俺の幼馴染は女子高生で霧化するメイドさんなんだがそれだけじゃないっぽい。

 頭が重い。眩暈がする。

 まるで世界が回っているみたいだ。

 意識が――遠のいていく。

 少しづつ、すこ……し、づ、つ……。

 いしき、かすむ……消え、てく……。




 これが……死ぬって感覚なの……かな――……。















「ユウ君。起きて」


 ……。


「ゆうくーん。おーきーてー」


 ――……?

 なんだ? 誰かが俺を呼んで、

「ほらーっ! 起きなさいよーッ!」

「ふぐっ!?」

 顔に何か、柔らかな衝撃が押し付けられる。

 薄れた意識から強引に現実へと引き戻された。

 布地のそれから解放され、視界に光が飛び込む。


 カーテンから差し込む柔らかい光。

 真っ白な天井と丸い蛍光灯。好きなアニメのポスター。

 壁につるされた制服。あと山積みの漫画。


 ここは――俺の部屋……?


「やーっと起きたッ」

 枕を片手した、ふくれっ面の女の子が、寝ている俺を覗き込んでいる。

「もうっ!

 ほんっと、一度寝たら全然起きないんだから!」


 ミストだ。


「い――ッ!?」

 ついさっき、俺の首を絞めつけていたあの子が目の前に立っている。

 俺は胃がひっくり返るような感触を覚え、飛び起きると、

「み、ミストっ!? 俺はお前を裏切ったつもりは――」

「――はい?」

「……――ハッ!?」


 もう一回あたりを見回す。


 カーテンから差し込む柔らかい光。

 真っ白な天井と丸い蛍光灯。好きなアニメのポスター。

 壁につるされた制服。あと山積みの漫画。


 ……それから、呆気に取られてる幼馴染みの顔。


 セーラー服に身を包んだミストは深いため息をつくと、

「ねぼすけさん。怖い夢でも見たの?」

「……みたいです……」

「どんな夢?」

「中世ファンタジーで……ミストがテレビから俺に襲い掛かって……」

「ファンタジーにテレビがあるの?」

「いや、うん。だよねー?」


 あー。そうとう深刻な夢をみていたらしい。

 やっと頭がこの世界に追いつく。


 じー。ミストの冷たい視線が刺さる。

 うわぁ恥ずかしい。朝から穴にでも入りたい気分だ。

「寝ぼけた顔を洗って歯を磨いて、早く着替えてご飯食べて。

 ほら、早く! 学校、遅刻しちゃうよ?」

 見ると背の低い食卓にはトーストとハムエッグが準備されていた。

「はい。……毎朝すみません」

「いいよ。メイドさんのお仕事だしね」




 彼女の名前はミスト。

 海外出身の子で、俺の幼馴染みだ。


 それと、俺の親に雇われたメイドさんでもある。

 いや、メイドって言うのはミストが勝手に名乗ってるだけなんだけど。

 そういう呼び方をするとなんか誤解を招くというか、でも間違ってるわけじゃないというか……要するに、いろいろあって身寄りを失くした彼女を、俺の親が金銭的な面倒を見る事になって、その代わりに高校から一人暮らしを始める俺の面倒と監視を依頼されたってだけの話だ。


「なあ、そのメイドさんってやめないか?

 他の奴らから俺達の関係を疑われてるんだが」

 俺はチューブの中身を歯ブラシに塗ったぐりながらそう言うと、

「はいはーい、洗濯物干すからちょっとどいてねー」

 ……いっつもはぐらかすんだよな。

 俺の世話をすることに生きがいを感じてるらしく、メイドさんを名乗るのがそうとう気に入っている。ダメな男ほどほっとけないタイプって奴だ。まあ、俺のだらしないところを補助してくれるから正直ありがたいんだけどさ。


「あー、ユウ君! 3限目現国でしょ?

 教科書、机におきっぱなし!」


 ――こんな調子だから、頭が上がらない。

 これは常々思う事だが、こいつはホント良いお嫁さんになるよ。




 E:IDフォンで時間を確認する。

 こいつはパッと見は普通のスマートフォンなんだが、学校の身分証や他にもいろんな機能を兼ね揃えた凄い奴だ。

 時刻はAM8時ちょっと前。

「……そろそろ行くか」

「うんっ!」

 俺とミストは玄関を飛び出した。




 ――ここは『青海学園』。




 いろんな学校といろんな奴らが集まる学園都市だ。

 この街で今日も俺達の日常が始まる……。
























「……?」

 あれ。

 なにか……おかしくないか?




「どうしたの、ユウ君?」

 外に出て固まった俺をミストが心配そうにのぞき込む。

 ミスト――?

 おれの……おさななじみ……。

「何か忘れ物? それとも体の具合が悪いの?」

「いや……、うん。なんか変な感じがして」

 ミストはふふっと笑った。

「よっぽど怖い夢を見たんだね。ユウ君子供みたい」

「夢……なのか……?」

「もーしょうがないなぁ。

 おまじないしてあげる」


 おまじない……? ああ、そうだ。

 おれのあたまがぼーっとしたときに、ミストがしてくれるおまじないだ。

 ミストは人差し指を唇にやり、しーっと俺の気持ちを集中させると、


「いい、ユウ君。私の真似して。

 〝幼馴染みはミスト〟」

「おさななじみは……ミスト……」

「そうそう、上手♪

 じゃあ次は、〝ミストしか居ない〟」

「ミストしか……いない」


「はい、じゃあ一緒に♪」


「「〝幼馴染みはミスト〟〝ミストしか居ない〟」」

「「〝幼馴染みはミスト〟〝ミストしか居ない〟」」

「「〝幼馴染みはミスト〟〝ミストしか居ない〟」」

「「〝幼馴染みはミスト〟〝ミストしか居ない〟」」

「「〝幼馴染みはミスト〟〝ミストしか居ない〟」」

「「〝幼馴染みは…………〟〝……………………〟」」

「「〝……………………〟〝……………………〟」」


 ――……………………。













 ――パンッ!!


「っ!?」

 ミストの手拍子で我に返る。

 心配そうにミストがこちらを覗き込んでいる。

「どうしたの、ユウ君?」

「あ、ああ……」

 ぼーっとしてた……。

 うわ、なんかちょっと記憶とんでる。

 気持ち悪い。寝不足なのかな?

「いこっ! ユウ君!」

 少し離れたところからミストが手招きしている。


「大丈夫、ミストがちゃんと連れてってあげるからっ!」


 ああ、あいつについていけば大丈夫だ。

 何せあいつは俺の幼馴染みなんだから…………。

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