禁止です

 夏の山歩きは地獄だ。風が抜けないから蒸し暑いし、虫も多い。その上――。

「またか…………」

 蛇も多い、これで七度目だ。見つけたそばから両手の剣で遠くへ飛ばすか頭を斬り落とす。

「ああっ! 勿体ない、今の蝮だぞ。捕まえたら蝮酒が作れたのに」

 俺はそれが嫌いだ。小さい頃にじいちゃんが飲む酒の瓶に蛇が入っているのを見た時は家から逃げ出したほどだ。

「蛇取りに来たんじゃないでしょう? 死骸を見つけた場所はまだなんですか?」

 暑さ、虫、蛇でうんざりしてくる。さっさと済ませて帰りたい、訓練が途中だったし、そのせいでフィオが不機嫌だし。

「もう少しで着くよ。それにしても嫁さん二人を連れて来て良かったのか?」

「二人とも俺より強いですから、あと嫁じゃないです」

「そうだぞ、まだ結婚してないんだから、結婚式には俺たちも是非呼んでくれよ。国際結婚なんて珍しいからなぁ」

「国際じゃなくて界際じゃねぇのか?」

「ははっ、そうかもな」

 結婚してないとか以前にそういう関係ですらない。

「ニュースでお嬢さん二人も化け物を倒してたから大丈夫なんだろ?」

「儂はそのニュース見てないからなぁ。こんな可愛らしい子がそんな事出来るってのは信じられん」

 見てない方がいいだろ、規制されちゃう程の惨状だったわけだし、俺は慣れちゃったけど……また蛇。

「ありゃぁ凄かったぞ、航君なんて化け物の返り血で真っ赤になってたしなぁ。でもそのおかげで死傷者が出なかったらしいんだが」

 この話題が続くのは嫌だなぁ――ん? なんか変な臭いがする。残飯というか、腐った何かみたいな嫌な臭いだ。向かっている先から臭って来るような気がして足を止めた。

「臭い」

「何か変な気配もするわね」

「こりゃまたやられたかもしれんな、前に見つけた時もこんな感じの腐臭がしてたからな」

 気配と言われても俺には分からない、こういうのも慣れで探れるようになるんだろうか?

「気配がするって、近いのか?」

「ん~、はっきりしないから説明がし辛いのよねぇ。殺気とかそういうのとも違う感じなんだけど…………フィオは何か感じない?」

「…………分からない」

 殺気、敵意には敏感に反応しそうなフィオが分からないのに、ティナは何か感じてるのか、エルフ特有の感覚とか?


「ああ~、こりゃ酷いな。群れごとやられたな」

 臭いの元に辿り着いたら、鹿の死骸がいくつも転がっていた。バラバラに解体されているから何頭死んでいるのかはよく分からないが、辺りは血と内臓なんかが飛び散っていて赤く染まっている。この殺され方を見れば明らかに危険な何かが居るのは分かるが――。

「ティナ、気配は?」

「まだあるわ、それにしても変な感じ……知っている感覚の様な気もするんだけど…………はっきりしないせいで気持ち悪いわ」

「んでフィオは分からないんだよな?」

「ん…………」

 自分は何も感じないのにティナが何かあると言っているからか、フィオが考え込んでいる。気配を探れない俺としては魔物探しはフィオとティナ頼りだからなぁ。二人に分からないのならどうしようもない…………情けないな、俺って出来る事ないじゃん。

「俺らも猟で撃って殺すけどなぁ、害獣って扱いになっててもこれは流石に心が痛むなぁ。腐敗し始めてるからやられたのは一昨日辺りか?」

 俺もトラウマを思い出して嫌な気分だ。二日前にやられたのにまだここに気配があるのか? 移動してない? 辺りを見回して隠れられる場所がないかと探してみるがそれらしいものは見つからないし気配も分からない。変な音がするって事もないし、もしそんなのがあればフィオが気付く。

「う~ん、この辺りかしら?」

「うおぉ!? なんだこりゃ!? 何もない場所に裂け目が!?」

 ティナが首を傾げながら自分の正面の空間を切り裂いた。どこかに跳ぶのか?

「何か見つけたのか?」

「ハズレね。見つけたというか、私が感じてる変な気配って空間跳躍をする時の感覚に似てるのよ。だからもしかしたら私と同じ様な事が出来て、裂け目の中に留まってたりするんじゃないかと思ったの」

 なるほど、それならティナだけが感じ取れるってのは納得だな。でもそれだと探せるのは完全にティナだけになる。

「気配はまだここにあるのか?」

「たぶん、そんなに離れた場所ではないと思うんだけど、はっきりしないのよ。不快だわ…………とりあえず切りまくろうかしら?」

 怖っ! って本当に切り始めた!? 至る所に裂け目が出来ていく…………おっさん達は驚き過ぎて棒立ちになっている。凄いなぁ、裂け目がそこら中にある変な景色が出来上がっていく――っ!?

