疑われるもの

 人骨を持っていたという事もあって、刑事課に連れて行かれて警官が俺の話した事を刑事課長って人に必死になって話したが、聞いていた他の職員が大爆笑。何をそんな馬鹿話を真に受けてコスプレした奴らを連れて来てるんだ、と警官を叱る者も居た。

 見た、ありのままを話したのに、笑われ、叱られた事に憤りを感じたんだろう。急き立てる様に俺たちと刑事課長と数人の職員を外に連れ出して、さっきやった事の再現を求めて来た。

 警察署の前の歩道でさっきと同じ事をしたら、またも大騒ぎになって刑事課長たちも言葉を失っていた。

「中で話を聞こう」

 刑事課長が真面目な顔をしてそう言った。


 交番でした話を一からもう一度して、証言を信じてもらうのに使えそうな物、ミスリル玉、魔物の血の付いたマント、遺骨の入った骨壺、鈴木真紀の付けていた血の付いた名札を提出して、フィオと姫様の口腔粘膜細胞の採取、この世界の生き物じゃないという確認の為にもさの血液採取も行われた。訳の解からない事をされるわけだからもさが酷く暴れて捕まえるのにかなり苦労した。血液採取の様子を見ていたフィオの機嫌も頗る悪くなった。


 鈴木真紀の事は誘拐事件として捜査されていて、被害者の名札と人骨を持って現れた事もあって俺は被疑者扱いになって取り調べを受ける事になった。

 結構大きな事件として扱われていたのに何も情報が掴めていなかったという事もあって、犯人候補が現れた事で刑事たちの態度が高圧的になって、俺への態度や扱いが粗雑になったのに反応してフィオが刑事を一人投げ飛ばして大騒ぎになった。

 異世界人だからこの世界のルールがまだ分かってないんだ、と何度も謝ってどうにか投げ飛ばした件は不問にしてもらったが、提出した物の検査結果次第では公務執行妨害にあたると言われてしまった。


「それで、もう一度聞くけど、君はその異世界で被害者、鈴木真紀ちゃんが奴隷商に連れて行かれるのを見つけて、一旦はその場を離れたけど後になって気になって戻ってみたら被害者が殺害されていたと?」

「はい」

 仕事なんだから仕方ないんだろうけど、この話を何回もさせられるのは気分が悪い、少女の両親が迎えに来た時も同じ、もしくはもっと詳しく、報復の事も話さないといけないだろうし…………やるべき事とはいえ、気が重い。

「なんで見つけた時に助けなかったの? 君もさっき電気を出す超能力を使って見せたよね? そんな力があったら女の子一人助けるくらい簡単に出来るんじゃないかい?」

 だからさっき話したじゃないか、その時はまだ覚醒者じゃなかったんだ。腕だって折れてたし…………でも何もせずに逃げてしまった事実、それが俺の表情を硬くしてたんだろう。様子がおかしい、こいつがやったんじゃないか? 刑事たちからそういう態度を感じた。

「さっきも言いましたけど、その時はまだ能力を持ってませんでしたし、左腕も折れてたんです。それに俺は元々引きこもってて体力が他の人より低かったですし、あっちの世界の人は普通の人間もこの世界の人間より多少身体能力が高いそうですから…………何かしたくても……出来なかったんです」


 出来なかった、本当にそうか? そんな考えが燻る。

「本当にそうかな? 君は~、如月航君だったね。調べてみたら君にも捜索願が出てたよ」

「え? …………俺には家族も親戚も居ませんよ? 誰が出したんですか?」

「君の住んでた借家の大家さんが出したみたいだね。それで多少君の事を調べた資料を君の住んでた県の警察から送ってもらったんだけど、君精神科に通ってたんだね。暫く病院に行ってお薬貰ってなかったから、調子がおかしくなって異世界に行ったとか言ってるんじゃないのかな? そのおかしくなってる間に鈴木真紀ちゃんを見つけて殺しちゃったから、異世界に行っててそこで死んだなんて言ってるんじゃないの?」

 なんだよそれ…………逃げた事は罪に思ってる、でもこんな……精神科に通ってたってだけでそんな無茶苦茶な嫌疑を掛けられるのか? うつ病だぞ? それと対人恐怖症、幻覚を起こす様な状態なんかじゃなかった。そんな人間が外をふらふら出歩いて女の子を攫って殺した? 有り得ない。


「俺は殺してません!」

「分かってる、分かってる。君の中ではそうなってるんだよね? でもよく思い出してみて欲しいんだ。通学中の鈴木真紀ちゃんに出会わなかった? そこで彼女を見てちょっと、ほんのちょっと話をしてみたいなぁ~とか思ったりしなかった?」

 …………なんで? この世界ではあり得ないものを散散見せたじゃないか、なんで異常者が犯罪を起こしたみたいに言われないといけないんだよ…………逃げた、逃げたよ? それは俺の罪だしずっと苦しく俺に纏わり付いてる。でもこんな風に疑われないといけない様なものなのか? 俺はただ贖いとしてあの娘を家族の元に帰したかっただけなのに…………。

「どうかな? 何か思い出さない?」

 年配の、定年間近みたいな叩き上げっぽい刑事が嫌な笑みを浮かべてる。

 なんだよこれ? こんな無茶苦茶を吹っ掛けるのは昭和とかドラマの中だけじゃないのか? 精神科に通ってたってだけでこんな扱いなのか? 医者に俺がどんな状態だったか聞いて来いよ! 確かに俺の住んでた県では大きくて精神科として有名な所へ通ってたよ、待合で急に喚き出す様な異常な状態の人だって居た。

