第50回【恋愛】コクれば良いのに。

 大きく引き伸ばされた一枚の写真を額に入れている最中の話だ。

「――息ができないほどに、囚われる。その表情に。その声に。

 雪のように白く透き通った肌。秘めた情熱がそこから溢れてしまったかのような赤い唇。烏の濡れ羽色の髪。

 おとぎ話の白雪姫は、きっと彼女のみたいな人を想像したのだろう。

 あぁ、胸が苦しい。どうして神は、僕の前に彼女のような女性を遣わせたのだろう。こんなに気持ちを乱されるなんて。酷な試練を与えて何を試していらっしゃるのか」

 俺の親友である勝範かつのりは、己の心情をポエムにして切々と語ってきた。

 今は放課後。ここは写真部の部室だ。

「お前さぁ、写真のモデル頼んでも断られないんだろ? 気にせずアタックしてみたらどうだ?」

 すると、勝範は唐突に立ち上がる。椅子が倒れるガタンと大きな音が狭い室内に響く。

「それとこれとは別だぞ! 慎哉しんや

 勝範は大袈裟にかぶりを振る。流石は『満月とチーズケーキはどこか似ている。蜂蜜色に輝いているせいだろうか』から始まるポエムを写真の説明に書いてしまう男なだけある。あれこれ芝居くさい。

「ってもさぁ――」

「もし彼女が写真を撮らせてくれなくなったらどうするんだ!? 太陽が昇って来なくなった世界のように、絶望に打ちひしがれろとでも君は言うのか!?」

「白夜のごとく、毎日が明るい世界がやってくるかもしれないだろうが」

 俺は勝範に合わせて比喩で返してやる。

「いーや、それはない。僕のようないやしい人間が関わってはいけない相手なのだから」

「いやしいってなぁ……」

 成績なら学年上位常連、スポーツも運動部員を押しのけて万能、見た目だってとあるイケメン俳優に似ているともっぱら噂されているという人間の台詞なのだから、俺はどんな言葉をかければ良いのかわからない。

 ――どうしたもんかな。

 本日のおやつである不揃いの豆菓子をつまみながら、勝範の作業を見守る。文化祭の出し物で写真展をするため、その準備をしているのだ。

「さっさとコクってしまえば良いのに……」

 俺のアドバイスは、勝範には永遠に届かないのかもしれないなぁと、悲観した。



「ねぇねぇ、慎哉! 今日の勝範サマはどんなだった? あたしの写真、気に入ってくれてた?」

 帰宅するなり、先に帰っていた凛子りんこが駆けつけてきた。白い肌を上気させてうっとりと語る様は恋する乙女そのもの。

「あぁ。褒め称えていたぞ」

 俺は若干引きながら返す。

 一方、白雪姫と表現された写真の女性――彼女は俺の妹だ。学年は一つ下で、名を凛子という。勝範はあんなに褒め称えてくれるが、俺から見れば十人並みの少女である。

「ウフフ。嬉しい! 勝範サマにあんな目で見つめられながら写真を撮ってくださるなんて思っていなかったから、緊張して変顔になってなかったか心配したんだ~。文化祭で飾るんでしょ? 楽しみだよー。心臓バクバクだよー」

 あー、はいはい。

 俺は返す言葉を失う。

 そう。二人は互いを好いている。その間にいるのが俺だ。勝範風に言えば、両片思いの中間地点イコール俺、だろうか。

「――凛子さぁ、お前、そんなに好きなんだったら、コクれば?」

 何気なく問えば、彼女は首を大袈裟に左右に振った。

「あたしみたいなのにコクられたら困るの勝範サマだもんっ! 絶対に有り得ない!」

「そうかなぁ」

「そうなのっ!」

 二人がこんな調子なので、しばらくはこの面倒な報告リレーを続けるハメになるのだろう。

 あぁ、俺には甘すぎて胸焼けしそうだ。


《了》

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