第15話地下通路の先で
俺とドゥミ嬢は地下階段の蓋を閉じ、礼拝堂を足早に出た。
お嬢様にぶたれた頬はまだ痛むが、そのおかげで助かった。
イスキー侯爵の元に突き出されてたらどうなるかわかったもんじゃないしなぁ。
でもドゥミ嬢のほうはけっこう気にしてるみたいで、さっきからなんにも言わずさっさと移動している。
そして庭園を抜け、イスキー邸へ戻る途中で、
「祐樹さん……っ!
……ごめんなさい……っ」
あーあ。
とうとう泣いちゃったよ……。
ドゥミ嬢はボロボロと涙を零しながら、俺に謝罪した。
「私っ! 何の権利があってっ!
祐樹さんの頬を……っ!」
「いやいや、助けてくれたんじゃん。
迂闊に見つかった俺が悪いんだしさ」
俺は大丈夫だから、と何度か宥めてみたが、ドゥミ嬢の気は収まる様子が無い。
E:IDフォンからハンカチを取り出して涙を拭ってやる。
「私、何やってるんでしょう。
ずっと祐樹さんにご迷惑ばかりかけて。
恥をかかせたりっ!
危ない目にも合せてっ!」
「だから、大丈夫だって」
「大丈夫なんかじゃありません!
万が一あのまま連行されでもしたら、もうドゥミにもローゼにもどうしようもない状態になってしまったんです!」
「そ……そうなの?」
ローゼ姫なら牢屋から簡単に出せるとか思ってた……。
「なんにもわからない祐樹さんに行かせるなんて私、どうかしてますわっ!
こ、これでもし祐樹さんが、し、し……死んだりしたら、」
あ。
これは最後まで言わせないほうがいい。
〝最悪のケース〟って口に出すと一気に激情を促すんだ。女の子は特に。
亜利奈との経験上それを知っていた俺は、ドゥミ嬢の身体を包み、一度落ち着かせる事にした。
「ふぁっ!」
一瞬ドゥミ嬢はびくりとしたが、ちょっとしてから安心を求めて胴に顔を埋める。
あとは、ゆっくりと声をかけよう。
「……大丈夫。
お嬢様のおかげで帰って来れたから」
あー。
ちょっと恋人っぽいけど、今日は散々いろいろしてきたし今さらいいよね?
ドゥミ嬢は暫く嗚咽をしていたが、やがてゆっくりと息を吐いた。
よし、良さそうだ。
彼女を解放してやる。
「落ち着いた?」
「……はい。
本当に、ご迷惑ばかりお掛けして」
ドゥミ嬢はしゅんとして、こう言った。
「祐樹さん。
もうこの件から手を引いてください」
「え、俺やっぱりクビ!?」
「クビだなんてそんな!
できればずっと側に、じゃなくて、協力して頂きたいです!
でも、地下通路は結局思い過ごしでしたし、もしかしてイスキー侯爵は本当に潔白なんじゃないかと思えてきて」
「いいや」
俺は断言した。
「思い過ごしなんかじゃないぜ」
ドゥミ嬢が驚いた表情を見せる。
「怪しいんだよ。
あのシスター、俺が魔物を倒した直後に出てきて、難癖をつけはじめた」
「そんな、シスターを疑うなんて」
宗教観のギャップだろう。
聖職者が隠し事をするとは思わないらしい。だが……、
「俺にはどうにも、侵入者が死ぬのを期待してたようにしか見えない。
けど俺が警備システムを倒したもんだから、慌てて顔を出してそれ以上先に進ませないようにしたんじゃないか?
だとしたらこの屋敷、絶対何かある」
「……しかし!
だったらなおさら、祐樹さんを危険に晒すわけにはいきません!」
「お嬢様を残していけるわけないだろ!
