ! また言った。

「フィオ、大人ならこういう時は聞き流すもんだ」

 顔を寄せて、私にしか聞こえないようにワタルがそう言った。大人なら…………ワタルがそう言うなら、分かった。

「くだらない事言ってないで早く乗ってくれ、フィオは船に乗るまで休まないって言ってるから早く港に着きたいんだ」

 ワタルがそう言うと紅いのと男も馬車に乗った。最初に起きた女は既に乗り込んでいて、中で眠ってる。

「ワタル、大丈夫ですか? 私が代わりましょうか?」

 代わる? リオに座る? ……リオには座るよりぎゅっってされたい。それに、リオは胸が大きいから座ったら前屈みになって首が疲れそう。

「あぁ、それはた――」

「ダメ」

「なんでだよ?」

「ワタルは座り心地がいい」

「ふふふ、それじゃあ仕方ないですね」

 そう、仕方ない。座り心地のいいワタルが悪い。そういうことにした。

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