終章 力なき正義

正義/1/正しき在り処

 神奈川県県大会決勝戦。

 去年全国大会を制したチーム・天継てんけいに対するは、今年初の県大会出場となったチーム・ゲットグローリー。

 互いに、三年が五人、二年が二人のチーム構成だ。

 本来、高天のチーム天継は次年度のために三年を三人と二年を四人にするのが伝統である。だがその伝統を破ったのが、全国大会への出場経験のある天王寺ステラであった。


「もう、世話がかかるんだかラ!」


 槍とは逆の手に旗を持ったジャンヌは、前線で戦うメンバーを支援する。


――スキル、応援。ランクSが発動しました。スキル使用者以外の攻撃、防御が上昇します。またスキル使用者含む味方全員の体力が大回復します。


 連続で何度も使用できないスキルではあるが、その効果はデメリットなしの支援スキルではかなり上位とも言える。


「くそっ……くそっ!!」


 そんな前線で苛立ちを募らせるのは、ゲットグローリーの大将だ。彼の相棒もマスターと同じ表情をしているが、二人とも苛立ちよりも焦りが大きいだろう。


「何なんだよお前は!」

「おらぁ逃げんなぁ!!」


 相手を追い詰めるのは、拳を固く握ったティエナクラストフだ。

 相手に向けて振るった拳は、大振りのせいか外れてしまうが、大地を大きく割る。


「お前は……お前はだったんじゃねぇのかよ!!」


 相手が狼狽えるのも無理はない。今まで後方で弓を引いていたティエナクラストフの急な前線への上昇。しかもそれはただただ真っ直ぐに進む猪突猛進。


「関係ねぇ!! 番狂わせが起きた方が楽しいだろうが!」


 番狂わせ? これが番狂わせだというのならば、 ゲットグローリーは『番狂わせ』という言葉を調べ直さなければならないだろう。


「全員体勢を立て直せ! こいつら絶対おかしい!!」


 番狂わせというものは、誰もが予想しないから番狂わせなのだ。

 それがどうだ。たった一人の暴走により、今は番が狂うどころかチーム天継に形勢は好転していたのだから。

 ティエナクラストフが前に出るまでは、互いのチームが作戦通りに知略を尽くした鬩ぎ合いだった。

 経験の差はあれど、それでも両チームは拮抗していた。いや、一時いっときだけはゲットグローリーが天継を押していた。作戦参謀の山成は爪を噛み後退を指示するほどに、それは確かな勝利への欠片だったのだ。


 勝てるかもしれない。


 ゲットグローリーの誰もの士気が上がったその刹那。暴風は吹き荒れたのだ。


――だりぃ。

  