 でも俺は、状態は良くないけど、自分の事が自分で出来なかったり幻覚を起こす様な重度ではないって先生には言われてたぞ? 待合が重度、軽度が一緒だから一度心配になって自分も異常なのか? って聞いた事があったけど。そんな事はないよ、色々手間が掛かるから一緒にしちゃってるけど別けた方が患者さんも看護師も楽なんだけどね、って笑ってた。

「俺じゃ、ない…………」

 意味が分からない、なんなんだよこれは!? 帰ってきたのに、なんでこの世界までこんな嫌な扱いを受けるんだ! 引きこもってた、心が苦しくって何もして来なかった、でもこんな一方的なの…………。


「ん~、困ったねぇ。君と一緒に居た女の子二人は遺骨の事を知らなかったって言ってたし、もし本当に異世界が在って、そこに行っていたんだとして、本当に殺してないのなら、事情を話してもっと帰る為の努力をしていてもいいと思うんだけどなぁ?」

「それは…………」

「それは?」

 怖かった。自分が女の子を見殺しにした事を知られるのが、リオもフィオも俺に普通に接してくれたから余計に…………。

「君は自分で警察に来たし、自首なら少しは減軽されるんだよ? 頑張ってここまで来たんだからちゃんと話したらどう?」

 なんで……信じてくれない? 俺は――。

「っ!?」

「なっ!? 何が起こった!?」

 ガラスの割れる酷い音と共に壁がぶっ壊れた。ナハトを斬ろうとした時の様な表情をしたフィオがこちらに右脚を突き出していた。壊したのか…………?

「ワタルは殺したりしない」

 聞いた事のない、低く、唸る様な声でフィオがそう言った。

「そうね、魔物が溢れ出しそうな状況なのにそれを引き起こしてる人間を生かしたまま捕まえるなんて言う子が、小さい女の子を殺すなんてありえないわね。さっきこの人間に言ったけど、アドラはヴァーンシアで一番の奴隷制がある国よ。異界者やエルフに獣人、同じ世界の他国の人間、果ては自国の民すら奴隷にする。そういう国に放り出されてしまったのなら、そういう悲劇が起こっても不思議はないわ。分かったらすぐにワタルを解放しなさい! 何かを見ていてこんなに不快になったのは久しぶりよ」

 姫様も怒ってくれてる。俺の味方をしてくれる人が居る…………。


「あのねぇ、これは必要な――」

「黙りなさい! こことは違う世界があるのは証明して見せたでしょう? あなたの言葉は異世界を否定して、ワタルを疑う、いえ、犯人扱いするものばかりじゃない! …………アドラのおかげで私人間は嫌いなの、でもワタルとフィオは特別。幼馴染の大事な友人ですから、でもそれ以外はどうでもいいわ。これ以上私の大事な人を侮辱するのなら私と戦争をする覚悟を決め――」

「私も戦う」

「そうだったわね、私たちと戦争をする覚悟を決めなさい。この建物に居る人間くらい簡単に斬り伏せるわよ?」

 二人が言ってくれた言葉は嬉しいものだけど、戦争は勘弁してください! まだ両親の元へ帰せてないし、優夜たちの家族にも一応生存している事を伝えないといけないんだから。

「落ち着きなさ――いえ、落ち着いてくださいお姫様、調書を取っていた者の態度が悪かった事は謝罪します。ですから剣を納めてください、でなければこちらも相応の対応をしなければいけなくなります」

「人間風情が大層な口を利くじゃない、それは私たちを脅しているのかしら? あまり馬鹿にしていると相応の報いを受けるわよ?」

 ヤバい、姫様もフィオもなんかスイッチ入ってる!?


「それはそちらだと思いますよ? 今までの発言は恐喝罪にあたりますから逮捕する事も出来るのですよ」

 刑事たちも警戒を露わにしてるし……でもこの人たち分かってない、さっき姫様が言った事は例え話じゃない。二人なら本当に遣って退けるぞ! 拳銃があるだろうけど、動体視力もいいから弾を斬るか躱すかを簡単にやりそうだし。

「そう、なら――」

「姫様、姫様! 落ち着いて、提出した物の検査の結果が出たら信じてもらえますし、フィオと姫様が怒ってくれて嬉しかったですから、もうここまでで止めてください。あの娘をちゃんと両親の元へ帰すのが俺の目的ですから、ちゃんと話して信じてもらわないと、暴れたら信じてもらえなくなります」

「…………」

 うわぁ~すっごい不機嫌だ。

「あ~、後で姫様の言う事もなんでも聞きますから、だから剣を納めて大人しく従ってください」

「…………本当ね?」

 怒ってたくせに今度はニヤけてる…………何言われるんだろう?

「俺の出来る範囲でお願いします」

「ええ! それじゃあ約束よ。破ったら空間の裂け目の中に置き去りにするから」

 怖っ! あの場所って確か姫様しか出入り出来ないんだから、永遠の牢獄じゃないか!? まぁ、頑張ろう、剣を納めてくれたし。


「んっん! 如月君、失礼な態度をお詫びする。彼はお孫さんを誘拐されて殺害された事があってね、こういう事件の取り調べでは度が過ぎてしまう事があるんだ。高野、君も謝罪を」

 そんなのを俺に割り当てるなよ……リオ達のおかげでマシになってたのに対人恐怖症が再発するわ!

「…………すみませんでした」

 渋々って感じが丸分かりだ。表情も俺を睨みつけてる、俺が何をした? 寧ろ何もしなかった事で苦しんでるのに。

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