他とは違う人

 隠れ家に戻ると入り口が塞がれていた。まだ戻ってないの? …………違う、壁の中から少しだけど女の声がする。私たちを無視して入り口を塞いだんだ。

「なんだ、入り口が閉じてるって事はヴァイス達はまだ戻ってないのか」

「違う、居る」

「居る、ってなんでそんなの――」

「ふっ!」

 いつも入り口にしてる辺りに回し蹴りを当てると亀裂が入って壁が崩れた。

「開いた」

「開いたんじゃなくて無理やり開けたんじゃないか…………」

 入れればどっちでもいいと思う。


「なんだお前ら戻ったのか、町から消えたから逃げ出したんだと思ってたぜ」

「異界者を見つけた」

「へぇ、二匹も居たのか――と思ったらこっちの女はヴァーンシアの人間か、だが良い土産だ。異界者はいつも通り適当な部屋に転がしておけ。お前はこっちに来て酌をしろ」

「嫌っ! 放して!」

「ここに来た以上生きたまま出られる事はないんだから大人しく従え、それとも痛いのが好みか?」

 ヴァイスの言葉で女は黙り込んで連れて行かれた。

「やっぱりヴァイスに食われるか、後で輪姦まわしてくれればいいが…………」

 ダージを無視して使ってない部屋に異界者を連れて行く。奪って来た物を置いておいたり、攫って来た女を入れておくために部屋数は多めにある。部屋と言ってもただの洞窟だけど…………。


 異界者を寝かせてなんとなく眺める。なんでこの異界者はあんな行動をしたの? 聞きたくても気絶してるから確かめられないし…………。

「暇」

 異界者のお腹に座り込んでぺたぺたと頬を触ってみる。結構柔らかい、面白いかもしれない。

「重い……」

 暫くの間、撫でたり突いたりしてたら異界者が声を出した。やっと起きた、随分長い間気絶してた、異界者は弱いんだから気を付けないといけない。私が手加減を忘れたら殺してしまう。

 異界者が目を開けてこっちを見た。

「なにしてる?」

「座ってる。ここには他に座れるものがないから」

 頬を触るのにも丁度良かったから。

 異界者は困った顔をした後、身体を動かして起き上がろうとしたけど手首を縛ってるから起き上がれずに諦めた。今度は不安そうな顔になった、表情がよく変わる、面白い。


「お前はここでなにしてるんだ? というか、降りろ、重い」

 またチビとかガキって馬鹿にされてる気がした。手加減しても殴ったら壊れるかもしれないし、どうしよう? …………思いつかなかったから頬を抓る事にした。

「ん、チビじゃない、子供でもない、十八歳」

 私がそう言うと異界者が酷く驚いた顔をした。なんだかむかむかする、本当の事なのに――信じてないから抓ってる指に少しだけ力を入れる。

「いふぁい! いふぁい! いふぁい!」

「十八歳」

 ちゃんと信じるように目を見てもう一度自分の年を言った。

「わふぁった! わふぁった! わふぁったふぁら! はなふぇ!」

 …………信じた? よく分からない、でも分かったって言った。

「次は加減しない」

 何度もむかむかするのは嫌だから警告しておく。

「それで、お前はここでなにしてるんだよ?」

「見張りと勧誘?」

 どっちも今思いついた。見張りなんてしなくてもここから逃げられるはずないし、勧誘は……この異界者が一緒に居たら少し退屈が変わるかもしれない。

「勧誘って、仲間になれってやつのことか? 俺なんか入れてもお前らに得なんてないだろ。俺は――」

「……ん?」

 なに? 急に言葉に詰まって黙った。この表情は……脅えてる? …………やっぱり変な異界者でも私は恐いんだ。


「得はある。覚醒者」

「俺は覚醒者なんかじゃない、ただの異界者だ。お前らの期待するような力は持ってない」

 そんな事は知ってる、カイルと戦ってる時も何の能力も見せなかったから、それでも暫くは置いておいて覚醒者に成るか様子を見る決まり、それに恐がられてもこの変な異界者を見てるのは面白いから私も居て欲しいと思ってるのかもしれない。自分の気持ちだけどよく分からない、何かに興味が湧いたのは初めて。

「知ってる、成るのを待つ」

 今度は凄く不思議そうな顔になった。本当によく変わる。

「成るのを待つって、待てば成れるものなのか? それとも異界者を覚醒者にする方法でも知っているのか?」

 覚醒者にする方法なんてあったらヴァイス達が試してるはずだし、軍も身体能力の高い混ざり者より覚醒者に成れる方を優先して作ってる。

「知らない。待つだけ、待っても成らない人もいるけど」

「待っても成れなかったらどうするんだ?」

「処分」

 処分…………私の退屈が変わるかもしれないのに……処分は困るかもしれない。


「なんで覚醒者に拘るんだ? お前たちは充分強いだろ、覚醒者なんて要らないんじゃないか?」

 確かに私には必要ない、食べ物と寝る場所があれば生きていけるし。でもヴァイス達は軍の討伐隊を恐がってる。言葉にはしないけど、いつまでも覚醒者に成らない異界者にイラついたり、異界者を殺した後は荒れる。

「便利だから、ここも覚醒者が作ったし」

 私にとっては覚醒者はこの程度のもの、便利だけど居なくても困らない。

「そいつは穴掘り能力でも持ってんの?」

「土とか岩を操ってる。この洞窟の隠れ家は全部ツチヤが能力で作った」

「そのツチヤってやつは俺と同じ日本人?」

「ニホンジンってなに?」

 ツチヤと、他の異界者もそんな事を言ってた気がするけど、言葉の意味を確かめた事なんて無い。一緒に居ると不快なのが分かったらすぐに避けてた。

「あー、えーっと、俺と同じで黒髪黒目でこんな感じの肌の色やつ? あっ! そいつのフルネーム教えてくれ」

 黒髪黒目なんて異界者は全部そう…………フルネーム、名前……よく覚えてない。

「あなたと同じで黒髪黒目、でも肌はあなたのが白い。名前は……ツチヤリョウスケ?」

 ? 異界者の機嫌が悪くなった? 怒った表情に似てる気がするけど、ツチヤの後の部分を適当に言ったのがバレたの?