 短いその一言が合図だった。

 後方で適格な支援をしていたティエナクラストフが弓を背にし前線へと上がったのだ。

 ゲットグローリーの誰もが、彼が囮だと思っていた。彼を囮に全員が後退するのだろう、と。

 しかし結果はどうだ。

 これを逃す手はないとゲットグローリーの副将が大剣で迎え撃とうとしたとき。


――うぜぇ。


 ティエナクラストフの表情は、激憤と言っても過言ではなかった。

 そして副将は認識を改める。『この男は、自分達が押されていることが気に入らず逆上した、無謀にも突進した愚か者』と。

 だがそれは。やはり。必然とも言えるくらいに。


 彼のただの妄想でしかなかったのだ。


 大剣を振り下ろした副将は、その妄想から勝利を確信した。

 しかしその一撃を止めたのは、今まで前線で戦っていた伊津のエマだったのだ。


――悪いね、うちの暴れん坊の面倒を見るのは俺のエマなんだ。


 後退しかけたその足を、作戦参謀の指示を無視してまで。

 ティエナクラストフの突進を確認した途端、踵を返した彼の相棒は鎖鎌での援護へと回った。

 大剣に巻き付く鎖と、前線で戦うが故の筋力で抑えられた副将は。

 『囮でも愚か者でもなかった』と認識を再度改めた上で。

 ティエナクラストフの拳での一撃で、呆気なく退場したのだ。


――次はテメェだ。


 後方で弓を引いていたたった一人の男が、主な攻撃方法ではない拳一つで。このをがらりと変えた。

 それだというのに、チーム天継の連携に乱れは見られない。

 いや、違う。

 連携は確かに乱れている。しかしそれはあくまでも相対する側から見た場合だ。

 彼らはこれを乱れなどと思っていないのだから。


「後退、後退するぞ!! 召集を使え!」


――スキル、召集。ランクAが発動しました。カルマ、ベローチェ、スレイブをネイロの近くに呼び出します。


 一人がスキルを使用したことで、ティエナクラストフの前からゲットグローリーの大将……カルマは姿を消したが。


「あっははー。ざーんねん、逃がさないよー」


――スキル、追撃。ランクAが発動しました。ターゲット全てが逃亡中と判断されました。距離に関係なく魔力依存攻撃が必中します。


 氷の槍が後退を始めた彼ら全員に襲いかかる。

 中里のスノウが相手の足を止めたのならば、その機を逃すべきではない。寺坂のティエナクラストフは攻撃が起きた箇所へと、全力で走り向かう。


「清文!!」


 そんな中、怒号にも似た勢いで寺坂は名前を呼ばれた。それと同時に彼の視界の隅に、エマが使用する鎖鎌の分銅部分が見えた。


「任せたぞ……おらぁ!!」


 その鎖をティエナクラストフは掴む。そしてそれをがっちりと自分の腕に巻き大きく一歩を踏み込み体を捻った。

 鈍く風が切れる音がすると、ティエナクラストフはその鎖を自分が向かう先へと振るっていた。

 適度な重りとなったエマを自身の視界へと捉えたティエナクラストフは、その鎖から手を離す。じゃらりじゃらりと重い音を立てながら、彼の腕から鎖が外れていく。

 ゲットグローリー全員が、その状況を知る由もない。

 彼らから見れば追撃のスキルでダメージを負った上で。


「何で、今度は!?」


 一旦後方へ下がったエマが再び現れたのだ。


「大将の首、俺が貰った!」



 伊津のその言葉と共に鎌を振り下ろす。


「こんなところでぇぇぇぇ!!」


 ゲットグローリーの仲間が大将を庇いながら弾いた。


「ひゅー、やるじゃん!」


 そう、ここは県大会決勝戦。この程度の展開ごとき、予期しないことが続いたからと、無様に負けるわけがない。


「逃げられないなら、攻め……!!」


 しかしゲットグローリーの大将は驚きのあまり言葉を切る。


「いっくヨー!」


 最後方。それも前年度の大会でも常に味方を援護し続けた天王寺ステラの相棒ジャンヌ。

 それがいつの間にか目の前で槍先を彼に向けていた。

 誰もが彼女の真価は味方の支援だと思っていた。思っていたのだ、今までは。

 それも仕方ないだろう。

 この県大会でも彼女は常に最後方だったのだ。

 それが何故。こんなときに限って。


「負けるかぁぁぁぁ!!」


 その答えを相手は知っている。

 これは決勝戦だ。県で最強を決める戦いだ。隠していたのならば、それを見抜けなかった自分達に非がある。だからまだ、この程度。驚きはすれ、諦める理由にはなりはしない。

 その気持ちに応える彼の相棒は、攻撃を弾き反撃の刃を振るおうとしたが。


「お前を倒して、俺達……が……」


 二度目……いや、寺坂を皮切りに彼は何度も言葉を失っている。


「何なんだよ、お前らは……」


 ここでゲットグローリーの大将は、はっきりと勝利を諦めた。


「ジャンヌに手は出させない」


 蛇腹剣の切っ先を向ける山成の相棒テトラ。


「させないって」


 二振りの短刀の切っ先を向ける中里の相棒スノウ。


「俺が大将をやるっての!」


 体勢を建て直し、再度鎌を振り上げた伊津の相棒エマ。



「テメェは俺がぶっ潰す!」


 至近距離で弓を引き絞る寺坂の相棒ティエナクラストフ。

 何故だ。このような状況を予想していたのか?

 このような危機を予想していたから、全員でかかってきたのか?

 では何故ジャンヌを、大将を前に出した?

 出さなければ、こうならなかったろう?

 馬鹿かこいつら。

 何故当たり前のように、全員が全員を……こんなにも信頼できるんだ?


「お前らさえいなければ、俺達が優勝だったのによ」


 それら全ての攻撃をいなせるわけがない。


「ちくしょう……」


 諦めの一言と共に。


「勝てよな、チーム天継」


 彼は勝利を彼女らに託した。


――カルマ、戦闘不能。よって、チーム・天継の勝利です。


 そして、神奈川県県大会はチーム・天継の勝利で幕を下ろした。

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