#2 友人たちに唆されて

「――ねぇ、美紅は出水くんにコクんないの?」

 季節は巡って、すでに十二月。試験前で部活動停止期間に入っており、友人たちと三人で帰宅しているところだ。

 美紅はマフラーをぐっと口元まで上げて顔を隠す。

「えぇ? まだ告白してなかったのぉ?」

 紫乃しのひとみが不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「わりといい雰囲気醸し出しているんだから、大丈夫だって」

 あっけらかんと言ってくるのは紫乃だ。背が高めですらっとしたモデル体型。見た目に大人っぽさがあり、その所為なのかかなり年上の彼氏がいる。

「クリスマスも近いんだしぃ、彼氏がいた方が楽しいよぉ?」

 舌っ足らずな喋り方でニコニコしているのは瞳だ。小柄で童顔なのに、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるナイスボディの持ち主。高校に入ってから五人目となる彼氏とラブラブな関係のはずだ。

「……だって、気まずくなりたくないし。クリスマスも家族でいつも通りに過ごすし」

 二人と比べたら、自分の外見なんて平凡だ。太ってもいなけりゃ痩せてもいない。何の特徴もない地味な外見。血色が良いとよく言われるが、だからどうしたと言うんだろう――美紅は小さくため息をつく。

「それに、出水くんはすごくモテるんだよ? 練習中に差し入れして熱烈アピールしてくる女の子もいるし、告白されて断ったって話も聞いてる」

「じゃあ、出水くん、今はフリーじゃん。チャンスあるって」

「カノジョがいないってのはちゃんと知ってるよ」

 ――問題は、彼がそのことで困っているってことなんだけど。

 美紅は先週の出来事を思い出す。



 部活が終わって片付けをしていたときのことだ。忘れ物がないかの確認をしていたところで、体育倉庫の裏側から出てきた晶汰に声を掛けられた。

 片付けが済んだかどうかの確認をいつも通りのやり取りでしたあとに、ふと顔色を曇らせて晶汰は口を開く。

「――鋼さん。ひとつ訊いて良い?」

「う、うん。なぁに?」

 彼の態度が普段とは違うので緊張する。しっかり向き合って、顔をちゃんと見た。

 ――何かあたし、失敗したかな?

 ちょっぴり不安に感じながら、晶汰が喋り出すのをじっと待つ。

「女の子ってさ、恋をすると相手のことを考えられなくなるもんなの?」

「……へ?」

 ――それをあたしに訊きますか!?

 さぞかしポカンとした顔をしていたことだろう。街灯がつき始めるような時間で薄暗いが、この距離なら判別がつくはずだ。

「あ、別に鋼さんのことを言っているわけじゃないよ? 一般論として、どうなのかなって……」

 たまたまここに美紅がいたから、訊ねてみただけのことらしかった。彼は困った顔をしている。この様子だと、女の子に関した悩み事があるのだろう。

「あたしは、人それぞれだと思うけど……何かあったの?」

 選手の悩みに耳を傾けるのもマネージャーの仕事だと思い込んで、自分の気持ちを抑えて美紅は問う。

「それが――」



 ――出水くんは、カノジョを作る気がないんだよね……。

 晶汰から聞かされたのは、「部活に集中したいから付き合うことはできないって断ったのに、ずっと付きまとわれて困っている。どうしたらわかってもらえるだろうか」という相談。つまり、この相談を受けてしまった時点で、美紅の想いが届かないことが知れている。

 ちなみにこのときの返事は、適当に濁して逃げてしまった。恋愛経験の浅い美紅には難しい問題だったのだ。

「まったくぅ、煮え切らないなぁ」

 不満げに、瞳が膨れる。そういう仕草が本当に可愛らしい。

「あ、だったらこうしよう!」

 何かを思い付いたらしく、ぽんっと手を叩くと紫乃が美紅の前に回り込んだ。

「ひと駅離れた場所にマジカルジェムズっていうアクセサリーショップがあるの。そこで買ったアクセサリーを肌身離さず持ち歩いていると、幸運に恵まれるんだって。今、じわじわと人気が出てるの」

「あっ、知ってるぅ! あそこの店長、イケメンよねぇ。アクセサリー、選んでもらったこともあるよぉ」

 言って、瞳はスマホを取り出す。そこに付けられたキラキラしたたくさんのストラップの中から、銀色の天使の形をしたものを選んで美紅たちに見せた。よく見ると、天使がお腹に小さな石を抱えている。全体は白っぽくて、だけど光の入る角度を変えると別の淡い色が入り込む不思議な石だ。

「ねぇ可愛いでしょう? これを手に入れてから今の彼氏と付き合うことにしたんだけどぉ、とってもラブラブなんだよぉ。それまでの彼氏と比べたら、優しさも全然違うしぃ」

「よし。これで決まりね」

「え? 決まりって、何が?」

 さっぱり話についていけてない。美紅は首を傾げる。

「少し早いクリスマスプレゼントに、美紅にアクセサリーを買ってあげる。だから、そのアクセサリーに背中を押してもらって、さっさとコクること。良い?」

「わーい、さんせー。アタシも出資するぅ!」

「え、ちょっ!?」

 紫乃が決めたことがこれまで覆ったことは一度もない。瞳まで乗り気になっているとなると、美紅がどうこう言ってみたところで変わることはないのだろう。

「善は急げってことで、これから行くわよ!」

「レッツゴー♪」

 試験勉強はどうするのよ、と文句を言う美紅の手を二人で引っ張って、三人は駅へと向かったのだった。

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