第9話 狂ってしまった計画

 人生初の復讐。

 仕返しは小さい頃から何度かやった事があるが、それとは比べ物にならないほどの事をしでかそうと思って燕家にやって来た。

 なのに……潜入して二週間目。

「小夜様、これが亡くなられたわたくしのお母様のウエディングドレス姿です。わたくしもこれを着て貴方と結婚式を挙げたいです。もう十八歳ですから大学に入学してからでも婚姻届を出しましょうか? それとも学生なので事実婚や同棲という形でも……」

 予想もしていなかった展開を迎えてしまった。

 教師と生徒という関係だったのに生徒は先生である俺に対し、告白を通り越して求婚をしてきたのだ。まるで禁断の恋愛物語みたいな展開だ。

 あれから哀來の部屋に連れて行かれた。女の部屋に入るなんて初めてなので、今でも緊張しっぱなしだ。

 電話番号を交換しろとせがまれて嫌々やった後、どこからか哀來の両親の結婚式のアルバムを取り出して俺に見せていた。俺はまともに見ずに何か言われてもテキトーな生返事をしていた。

 アルバムを見せながら説明しているときの哀來は今までより明るくよく喋りまくっていて別人みたいになっていた。やっぱり女はお喋りな生き物なんだな。

「お父様のタキシード姿の写真もありますよ。小夜様も式のときに着てください。とってもお似合いだと思います。わたくしが保証します」

 あいつと同じ服を着るなんて正に『服従』じゃないか! 絶対着るか!

「次はこれも見てください。わたくしを抱っこしてなさっているのがわたくしの叔父様です。十年以上前に亡くなられましたが……」

「哀來さん。私は」

「小夜様。わたくしのことは『哀來』でよろしいとさきほどから申しているではありませんか」

「無理です」

 心の中では呼び捨てだがどうも口に出して言うのは抵抗が出る。

 敵意むき出しにしているみたいだからな。

「哀來さん。聞きたい事があるのですが?」

「何でも聞いてください」

「哀來さんはどうして私と結婚したのですか?」

 さりげなく質問したがやっぱり気になっていた。俺は告られたことがないからだ。告られる方が珍しいと思うが。

「優しい性格です。授業でわからない所を優しく丁寧に教えてくれるところが素敵です」

 そりゃあ、ちゃんと丁寧に教えないとクビになってしまうからな。

 そして俺はお前の家族に復讐しようと思っている。決して優しい性格ではない。

「次にピアノが上手なところです。小夜様がお弾きになるピアノはとても素晴らしいです。曲の世界に引き込まれそうです。歌も上手で、わたくしには真似できません」

 当たり前だ。幼稚園のときからやってきたんだぞ。普通の人よりうまい自信があるから教師のバイトしているんだぞ。

「そして……わたくしは自己主張をしない男性が好みなのです。お金持ちの男性はやはり自己主張の強い男性が多いのです」

「なるほど」

 最後は納得した。綾峰さんが良い例だ。

「貴方の気持ちはわかったりました。しかし、これから厄介な事になりますよ」

「綾峰様ですか? それともお父様ですか?」

「特に……旦那様、です」

 俺はいいが哀來にとっては一番厄介な相手になるだろう。

「お父様ですね。確かに小夜様との結婚を認めるには難しいです。ですが心配無用です。わたくしが燕家から出て行けばいいのですから」

「出て行ったとしても連れ戻される可能性は高いと思いますよ」

 ちなみにお前を家に連れて行こうという気持ちは無い。

「うっ……それもそうですね。わたくしが保育科の大学進学を許可した理由も『立派な世継ぎを育てるための良い勉強になるため』でしたし」

 だったらなおさらじゃないか。

「小夜様。もしそのような事があったとしてもわたくしを助けてくださいね。助けてくれなかったらわたくしの心は深く傷ついてしまいます」

 俺はヒーローじゃないんだぞ。しかも助けるつもりは無い。

 ん? 『深く傷つく?』これってむしろいいんじゃないか?

 哀來の心を傷つける、という事は復讐にもなるじゃないか! 最愛の娘が深く傷ついたまま結婚式を挙げる。全然めでたくない。

 やっと復讐方法を考えることができた。無計画から生まれることもあるんだな。

「ちょっと綾峰さんのところに行ってきます」

「どうしてですか? もしかしたら襲い掛かってくるかもしれませんよ」

「まぁ、倒れたのは私のせいみたいなものですし、謝りに行きます」

 これ以上結婚の話を聞くのも辛い。

「わかりました。どうかご無事で」

 まるで戦地に行くみたいだな。似たようなものだけど。

 部屋を出て、さっきの広い玄関に行ってみた。柏野さんが担いで行った方向に行けば、寝ているような部屋があると思う。

「おや? どうしました? 青龍先生」

 担いで行った方向から柏野さんが現れた。

「綾峰さんの様子を見に行こうと思って」

「心配いりません。あれから来客用の医務室で眠っております」

「そうですか。それは良かった」

 安心した。あれから起きなかったら俺が殺したみたいな事になるからな。

「……ご自分を責めないでください」

「え?」

 まるで俺の心を読んでいるかのような一言に驚き、思わず声に出してしまった。

「あ、そうそう。今日、哀來さんと一緒に出かけてほしいって言った理由は何ですか?」

 聞かずじまいだった事を今思い出して聞いてみた。

「申し訳ありません。玄関ですぐにでも説明しようと思っていたのですが、予想外の出来事が何度かあり、言わずじまいになりました。すみません」

 柏野さんは頭を下げて謝った。

「き、気にしないでください。それでその理由はもしかして綾峰さんと何か関係あるんですか?」

「はい。お嬢様にはお伝えしませんでしたが本日は綾峰さまが屋敷にいらっしゃる予定が入っていたのです。なんとかして合わせまいと思い、お出かけを強制させたのです」

「そ、そうだったんですか!? でもどうして一言も伝えなかったのですか?」

「これは私個人の意見ですが……お嬢様は先生とお似合いだと思うのです」

「か、柏野さんまで?」

「お嬢様は幼い頃から歳が近い男性とお遊びになられたり、お付き合いをされた事がないのです。旦那様に止められていまして」

「確か、友達と遊ぶ時間もなかったとか」

「お嬢様からお聞きになられたのですか?」

「はい」

 俺の部屋でとは言えないが。

「旦那様は『燕』を誇り高い苗字だと常に思っていらっしゃるお方ですから。お嬢様にも自分と同じ道を歩んで欲しいのでしょう」

「旦那様も他の人と仲良くしたりしていなかったのですか?」

「はい。長年燕家にお仕えしておりますが、そのような話はお聞きしたことがありません」

 他人を見下しているような性格みたいだからな。

「やっぱり親って子供にも同じ道を進んで欲しいものですかね?」

 俺もお袋からピアノを習わされたみたいに。

「そうかもしれません。私は子供がいないのでよくわかりませんが。……話を戻します。先ほど申し上げた通り、お嬢様は男性を知りません。そんなお嬢様が先生にはあれほど懐いておられる」

 まさかあれくらい懐かれるとは思っていなかったけどな。

「あなたなら旦那様も喜んでくれます!」

「え!? 針斗さんはどうなるんですか?」

「……失礼しました。社長の燕大光(たいこう)様ではございません。……実は、これは口に出してはいけない事ですが」

 そんな事話したらクビになるんじゃないか!?

 お耳を、と言われ俺は片耳を柏野さんに近づけた。

 

「実は旦那様はお嬢様の叔父なのです」

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