貫け!

 黒い魔物は数十匹、オークの方が少し多めかもしれない。それらがさっきのバイクの激突と銃撃に反応して俺と自衛隊の車両に向かって来ている。

「おい! 止めろ――」

 自衛隊員の制止の声を無視して剣を抜き、怪物に向かって一直線に駆け抜ける。周囲のオークたちの動きは特別速いといった事は無く、最初の事件の時に見た物と変わらないように思う。俺を殺そうと、蟻が食べ物に群がるかのように押し寄せてきて道を塞いでくる。それらを斬り伏せ踏みつけて怪物に向かって突き進む。怪物手前に居た奴の首を飛ばして踏み台にして跳び上がり怪物の頭部を狙う、いくら硬かろうが生物なら目や内部へ繋がる口への攻撃は効くはず、それにこの剣なら普通に斬れる可能性だって――。

「っ!?」

 怪物の目を狙って放った刺突は何も無い空間を貫いていた。避けた……なんで? あの巨体で何故あんな動きが出来る? フィオ程とまでは言わないが、それでも相当速かった。紋様の強化を受けている俺と同じか、若しくはそれ以上の速さだったように感じ――。

『オ前、ナニ? ニンゲンニ似テイルクセニ、ニンゲントハ違ウ速サ』

 到底知性など感じられない、牙を剥き出しの醜悪で凶暴性を感じる顔をした怪物に話しかけられた。これが、こんな物が人語を解するのか?

「ふざけんなっ! お前こそなんなんだよ!」

 巨体の怪物が思いもしなかった速さで動いた事と人語を話した事に動揺して叫んだ。落ち着け、焦るな、巨体だからさっきまで殺してた魔物と同じかそれよりも遅いと思い込んでたから避けられたんだ。まだ、まだ俺はさっきより速く動けるはずあれよりも速く動いて上手く仕留めるんだ。今の俺には速さとこの剣しかないんだから。

『オデ、デミウルゴス。能力ハ模倣……オ前ハナニ?』

 デミウルゴス? 確か神話か何かに出てくる造物主か偽神がそんな名前じゃなかったか? そんなものの名を冠しているのか? こっちの世界の話だから異世界の存在に関係してるとは思わないけど、嫌な感じだ。それに、模倣……一緒に現れた魔物を模倣して作り出してるって事なのか? だから作り出せるのに強さは普通の物と同じになってるのか。能力が模倣なら体が硬いのとあの速さは元々の特性? それとも体を硬化させる能力と身体能力強化も持っていて、複数の能力持ち? 立ち止まって少し考え事をしている間にさっき殺した以上の数が地面から湧き出して俺を囲み始めた。考えてる余裕もないのかよ、原因を断たないとキリがない。

「俺は人間だ。お喋りはいいから死んでやがれ!」

 跳び上がって、デミウルゴスと名乗った怪物の頭部目掛けて斬り付けたが、その剣を奴はあっさりと腕で防ぎ弾いた。

『ニンゲン? フフッグフゥッ、違ウ、ニンゲンハ弱イ、コンナニ速クモナイ。オ前弱クナイ、コイツ等ト、オデ達ト同ジ化ケ物、フフフッグフゥッグフゥ」

 デミウルゴスは醜悪な顔をニタァと歪めて、更に醜悪な顔をして妙な笑い声を上げている。

「訂正しやがれデカブツ、俺をお前らみたいな醜い化け物と一緒にするな!」

 怒りに任せて駆け回り、後ろや横へ回り込んで飛び掛かりながら手当たり次第に斬り付けていく。どこか、少しでもいいからダメージの与えられる箇所があればと斬り付けるが、腕や脚、胴体へ打ち込んでも金属同士のぶつかるような高い音がして弾かれ傷一つ付かない、頭部への攻撃は避けられるか腕で防がれる。力では圧倒的に負けていて、能力を失ったままの俺に残された速さとこの剣すらこの怪物には意味を成さない。もう俺には何も出来ない? 相当ヤバい……それでも退くわけにはいかない。殺す事は出来なくても、スピード自体は大して変わらないなら動き回って頭部を狙い続ければここに足止めしておく事は出来る。その間に逃げ遅れている人たちが避難出来れば、後は戦車でどうにか出来るのかもしれない。フィオとティナとの約束…………守れないかもなぁ……ごめん、でも俺はこれしか選べない。

