第30回【恋愛】今夜は君を帰さないから

 今年の冬は例年よりも寒いと思う。

「こたつでごはんも良いねぇ」

 家に食事に来ないかと誘った彼氏の黎人あきとが、ニコニコとしながらこたつの中に入ってあたしが料理を出すのを待っている。あまりの部屋の寒さのために今季になって初めて買ってしまったこたつは、部屋のほとんどを占拠している。正直、置いて後悔したこともあった。だけど、そんなふうに黎人が言ってくれるなら悪くはない。

「うふふ。あったかいでしょ?」

「とっても」

 黎人はこたつでぬくぬくしているのもあってご機嫌だ。

清花さやかちゃんがご馳走用意するって言うから楽しみにして来たんだよ。でも、こたつだけで充分かも。幸せ~」

「こたつだけと言わせたくはないけど、残念ながらご馳走って程じゃないわね」

 苦笑いを浮かべて、雪見鍋をこたつの上に置いた。ガスコンロに載せられて、ぐつぐつ煮えている。

「おおっ! 良いねぇ、鍋料理♪」

「日本酒もあるよ~」

 言って、熱燗もこたつの上へ。

「ふーん。僕の好みがよくわかっているようで」

「さすがに二年も付き合っていれば、わかりますよーだっ」

「ふぅん」

 そう告げて、彼は不敵に笑む。不意に見せる肉食獣のような顔は、あたしの心拍数を増加させる。

「酔わせて、何をするつもりかな?」

「それはあたしの台詞じゃないの?」

 さらっと動揺を隠して返すと、彼は普段のあどけない顔で笑った。

「いつまで余裕ぶっていられるのか、楽しみだなぁ」

 三つも年下の黎人にそんなことを言われると、ちょっぴり腹が立つ。

「煮えすぎないうちに食べましょ」

 むすっとして、あたしは食事の開始を告げたのだった。



 こたつは暖かい。でも、今はむしろ暑かった。

「ちょっ……黎人っ」

 鍋がほとんど空になったとき、彼はあたしにすり寄ってきた。幼い子どもがするように。とっても可愛くて愛しくて、まるで大きな赤ん坊がそこにいるみたいに錯覚する。

「清花ちゃん、良い匂いがするね」

「か、片付けるまで待ってよ」

 予期していないタイミングで仕掛けられて、あたしは狼狽えた。すんすんと鼻を鳴らして、彼の顔が首に近付いてくる。

「待てないよ」

 視界に入った彼の顔は、すでに大人の男で。

 次の瞬間には視界に電灯が入っていた。

「清花ちゃんの甘い誘惑に耐えながら食事するの、大変だったよ」

 返事の前に唇を塞がれてしまう。柔らかく、優しい口付け。そこから、とろけるような深い口付けに移行するのには数秒もいらなかった。

「んっ……」

 酔っているのもあるのだろう。すぐに意識はとけて、身体の制御を放棄してしまった。

「今日は落ちるの早いね」

 水の音――唾液が絡まり合う音がしなくなったと思ったら、黎人があたしを上から見ていた。

「二年も付き合ってきたのに、なかなか家に入れてくれないから、何があるんだろうって疑問に思ってたんだ」

「それは、たんに部屋が散らかっていたからで」

「違うよね」

 彼はきっぱり告げた。あたしの嘘を、簡単に見破って。

「男と住んでいたんだよね。部屋に来て確信したよ。僕が年下だからって侮っていたんでしょ?」

 何も返せない。

「その顔は図星なんだね」

 冷ややかな表情は、今まで見たことがない。

「なんで……」

 同居していた元カレは先月出て行った。いらないものの処分は済んでいたはずで、元カレが使っていたものは全部捨てたはずだ。証拠なんてない。

 黎人は薄く笑う。

「使い込んだ二人用の土鍋で手料理だもんなぁ。女友だちと鍋パーティーなら、もっと大きいのを用意するっしょ」

 あたしの手を押さえ込んで、彼は続ける。

「ずいぶんとお酒を飲んでいたようだけど大丈夫?」

「あ、黎人……?」

「今夜だけは君を帰さない――まぁ、ここ、君の家だしね」

 無邪気な笑顔に混じる暗い感情を、あたしははっきりと感じたのだった。


《了》

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