「他の異界者も同じ感じなのか?」

 気にしてないの?

「今は異界者はツチヤだけ」

 今度は何かを考え込んでる。


「そういえば、お前たちはなんでそんなに身体能力が高いんだ? この世界にはそういう人種がいるのか? お前なんか特に凄かったように見えたし」

 恐がってたし、この異界者も私を化け物と思ってるの? ……なんか、嫌だ。

「私たちは異界者とヴァーンシアの混血。混血者はみんな目が紅いのが特徴、それから父親が異界者なら身体能力が高くなって、母親が異界者なら覚醒者に成る可能性がある。なんでそうなるのかは知らない」

 軍で聞いた事を思い出しながら説明する。覚醒者に成る側の混ざり者だったら同じだし、化け物って思われなかった?

「お前たちの親は?」

 親? なんでそんな事を聞くの? 親なんて知らない、たぶん混ざり者全員が知らない、気が付いたら施設に居て殺し合いをしてたんだから。

「知らない。私たちは軍が奴隷にした異界者の男とヴァーンシア人の女をまぐわわせて作られたから」

「作られた? 意図的に?」

 また不思議そうにしてる、異世界ではこんな事はないの? …………そういえば、異界者は最初は殺し方も知らない様な人ばかりだった。この世界とは全然違う平穏な場所なのかもしれない。

「そう、使い捨て出来る強い兵士にするために」

「それって異界者を捕まえて、そういうことをさせてるって事だよな? 俺町に入った時に捕まるどころか殺されそうになったんだけど?」

 こんな事を言うってことは、したいの? 結局この異界者も他のと同じ、一気に興味が無くなっていくのが分かる。

「大きい町なら絶対に捕えるけど、小さい町は覚醒者になって危害を与えられるのを怖がって殺そうとするところが多い」

「覚醒者の能力ってそんなに危険なものが多いの?」

 聴かれても困る、私が知ってるのは混ざり者を潰すのくらい。

「……変なのもいる、と思う」

「例えばどんな?」

 知らないのに、例えば…………。

「…………触った物の色を変える?」

「…………」

 喋らなくなった。


「あ、そうだ。この世界の人には黒い瞳の人はいないって聞いたんだけど、紅い瞳は混血者だけしかいないのか?」

「違う。普通の人間でも紅い瞳はいる」

 また喋り始めた。こんなに話すのは初めてかもしれない。

「なんで盗賊なんかやってるんだ? 容姿でバレないなら町で普通に暮らしたらいいんじゃないのか?」

「私たちは軍から脱走してるから町に居たらバレるかもしれない。それに殺し方しか習ってない。普通の暮らしは無理」

 私は特別だ、って言って多少文字も教えられたけど他の混ざり者はそれすらない。そんなのが町で暮らせるはずない。

「なんで脱走したんだ? というか強いならみんな従わないんじゃないのか?」

「小さい頃から使い捨ての道具だって教え込まされる。それでも従わなかったら覚醒者の力で潰される、ぐちゃって」

 逃げても覚醒者の力で居場所が分かって、殺せるって言われてたし、嘘だったけど…………。

「脱走したのは任務を失敗したから、戻って殺されるのは嫌だってヴァイスが部隊のみんなを連れだした」

「脱走した奴らからしたら、ヴァイスは恩人なわけか」

 恩人…………他のみんなはそうなのかもしれない。好き勝手して楽しそうにしてるから。

「さぁ? 私はどっちでもよかった。そろそろいい?」

 もう興味無いけど、暇だから言うだけ言っておこう。

「なんのことだ?」

「勧誘、仲間になるか、ならないか」

「…………」

 考え込んでる、でもいつもみたいに言えばすぐなるって言う。


「ならない!」

 ふ~ん、最初はそう言うんだ? でも――。

「ん~、仲間になったらヴァーンシアの女犯せるよ? 男は女を犯すのが楽しいんでしょう? みんな村とか襲った時いつもやってる」

 これを言ったらすぐになるって言う。今までの異界者だってそうだった。

「はぁ~、俺はならない、そんな趣味も無い」

「? …………どうして? 今までの異界者は全員これを言ったら仲間になった」

 なんで? したいんじゃなかったの?

「心を持った同じ人間に、お前たちがやってるような仕打ちを俺はしたくない」

 同じ人間? 蔑んで道具や奴隷にしようとしてくる相手が?

「変なの……ヴァイスは普通の人間と私たちは違って、混血者と特別な力が使える覚醒者の方が偉いって言ってるよ」

「まぁ、どう考えようとお前らの自由だけど、俺にそれを強制するな」

「ふ~ん」

 変、やっぱり変、無くなった興味が戻ってきた。

「あなたの世界にはそういう人が他にもいるの?」

「いるよ。中には人を傷つけて喜ぶ奴もいるだろうけど、俺のいた世界の大半の人は誰かを蔑んだり、傷つけたりはしない…………と思うなぁ」

 やっぱりこの世界とは全然違う場所なんだ。少しだけ見てみたい気もする…………この異界者が普通なのなら今までの異界者はなんだったの?

「ツチヤは?」

「えーっと……俺が変わってるのかもしれない……」

「やっぱり変なの」

 そっか、この異界者が特別なんだ…………私と同じ、他とは違う人、少し退屈が変わる予感がする。

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