第23話陰謀を暴くとき

 俺は廊下を駆け抜け、階段を下る。

 確か食事のために向かったのはこっちだったな。

 そう悩みながら、広い屋敷の中を突き進む。



 幸いな事にドゥミ嬢はすぐに見つかった。

 メイドさんに付き添われて、ちょうど部屋に戻るところだったようだ。


「ドゥミ嬢!」

 俺が駆け寄ると、彼女は一瞬驚いた顔を見せたが、すぐにメイドさんに向き直り、

「困っちゃうわ。私が付いてないと、この子すぐにこれだもの」

 と惚気話にかえて誤魔化した。

「ほ、本当にお仲がよろしいんですね」

「想像に任せるわ。

 この子が付いてくれるから、もう下がっていいわよ」

「はい。失礼致します」

 メイドさんは一礼し、来た道を引き返して行った。


「……祐樹さん。

 何かあったんですか?」

 彼女はローゼ姫の顔に戻って言った。

 俺の様子に只ならぬ気配を感じたらしい。

 よかった、とにかく普通だ。

 なにかされたわけでは無さそうだ……。

「部屋に戻ってから話すよ」




 ――……。



 部屋に戻ると、亜利奈はまだモンスターの鑑定中、ミストはベットの二人を気遣うようにして傍らに座っていた。

「あ、ユウ君、お帰りなさいっ!」

「良かった。お嬢様無事だったのね」

 亜利奈とミストが立ち上がって出迎えてくれる。

「これは……一体なんの騒ぎですか?」

 借りているとはいえ自分の部屋が人でいっぱいになっている様を見て、ドゥミ嬢が目を丸くする。


「ごめん、騒々しくって。

 ちゃんと説明するよ」


 かくかくしかしか。

 俺がこれまでの経緯を話す。

 お風呂のくだりでドゥミ嬢が眉をしかめたが、それ以降の話に慄き、暗い表情を見せた。

「……このお屋敷で、そんな恐ろしいモンスターを開発していたなんて……」

「ああ。スパイの噂もまだ調査しきってないうちから、大変な事になっちまったな。

 ……亜利奈。

 こいつについてなんかわかったか?」

「えっと、うーん。

 ……正直あんまりわかんないけど、はっきりしてることが一つだけあるよ」

 亜利奈は花瓶から茎のしっかりした花を取り、ウミウシをつついて言った。

「これね、女の子にしか寄生しない」

「はぁ!?

 マジでエロモンスターなわけ!?」

「うんと、厳密に言うとそういうわけじゃないかなぁ。

 魔源って持ち主の性別や年齢しだいで、波長みたいなものがかわってくるの。

 これは亜利奈やドゥミお嬢様ぐらいの年齢の女性から発する波長に合うよう調整されてるから」

「なるほど……。

 ……。

 …………」



「やっぱりエロモンスターじゃねぇか!!」

「うん、触手エロモンスターだねっ!」



「なんだよそれ、ふざけんな、」

 俺はやり場のないツッコミを入れようとしたが、

「…………いや。まてよ」

 と、踏みとどまった。

 ちょっと引っかかる部分があったのだ。


「ドゥミ嬢。この屋敷の庭師にあったことないって言ってたな。

 ミスト、間違いないか?」

「え? うん、このお屋敷は庭師の人を雇ってないよ。

 ほとんど私達がやるし、ときどき外から呼び寄せるぐらいかなぁ」

「庭師って普通、男だよな?」

 ミストに確認すると、彼女は頷いて肯定した。


「そういえば」

 亜利奈が呟く

「厨房も男の人いないよね。

 それに、年配のメイドさんもいない。

 いないよね、ミストさん」

「え、うん……そうだね」

 じゃあこの屋敷には……。

「そもそもさ。

 トリスはなんで最初に護衛の騎士を追い返したんだ……?」

「それはやはり」

 ここでドゥミ嬢が口を開く。

「私や亜利奈さんは魔源寄生虫で口封じが可能だから、ではないでしょうか?

 このモンスターの存在や謀反の証拠が露呈してしまったとしても、問題ありません。

 祐樹さんは……、その、」




 殺せばいいってか。

 確かに組織に所属している騎士達とどこの馬の骨ともわからん俺じゃあ、どっちの始末が困難なのかは明白だ。


 なるほど、理屈は通る。

 でも。

 ……本当にそうなのか……。


「いや、違う。

 それじゃおかしい。

 馬車でドゥミ嬢言ってただろ」


『私が行くって決まってたら誰だって証拠を隠してしまいますよ』



「来客があるのに証拠を隠しておかない方が妙だろう?

 わざわざ追い返せば余計に怪しまれる」



 女の子にだけ寄生する催眠モンスター。

 屋敷には寄生虫の対象者と、信頼のおける人物しかいない。

 ここにやってくるのはドゥミお嬢様。


 ――これって、つまり。



「ユウ君……」

 亜利奈が不安そうな顔で言った。

「あ、亜利奈……バカだからかな。

 今ユウ君がすごく怖い答えを出そうとしている気がするよ」

「俺も……そう思う」

 馬鹿な妄想であってくれ。

 これが本当だとすれば、俺達は最初から〝負けている〟事になる。


 だけど、これまでの状況からして、そうとしか考えられない……。


 訝る俺にミストと姫の注目が集まる。

「ローゼ姫」

「はい。って……、ちょっと祐樹さん!」

 ミストの前でうっかり答えて狼狽する姫だが、今はそんなことどうでもいい。

「よく聞いてくれ。

 この寄生虫を作った人間の目的はたぶん。

 ローゼ姫――君自身だ」

「え……」



 ローゼ姫が虚を突かれた表情を見せる。


「この寄生虫はローゼ姫を操るために造られたんだ。

 そして君はこれを埋め込まれるためにのこのことここにやってきてしまった」

「ちょっとまってください!」

 ローゼ姫が反論に声を上げた。

「私が、その、ローゼがここに来るなんて誰にも知られないようにしたんです!

 ここに来たのはドゥミですよ!」

「じゃあさ、姫は何故ここにこなくちゃいけなくなったんだ?」

「それは……。

 イスキー侯爵の謀反の疑いがあったからです」

「たぶんそれは屋敷の人間が流した嘘だ。

 最初に騎士と説明してくれたじゃないか。

 国王様はこの屋敷には君を派遣しざるを得なかった。

 首謀者はそれを計算して噂を流したんだ」

「そんな……っ!」

「この屋敷は出来過ぎなんだよ。

〝今日これから起こることに、誰も口を割らないように〟なってる。

 もしなんらかの事件や実験を目撃しても、実験過程でできた寄生虫で口封じできるように対象となる若い娘しか雇っていないんだ。

 ……多分。

 ……いつでも自由になるよう、屋敷のメイドさんは全員これに寄生されている……」

「……――っ」

 ミストがショックに口を押える。


「そんな、そうまでして……」

 俺の推理に実感が沸いてきたのか、ローゼ姫が震えながら言う。

「一体誰が、私の心を操って、どうしようというのですか……?」

「最終的にどうする気かは知らないが、誰かは分かるよ。

 一人だけいるだろう?

 君の心を手中に収められず、焦っていそうな奴が……」




 バンッ!!




 そこで唐突に、扉が大きく放たれ、


「そこまでだ、狼藉ものッ!!」


 と、トリスの怒声が響いた。

 ――しまった。

 俺は答えを導くのに一手遅かったらしい。

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