『同ジ、ニンゲンハ弱イ。オ前ハニンゲンヨリ強イ、デモ、オデノ方ガ強イ!』

「っ!? くそっ、がぁあああ!」

 右へ回り込まれて振り抜かれた拳を、身体を捻って両手の剣で拳を叩くのと同時に跳んで躱したが、掠めただけの空気の衝撃で吹っ飛ばされた。飛ばされた先にオークが居る、どうにか身体の向きを変えて頭を割り弛んだ腹をクッション代わりにしたが、それでも衝撃を吸収しきれてなくて少し痛み、クッション代わりにしたオークの首から噴き出した黒い血で汚れた身体でどうにか立ち上がる。


「掠めただけでこれかよ」

 なら当たったらどうなるんだ? 少なくとも生きてはいないだろう。元が分かる程度に形が残っていれば良い方か? ははは…………マジかよ。こんなに差があるのか、ティナは強力な能力の個体は居ないはず、だなんて言ってたけど、これを強力と言わなくてなんて言うんだよ? なんでこんな時に能力がないんだ。レールガンなんて今が使い所だろうが! 戻れよ! 必要としている時に使えなくてどうするんだっ! っ!

「早く退くんだ! 俺たちの武装じゃ雑魚を殺す程度の事しか出来ない――」

 愕然としている俺に攻撃しようと近付いてきていた魔物数体が撃たれて倒れた。そしてぶちまけられた黒い血の染みから魔物が湧き出す。こいつらは尽きる事はないのか? …………殺した後に湧き始めている? なら殺さずに手足を斬り落として行動不能に陥らせておけばこれ以上増える事だけは止められるか?

「ならさっさと、住民を避難させてくれよ! 俺の事は放って置いてくれ!」

 もうこれ以上誰も死んで欲しくない。俺なんかが背負うには人の死は重過ぎる、今もその事で頭がおかしくなりそうなんだ。動いていないと気が狂いそうだ、まず周囲の雑魚を潰す。手足を削いで身動き取れなくしてやる! 群れの中を駆け回ってすれ違いざまに手足を削ぐ、損傷しただけでは湧き出さない。このやり方で間違いない、雑魚の手足を狩りながら合間にデミウルゴスへの攻撃もしてみるが頭部以外への攻撃は効果が無く、頭部への攻撃はキッチリ回避するか、頭をずらして角で受けて弾きやがる。っ! 俺の行動で気付いたのか自衛隊が魔物の手足を狙って射撃をし始めている。

『アレ、邪魔』

「っ! 止めろ! お前の相手は俺だろうがっ!」

 俺とデミウルゴスとの間に居る魔物の頭を踏み付けながら進み、奴の間近に居るオーガの頭を思いっきり踏み付け跳躍して、自衛隊の車両へ向かおうとしているデミウルゴスの頭部目掛けて突き下ろす。

『オ前、サッキヨリ少シ速クナッタ? ナンダ? 能力?』

 剣を突き下ろした俺が居る上に向かって腕を振って攻撃を弾いた。弾かれた勢いで俺は上空へ打ち上げられた。どうすんだよこれ? 着地は? そもそも落下地点にはデミウルゴスが居る。オークやオーガなら殺してクッションに出来るがあいつじゃ無理だ。詰みか?

 次第に打ち上げられた勢いが無くなり、落下が始まる。このまま奴の待つ場所に落ちて終わりか? ――っ! 今だ! 自衛隊員が銃撃を頭部へ集中させて奴の動きを止めてくれている間に奴の肩へ剣を打ち込み、落下位置をずらしてどうにか無事着地した。はぁ~、まだ生きてる、ギリギリ過ぎて心臓に悪い。放って置いてくれって言ったのに、おかげで助かったから感謝だが――車両が増えている?

「如月さん退いてください! あなたでも対処できないのでしょう? ここへは空自等の大規模な戦力の投入が決まりました。ですから周辺の住民も含めあなたも避難を! ここに居ては巻き込まれて死ぬ事になりま――なっ!?」

 館脇さんの乗っているのとは別の、最初にここに居た車両が瓦礫を投げつけられて拉げながら三回転してひっくり返った。こんなのを背にして逃げる事が出来るのか? 無理に決まっている。

「俺は自力で逃げますから早く残ってる人を捜して避難させてください! こいつを引き付けておかないと、こんなのを背にしたままじゃ逃げられないでしょう! やられた車両の人たちを助けて早く行ってくださ――っ! お前は大人しくしてやがれ!」