――それに、騎士達と約束したんだ。
絶対守るって。
今クビにされたら、俺はあいつらに顔向けできない」
「…………」
ドゥミ嬢はまた困った顔で唸っていたが、少ししてこう言った。
「祐樹さんが、そう仰るなら。
もう少し助けて頂けますか?」
†
ドゥミ嬢と祐樹の去った地下通路。
肌寒い空気の中、一人残ったのはシスター・ニッカだけだ。
彼女は動かなくなった甲冑に目をやる。
「まさか、オートマタを倒すなんて」
と、ポツリと呟いた。
「〝オフ〟」
彼女が唱えると、通路のランプが一斉に輝きを失った。
そしてニッカは闇の中を慣れた様子で進み、ある扉を開いた。
我々の世界で言うなら4畳間ぐらいの狭い空間に、机、本棚がひしめき合い、そして試験管やビーカー、魔源が転がっていた。
奥に腰かける人物がいる。
「やあ、おかえり」
グレンだ。
ローゼの婚約者であり、イスキー侯爵の子息がこの狭い部屋で彼女を待っていた。
「ドゥミの情夫は死んだかい?」
「いいえ。生きてます。
彼はオートマタを倒しました」
「――嘘だろう?
兵士十人に匹敵するんだぞ」
「不思議な言語を使う、光るマジックアイテムを使用していました。
後で詳しく調べてみます」
「それより君には仕事があるだろう?」
「わかっています。
〝蟲〟の研究を最優先に……」
「そうじゃなくてさ」
グレンはつかつかとニッカに近づくと、強引に手繰り寄せ、その唇を奪った。
ニッカは「ん……っ」と声を漏らすが、やがてグレンの舌戯に身を任せる。
「僕に対する愛が最優先の仕事だ。
あいさつがわりにキスをする約束だろ?
……〝蟲〟はその次」
「はい、グレン様……その通りです。
でも一刻も早く〝蟲〟を完成させて」
身体を撫でるグレンの手に、ニッカは縋り付きながら、
「ローゼ姫を使い、貴方を英雄に――。
それが私の愛でございます……」
†
「♪ふんふふん~、ふんふふー」
厨房に居る亜利奈は上機嫌だった。
鶏を上手に捌き、一度熱湯に潜らせる。
その間にアスパラのような茎状の植物を別の鍋で茹でる。
「♪醤油もダシもないけれど!
工夫次第で美味しくできるっ!」
適当なリズムにそのまんまな歌詞を添えて、亜利奈はステップを踏みながら調理を続ける。
岩塩をハンマーで砕き、香料を加えて煮詰め、ソースを作る。少量の小麦粉でとろみをつけるのも忘れない。
厨房には亜利奈一人だった。
たった今屋敷の主達と客人の四人前の料理が出来上がり、他のメイド達は提供しに向かったからだ。
新人の亜利奈は厨房の片づけを言い渡され、その隙に料理を作っているのだ。
「♪ユウ君大好きまっててねー!
美味しいディナーを作ってあげる!」
「ちょ、ちょっと何やってるのあなた!」
早く戻って来たメイドが悲鳴を上げた。
「勝手に食材を使わないでうひぃっ!」
食事用のナイフが彼女の頬を掠めるように投擲され、壁にビンッ! と突き刺さる。
「ごめんなさーい。
手がすべっちゃいましたぁー」
うそぶいて亜利奈は調理を続けた。
「あのね、あなた!」
「止しなよ、あの子絶対オカシイ」
それでも抗議を辞めなかったメイドだったが、別のメイドが止めにかかった。
「先輩も気絶したまんま起きてこないし。
関わんないほうがいいよ」
ぜひそうしてくれ、メス豚共め。
私は今、お前たちの将来のご主人様に夕食を作ってさしあげてるのだから。
そう呟いて、亜利奈は鶏を解体。
とり皮の油でスープを、もも肉や胸肉でステーキをテキパキと作っていった。
そろそろトリスが血相変えて走ってくる頃かな?
ちょっとスピード上げないと。
そんな計算をしながら皿に盛りつける。
メインの鳥、添え物のおひたし。
ソースを垂らす……その前に。
最後の隠し味といえばこれだ。
「ユウ君っ!
好き好き大好きっ!
ア・イ・シ・テ・ルっ!
ちゅっ☆」
鳥に愛情をいっぱい込めて口づけし、改めてソースを垂らした。
その姿を見ていたメイド達が、いよいよ怯えた表情を見せた事に気付かない亜利奈では無かったが、そんなのどうでもよかった。
料理が出来上がったところで、トリスの登場だ。
「おいっ! お前達!
お客様向けの料理を今すぐ用意しろ!
無理は承知だが夫人が――、」
「はぁいっ! もうできてまーすっ!!」
「――はぁ?」
亜利奈の未来を予知したとしか思えない行動に、彼女以外の全員が呆気にとられてしまった。
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