第65回【恋愛】雨男と日射量少女
雨の匂いに満ちている。僕はやっぱり雨男なんだなと、しみじみ感じた。
待ち合わせ場所から、雨に打たれてひとひら
今日はオフ会だ。SNSで意気投合した仲間と会う約束をしている。初めての参加で、好奇心と恐怖感がないまぜになっていて、来て良かったのか、今から引き返して急用ができたと嘘をつくか悩む。
そんなとき雷が落ちて、僕は声をかけられた。
「天雷さんですよね?」
ハンドルネームを呼ばれて、僕は背中をピンと伸ばす。可愛らしい声が誰のものなのかわからず戸惑ったのだ。
「え、あ、はい!?」
あまり他人と喋らないせいもあって、声が上擦った。
ってか、こんなに愛らしい少女があの集まりの中にいたことがそもそも信じられない。
挙動不審でいると、彼女はふっと笑った。えくぼがまぶしい。
「あ。私が誰なのかわからないんですね?」
問われて、僕は素直に頷く。
「えー、私、ミランコビッチ・サイクルです!」
てへっ☆みたいな調子で言われるが、全くピンと来なかった。
この子が、あの?
いっつも小難しい話で煙に巻く印象が強いハンドルネーム、ミランコビッチ・サイクル。やたらとつっかかってくる人物だ。まさか苦手に感じていた相手に一番に会うとは。
「ってか、なんでミランコビッチなんちゃらなんて名前を?」
「あー、それは私の研究テーマだからです」
「研究……」
「日射量が変動する周期に魅せられましてね~、思わず大学院まで進んじゃいましたよー」
大学院、だって?
見た目は中学生くらいなのだが、どうやら僕とそう変わらない年齢のようだ。
「天雷さんこそ、どうしてそのハンドルネームなんですか?」
無邪気な笑顔で彼女は問う。
僕は空を指差した。
「僕、ひどい雨男でさ。いざ予定を立てて出掛けると雷雨になって。だから、天雷」
本名からも一文字拝借しているのだが、そこは伏せた。
また大きな雷鳴が轟いて、周囲がざわつく。
スマートフォンが震えた。僕たちは同時に各々のディスプレイを見る。
「あいやー、参りましたね」
ミランコビッチが僕を見る。僕は苦笑で返した。
「電車が不通で動けないって」
僕たちのスマートフォンに入った連絡は、他のメンバーの現状についてだった。ひとりはさっきの落雷で停電になり、電車に閉じ込められているようだ。あとの二人はこちらに向かう電車が復旧の見込み時間三時間程度とかで、悪いが今日はキャンセル、とのことだ。
「じゃあ、今日はお開きで――」
僕が提案すると、彼女はシャツの裾を引っ張った。
「帰りの電車が止まっているんで、少し付き合ってください」
ここはちょっとしたホテルだ。その周囲には残念なことに娯楽施設はない。
「良いけど……何して時間を潰すつもりなんだ?」
「あれです!」
言うなりぐいぐい引っ張られる。先にあるのはウェディングフェア。結婚式の体験ができるらしい。
「ちょっ……付き合ってもいないのに、さすがにまずいっしょ!?」
「私は気にしませんから! さあ!」
そして僕は彼女に付き合わされた。
――それが馴れ初め。
あの日偽りの花嫁を演じたミランコビッチは、今僕の隣で本物の花嫁になっている。
なにがどう転ぶかわからないという、これはのろけ話。
《了》
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