 また瓦礫を掴もうとしているデミウルゴスの腕を駆け上がって口目掛けて剣を突き込――。

「なっ!? 放せ! 化け物がっ」

 突き込んだ剣に噛み付いて、奥へ突き込む事を阻止された。

『オ前、面白カッタケド、モウ終ワリ。フフフッグフゥッグフゥグフゥ』

 剣を取り返す事を諦めて、離れようとしたが遅かった。

「がはっっ!? げほっげほっげほっ、ごほっ」

 軽くだ。動作から考えても、たぶん奴にとっては軽く腕を振るっただけ、それだけで俺吹っ飛び近くのコンビニのガラス窓をぶち破って、商品棚を倒しながら奥の壁に身体を打ち付けてようやく止まった。呼吸が止まって上手く空気を肺に送り込めない。ヴァイスの時も似たような感じで吹っ飛ばされた事があったがこれは段違いだ。ガラスの崩れて割れる音が遠くに聞こえる、すぐそこで起こっている事のはずなのに……目が霞む、意識がぼやける。これは、終わりが来たって事か? 視界が暗くなっていく、意識が闇に落ちていく。あぁ、やっぱり約束を守れなかったなぁ……怒、る……かな? それとも……泣く、か…………。




 揺れ…………? 銃声……? 爆発音? …………俺は、まだ生きている?

「うっ!? ぐぅ…………」

 全身が痛い、でも痛いって事は生きてるのか? 瞼を開いているのはずなのに視界がはっきりしない。

「生きてやがったか、まぁ生きてないと腕一本失ってまで助けに行ったおやっさんが報われねぇ。おい、生きてんだろ! 礼ぐらい言ったらどうなんだこの野郎っ」

「がっ!?」

 頭に衝撃を受けて次第に視界がはっきりしてきた。

「なにやってる遠藤、せっかく館脇さんが助けたのに、頭なんか蹴ったら打ち所悪くて死んだりしたらどうするんだ!」

「はんっ、あんな勢いよく吹っ飛ばされて生きてたんだから簡単には死にゃぁしないですよ。そんな事より山伏さんも威嚇でいいから頭狙って撃つなり、俺らのコピーを処理するなりしてくださいよ。LAVからLAMを撃ってはいるけど、怪物には全部躱されてるし、目を狙って撃てば気休めくらいにはなるっしょ」

 どれだけの時間気絶していたんだ? 頭がガンガンする。物は見えているが眩暈も酷い、俺は自衛隊の車両に乗って逃げている? 車両の後方からデミウルゴスと模倣された魔物、それから黒い人間? が追ってきている。瓦礫を掴もうとしている所へロケット弾? みたいな物を撃って攻撃されないように防いではいるけど、デミウルゴスとの距離は開かない。あの巨体でなんてスピードだ――。

「っ!? 館、脇さん? どう、して…………?」

 外から車内へ目を向けると館脇さんが苦悶の表情を浮かべ、顔中から汗を滲ませている。その館脇さんの右の、二の腕から先が失われて切断部位には包帯が幾重にも巻かれ、それでも血を滲ませている。

「どうしてだぁ? こっちの指示を聞かないで身勝手な行動をして殺されかけてるてめぇを助けに行った結果だよ! あの怪物に右腕を掴まれて完全に握り潰されたのをお前の剣で斬り落として左手一本でお前を抱えて、凄い速さで逃げてきてくれたんだぞっ! 泣いて土下座して感謝しやがれ」

 あの状況から俺を回収したのか? …………そうか、剣、別に紋様の効果が現れるのは俺だけに限ったモノじゃない。剣を持ったなら館脇さんにも効果が現れてもおかしくない。それで、俺は今ものうのうと生きているのか…………他人の犠牲の上に生きている。酷い気分の悪さだ、吐き気が腹の中で渦巻き気持ち悪い……なんで俺はこんな事ばかり繰り返す? なんで放って置いてくれなかった? こんな事をされても俺は何も返せない、無力な俺には何も報いる事が出来ない。

「そんな顔をせんでください。俺は自分のすべき事を、国や国民を護るという誇りある仕事を全うしただけです。この負傷にも悔いはありません、だから如月さんも気に――」

『きゃぁぁぁあああああああああああああああっ!?』

 っ!? なにが――建物の陰に中学生くらいの少年と少女数人が居る。

「おいおいおい、なんでこんな所にガキが居るんだよ。この時間ならまだ学校に居て普通に避難出来てるはずだろうがっ!?」

「行かないと――」

「ふざけんなっ! また身勝手な行動をして周りに迷惑を掛ける気か!? 今別の隊が向かっているから――」

 それじゃ間に合わないんだよっ! もうデミウルゴスが手を伸ばし始めている。それに湧き出した魔物に囲まれつつあるから逃げ出す事も叶わない。行くしか、ないんだ!