「居たっ! ティナここだ!」

『ギャッギャッ!?』

 ティナが切り裂いて作った裂け目の一つの中に小型の、俺の腰辺りくらいまでしか身長がないから一メートルくらいの、緑の肌のオーガに似た物が三匹居た。自分たちが発見された事で狂乱して裂け目から飛び出して、反り返った刃をした剣で斬り付けてきた。

「遅いんだよっ」

 フィオとの訓練のおかげで、フィオの動きの速さが基準になり始めていたから、ゴブリンの動きが酷く遅いものに感じられて、ゴブリンの剣を簡単に躱せて、斬り付けてきた一体を真っ二つに斬り裂いた。

『ギィ、ギィ!』

 仲間があっさり斬られた事に動揺したのか、すぐに目的を攻撃から逃亡へ切り替えた。でも残念、そっちには銀色の死神しかいないぞ? 空間を切って逃げないって事は俺が斬った奴が能力持ちだったんだろう。

「遅い、これならケイサツでも殺せる」

 あっという間に残り二体の首が飛んだ。

「これで終わり、だよな?」

 ゴブリンの剣が血で汚れてたし、鹿と猪殺しの犯人は今殺したゴブリン達で間違いないはず。

「終わりね。変な気配も無くなったもの、これで動物が狩られる事は無くなるはずよ。それにしても、エルフの中にも私と同じ能力を持った者は今は居ないのに、ゴブリンがそれを持ってるなんて……なんか複雑」

 あぁ~、確かに、ゴブなんかと同じ能力ってのはショックかもしれない。それもレアな能力がゴブと同じ…………。

「終わりましたよ~? 大丈夫ですか?」

 現実離れしたものを見たせいか、おっさん達が固まって微動だにしない。大丈夫なのかこれ?

 暫く動かなくなったおっさん達の意識が戻って来るのを待ってから山を下りた。


「いやー、凄かった。航君は化け物を真っ二つにするし、銀髪のお嬢さんは化け物二匹の首を一瞬で飛ばすわ、お姫様は何もない場所に裂け目を作って化け物を見つけ出すし! 生きてる間にあんなものを見るとは思いもしなかった」

 山を下りた後に警察に報告してさっさと帰ろうと思ったら、おっさん達に捕まって集会所へ連れて行かれて宴会になってしまった。さっさと帰って訓練を再開するか、携帯を買いに行きたかったのに…………連絡用に渡された物はあるけど、自分のじゃないしスマホじゃないから使い辛い。

「あんな化け物が居る世界が存在してるってのも驚きだよなぁ」

「まぁそれも狩ってもらったし、安心して生活できるな。ほらほら、二人とも飲んだ飲んだ」

 酒が入ってすっかり赤い顔をしたおっさんがティナと俺に酒を勧めてくる。

「いや、俺は酒苦手なんで」

「そりゃいかん、付き合いで飲む事もあるんだから飲めないのは良くない。よし! 儂らが特訓してやろう。今日はとことん飲むぞー!」

『おおー!』

 嫌な流れになってきた。どうにかして退散したい、フィオの機嫌もどんどん悪くなってる気がするし、酒を飲む気もない。

「ってティナ、飲んじゃ駄目だったんじゃ?」

 勧められて渡されたジョッキをティナが呷っていた。中身透明だったぞ? 焼酎をジョッキ?

「えへへ~、いいじゃな~い。これくらい飲んだ内に入らないわよ~」

 いや、なんかもう酔ってる気がするんだけど…………逃げたい、王様が国民に迷惑が掛かるからって禁止する程なんだろ? 怖いんですけど――。

「アハハハハハハ、短小! 短小だわっ! アッハハハハ、こっちも~、ふふふふふ~いい年をした男が情けないわねぇ~。こっちは被ってるわ! アハハハハハハッ、こっちのなんて子供より小さいんじゃないの~?」

 何してんだお前は!? おっさん達のズボンをずり下ろして、ものを酷評し始めて高笑いしている。これが飲酒禁止の原因か? 周囲全体というより男性に心の傷的なものを負わせていってる。涙目のおっさんも居るし!?

「ティナ止めろ! もう帰るぞ!」

「やぁ~よ、久しぶりに飲んだんだからもっと飲むのぉ~」

「アホか、これ以上は飲ませんぞ。もう帰るんだ!」

「…………初夜ねっ! 帰って私の初めてを奪う気なんでしょぉ~? ワタルのスケベぇ~、でもあげちゃう~」

 違うわ! 標的を今度は俺に変えて抱き付いてきた。誰かこの残念姫をどうにかしてくれ! ってそうだ!

「フィオ、手伝ってくれ! ティナを引き摺ってでも連れて帰るんだ。これ以上飲ませられない」

「…………面倒」

 もう帰るって言ってるのに、何が気に入らないのかプイッっと顔を背けられた。なんでそんなに機嫌が悪いんだよ……もしかしてフィオも飲んでるのか?

