第6話

屋根を伝ってとにかく逃げる。背後から甲冑共が追ってくる気配も無いので、流石にあの高さから飛び降りて追従する事は諦めたのだろう。

まあ四間の高さから甲冑のような重い物を着て飛び降りたら屋根を突き破るだろうからな。だがこの女を抱えたままでも足が埋まった程度だからそうでもないのか?まあ良いか。


それにしても身体能力が尋常ではなく向上してやがる。屋根から屋根へ跳び移る際、5m程度なら楽々跳び越せる。女を抱えたままで槍を持ったままで、だ。


そうして二つ程屋根を跳び越えた時だった。


「ウー」という警報機の様なけたたましい音が城中に響き渡る。それと共に城が揺れるほどの大量の足音に、怒りの混じった大声も聞こえてきた。

あの短躯肥満が応援でも呼んだか。目に見える窓が次々と開き、甲冑共や使用人らしき甲冑を纏わない男や女が次々と顔を出す。明らかに俺を探している。実際、何人かは俺を指差し何やら叫んでいる。


「ふん、あなた死んだわね」


「む、目覚めたか女」


「あなたが屋根から飛び降りた衝撃で目覚めたのよ。どうせ逃げられないし、下手に暴れてこんな所から落とされたら死んじゃうから大人しくしてたんだけどね」


目覚めた女は気怠げに聞いてもいないことを語り出した。しかしまあ何と言うか……


「どうした。口調が変じゃないか。いや、思えば最初から何かチグハグだった気もするが」


「多分仮契約したてだったから翻訳機能がうまく働いていなかったのよ。後は人前じゃないってのもあるかも。そんな事より早く私を解放してよ。今なら死刑は勘弁してあげるから。じゃないとすぐに特殊部隊がくるんだから」


「特殊部隊だと。何だそいつらは」


「ほら、あれよ、あれ」


抱えた女が指差した方向には、仮面を着用した黒装束の者たちが五人、音も無くこちらに走って来ていた。右手には忍者刀に似た短刀と、左手はマントの中だが恐らく何かを隠し持っている。


「進行方向にいるのに今の今まで全く気配が無かったぞ。何者だあいつらは」


「お父様が今動かせる中で一番身軽な部隊ね。主に諜報と暗殺が担当よ。いわゆる暗殺部隊ね。あ、私を盾にしても無駄よ。無駄ったら無駄なんだからやめてよね、ね」


何言ってんだこの女。

試しに女の首に槍を当ててみる。すると暗殺部隊はピタリと足を止めた。効果覿面じゃねえか。


「……おい、女。あいつらに武器を捨ててここから立ち去れと言ってみろ」


「仕様がないわね。ねえ、こいつ頭おかしいの!大人しく武器を捨てて下がって!じゃないと乱暴された挙句殺されちゃう!」


誰がそんなことするか。しかし女の言葉が効いたのか、暗殺部隊の奴らは忍者刀を地面に置きフッとその場から消えた。


「おい、女。あいつら消えたぞ」


「暗殺部隊だもの。高速離脱ぐらい訳ないわ。所で早く行かなくていいの。別の追手がすぐに来るわ」


そういうものなのか。いや、そういうものなのか?

まあ女の言う通り早くこの場から去らないとな。


しかしその前にあの忍者刀が欲しい。槍だと間合いに優れるものの逃走用にはもう少し小回りの効いた忍者刀が向いている気がする。


俺が槍を捨て暗殺部隊の置いていった忍者刀に手を掛けた瞬間だった。五本の忍者刀が一斉に強烈な光を発した。すわ、爆発かと思い女に覆い被さり地面に伏せる。


……何もない。


女を抱え直し、すっかり光の治まった忍者刀を少し蹴ってみる。特に何もない。

先程捨てた槍は転がって屋根下に落ちてしまったし、用心しつつも忍者刀を拾って再び走り出した。


「……ねえ、何で私を庇ったの。人質でしょ。盾にでもすれば良かったじゃないの」


抱えている為表情はわからないが、女の声色には少し哀愁を帯びていた。


「何を言う。人質は無事だからこそ人質なのではないか。それに日本男児は女を盾になどしない」


まあ、人質にしている時点であまり偉そうな事は言えないが。それに最初にした気もするが、本気ではなかったしな、うん、そういう事にしておこう。


「ふん、変なの。大体さっきのだって単なる目眩しよ。隙を突いてあなたを殺す算段だったはずよ」


「なるほどなぁ。しかし女よ。敵にそう易々と情報を与えるものじゃあないぞ。いや、俺としては助かるのだが」


思い返せばわざわざ暗殺部隊のことを喋ってきたり素直に通訳したりと、この女は暴れたりする訳でも無く割合献身的な態度だ。何が目的だ。


「良いのよ。さっきも言ったでしょ。どうせ逃げられないって。大体不意打ちの閃光弾を避ける事が出来るあなたをどうにか出来る人間なんて、今はこの城にいないんだもの。大人しく協力した方が生存率高いでしょうし、あなたも逃げ切れる算段着いた時点で私を逃してくれるんでしょうし」


それと、と区切って女は続ける。


「さっきから女、女って、一国の姫君に向かって失礼よ。私の事は『マリティルトアップルキット姫』と呼びなさい。フルネームは教えてあげないんだから」


「マリティらるとあっときらると?長い。マリティにしとけ」


「マリティ!?まあ失礼よ。でも、マリティか。あだ名みたいなもの……。うん、許可するわ。マリティ。ふふ」


なぜか名前を連呼して笑ってやがる。この女、いや、マリティか。かなり余裕だな。人質のくせに。


「さあ、私は名乗ったわ。あなたも名乗りなさい。『大日本帝国海軍神風特別突撃隊曹長の神童典行』というのも偽名でしょ」


「ふん、その手に乗るか。名乗ったが最後、マリティの言う事を聞かなければならないだろう」


「何よ、気付いてたの。案外馬鹿じゃないのね。でも人質取って逃走している時点で馬鹿っぽいし。ねえ、どっちなのよ!」


うるさい。こいつ、自分で名乗ってから急に元気になったな。

さらりとシカトをし屋根を走る。時々跳び下りる。時折マリティがもっと丁寧に走れ、酔ってしまうとほざいているがそれもシカトをする。


しかし、妨害が少ない。そう気がし始めた時だった。


視界に何か入った。矢だ。忍者刀で払い射線上を見る。上からか。

そこには弓矢を構えた甲冑。一人や二人ではない。窓という窓から身を乗り出し、バルコニーには溢れんばかりに詰め掛け、登れるものは屋根の上から、とにかくそこかしこからこちらを狙っていた。

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