「おいっ、チッ、クソッ――援護射撃! なんでもいいから怪物を止めるんだ!」

 転がされていた剣を掴んで荷台から飛び出して、デミウルゴスに向かって走り出したけど、骨が軋む、筋肉が悲鳴を上げている。身体がバラバラになってしまいそうな痛みが全身を襲う、もう動くな、さっさと逃げてしまえどうせ何も出来はしないと弱気の声が聞こえる。煩い! 黙ってろ、また目の前で誰かが死に逝くのを無視して逃げるのは絶対に嫌だ。

「止めろぉおおおおおおおっ!」

 伸ばされた腕を目掛けて飛び掛かりながら回転して斬り付ける。効きはしない、それは分かってる、一瞬止まればいい。その間に短剣を抜いてデミウルゴスの目に向かって投げつける。弾き落された、それでもどうにか奴と中学生との間には入れた。

「おい、どうにかこいつは俺が止めておくから自衛隊の所まで走って――」

「無理だってっ! 俺たち足が震えて上手く立てないんだ。あんな場所までなんて走れない」

「ちょっと! お兄さん後ろ!」

「がっ!?」

 またこれかよ。今回はオークにぶつかったおかげで頭は打ってないらしく気絶はなさそうだけど、ああ、関節がギリギリと錆び付いたかのように動きが悪い。どうにか立てても中学生たちの所へ駆け寄る事すらままならない。っ!? 銃弾が頬を掠めていった。黒い人間は模倣された自衛隊か、なんでもありかよ。

『ニンゲンノ子供ト女、喰ウ』

 動け、動けぇえ! 壊れてもいい、あんなものは二度と繰り返したくない!

『オ前、ナニ? ナンデ化ケ物ガニンゲン守ル? ニンゲンハ喰イ物、子供ト女ノ肉ハ柔ラカクテ美味イ……ダカラ、ソイツラ喰ウ』

「人間喰いたきゃ模倣したのでも喰ってればいいだろうがっ!」

『模倣シタノハ不味イ、ソイツラヲ喰ゥウウウ!』

「やらせるかぁぁぁああああああああああーっ!」

 叫んだのと同時に雷のような轟音が響き渡り、閃光が迸り、こちらへ伸ばされかけていたデミウルゴスの手が止まった。

『!?』

「っ!? ふふ、くっくっくふふふ、やっとか……やっとだ、やっと戻った。おせぇんだよ、どれだけ愚図なんだよ俺は…………まぁ、いいか。これで終わらせる」

 何かあった時の為に、能力がいつ戻ってもすぐにそれを利用した攻撃が出来るように、ミスリル玉は常に持っていた。これで終わりだ…………終わらせられなかったらもう俺には何も出来はしない、だから絶対にこれで終わらせる。出し惜しみは一切無しだ、全力、この一発ですべて出し切る。

『オ前、ナニ?』

「お前はそればっかりだなデミウルゴス、教えてやっただろうが、俺は人間だよ。お前が弱いと、喰い物だと馬鹿にした人間だ。そしてお前を殺す者だ」

 剣をデミウルゴスの胴体へ向けて構える。久しぶりだけど自分の中に力が満ちてるこの感覚は覚えている、力の制御も出来ている、大丈夫だ。間違いなく全力を出せる。

『ニンゲンニハ、オデ殺セナイ、オ前煩イカラ殺ス!』

「残念、死ぬのはお前だよ――貫けぇぇええええええええええっ!」

 俺に向けられた拳が振り抜かれる前に、先程とは比べ物にならない轟音と閃光が放たれた。マジかよ…………クラーケンの時なんかよりも凄い音と光だった。力が増している?

『オデ……ナニ? 血?』

 俺に向かって振り抜こうとしていた左腕が関節の辺りまで裂け、腹に人間の頭程の風穴が開いているくせに喋って動いている。とことん怪物だな……それでも、もうこれで終わりだ。

 一気に距離を詰めて跳び上がり、剣を風穴に刺し込みそのまま斬り上げて、デミウルゴスの上半身を真っ二つに裂いた。内側からならびっくりする程あっさり斬り裂けるんだな……辺り一面に血の雨が降り注ぎ、黒い魔物と模倣された自衛隊員たちが消滅していく。

「どうにか、って感じ、か? 被害出しまく、りで勝利とは程、遠……い…………な…………」

 立っていられなくて、血の海に倒れこんだ。これで少しくらいは館脇さんの行動に報いる事が出来ただろうか? 少なくともまた子供を見殺しにするなんて事は回避できた。ダメ人間にしては上出来か…………?

「――!」

 駆け寄ってきた自衛隊の人が何か言ってる。よく聞こえないけど、どうにか生きてるから大丈夫ですって…………あれ? あっちも聞こえてないのか? ……違うか、声、出てないんだ。まぁ、いいか、一応終わった。これで死のうが気絶しようが問題、な……い…………。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る