「ワタルのも、もう一度確認~」

「ちょ、止めろ! フィオ! どうにかしてくれこの酔っぱらい残念姫」

「…………はぁ~」

「甘いわよフィオ~、しょのくらい簡単に止められるんだから」

 俺のズボンを下ろそうとしていたティナの後ろに回り込んでフィオが手刀を放ったのをティナが腕を掴んで止めた。今、更にフィオの機嫌が悪くなった気がした。

「ふふふふふふ~、フォオを倒してワタルを独占するのもいいわねぇ~」

「止めろ馬鹿、剣使うとか冗談じゃ済まんだろうが! ってフィオも駄目だぞ、ナイフを掴むな!」

「うっ!?」

 ティナを止める為に羽交い締めにしていたら、フィオがティナの腹に一撃打ち込んだ。ティナの身体から力が抜けて動かなくなった。気絶したか? やむを得なかったとはいえ、姫に打ち込んじゃったよ…………。

「そういう訳で俺たちは帰りますんで、お邪魔しました~」

 ティナを背負って逃げる様にして家に帰った。


 やっと家に帰って来た。

 酷い目に遭った。いや、本当に酷い目に遭ったのはあの場に居た男性陣なんだけど、帰り際に見たおっさん達は全員泣いてたし、これって確実に変な噂が流れるだろ。年配の人が多かったとはいえ、ネットを使う人が居たら、ネットで一気に拡散とか…………酔うと周囲の男性のあれをチェックする姫……最低だ。

 国民に迷惑が掛かるから飲酒禁止になってたんだから、さっきのあれを国民にやった事があるって事だよな? ひでぇ話だな、姫様が民のズボン下ろして酷評して回るのか…………酷い絵面だ。身体能力と持ってる能力も相俟って取り押さえるのも一苦労だったろうな。もう絶対に飲ませたくない、飲んでたら黙ってその場を立ち去りたい。立ち去りたいが、この世界でティナに関わりがあるのは俺とフィオだけ、責任が確実に俺に向きそうだ……今後ティナの飲酒は絶対阻止。

 ティナを客間に寝かせて、風呂なんかを済ませてようやく寝れる状態、なんか魔物討伐よりその後の宴会の方が疲れた。精神的にかなり――。

「上がったのか、今後も一人で入れるようにしろよ」

 帰ってからも不機嫌なままのフィオが仏間に入って来た。一緒に寝るのが普通になってきちゃってるなぁ、でも客間に行けって言っても今日は無理だろうな。集会所でティナにイラついてた様に見えたし。

「気が向いたら」

 気を向けろよ……年頃の女の子が男が入ってる風呂に入ってくるのはかなりおかしいから。

「どこ行くの? ティナの所?」

「トイレだよっ、ト、イ、レ!」

 すんごい睨まれた。今朝まで同じ布団で寝てたのになんで急にそんな感じ? それなりに仲良くしてただろ?


「はぁ~――って付いてきたのか?」

 トイレを出たら仏頂面のフィオが居た。

「私もトイレ」

 疑われて付いて来られたのかと思った――。

「ふぇぁぁぁああああああああっ!?」

 っ!? なっ、なんだ!? トイレから悲鳴? トイレからって事はフィオ? フィオが悲鳴? なんでトイレで? 頭の中がはてなで埋め尽くされていく。

「おい、どうした? なにが――ってお前パンツ穿けっ」

 パジャマのズボンとパンツを下ろした状態のフィオが出て来て抱き付いてきた。何してんだお前は!?

「と、トイレにお尻を攻撃された…………」

「は?」

 何言ってんだこいつは――って、ウォシュレットの温水が噴き出て天井に当たってる…………あぁ~、そういえばポットンから水洗に変えた時にじいちゃんが面白がって普通のより強力なのを付けてもらったとか言ってたな。俺は使わないから知らんかった……なんだよ激強と超強って、普通は強までじゃないのか? 強でも凄そうなのに激と超が付いちゃってるよ。超強……調教…………って、別の漢字を当てて遊んでる場合じゃない。

「というかなんでウォシュレットなんか使ったんだ? 俺は使い方の説明してなかったよな?」

「手が当たったら攻撃してきた…………」

 攻撃ではないんだけどな。まぁこの威力だと攻撃にもなるか……肛撃だな。フィオ涙目になってるし、それだけびっくりしたって事か。それにしても――。

「お前『ふぇぁぁぁああああああっ』って言ってたぞ? フィオでもあんな声出すんだな」

「っ! い、言ってないっ! 全然言ってないっ」

「はいはい、とりあえず濡れた服着替えてこい。俺はこれ止めとくから」

「言ってないからっ!」

 脱衣所に行ってすっぽんぽんの状態で部屋に走って行った。確実に言ってたけどな、かなりレアなものを聞いてしまった。このウォシュレットは禁止だな…………ティナがどんな反応をするのか少し試してみたくもあるが…………いやいや、禁止だ禁止! 変な好奇心に流されるな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る