ボトムアップ・チルドレン

砂塚一口

プロローグ

 愛知県美浜町。豊田市や名古屋市なんかのモロに中京工業地帯から少し離れたところの、若狭湾を目にすることのできる潮風香る町。

 観光事業が発展しているせいか、愛知の中央ほど工場が乱立しているわけではない。若狭湾周辺は人が多いものの、観光地から少し離れた住宅街を少し抜けて、小さな工場がぽつぽつと見えるところまで行くと、途端に人気が少なくなる。

 日本の人口は着々と減っていることがほんのり分かるような、そんな寂れた郊外の車道脇をひとりの少年が歩いている。

「ここらへんのはずなんじゃが」

 目を見張るような白銀の髪と、日に焼けたことのないような白い肌。歩きながら目元の汗をぬぐったその手の下には、若狭湾の水よりも青く澄んだ碧眼が覗いている。

 ひと目でロシア人とわかる眉の薄さとはっきりした顔立ち。

 歳の頃は十代前半に見える少年が、子供に似つかわしくない口調でブツブツとつぶやいている。

 少年のそばでは時折自動車が通り過ぎていき、中央分離帯の送電ユニットからの無線電源を供給され、疲れを知らない無機質な一定速を保ちながら走っていった。

 少年は恨みがましく心無い箱を睨みつける。

「誰か乗っけていってくれんもんかの」

 自動運転のこの時代、子供だって一人で車に乗れるのに、少年はわざわざ人気のない歩道を歩いている。

 その光景は少し珍しく、時折通り過ぎる自動車の運転手たちが少年の姿を見て目を丸くした。少年はその事を敏感に感じ取ってしまっていたから、歩く手間よりも注目を浴びていることそのものにうんざりする。

「なんじゃ、見世物じゃないぞ」

 少年は不機嫌になりながらも歩くのを再開する。

 歩くのが嫌ならばカーシェアリングなりタクシーなり、足を用意する方法はいくらでもあるはずだ。そんなことは子供にだって思いつく。それなのに、少年はあえてそういった方法を取っていないようにも見えた。

 少年は潮風の匂いを嗅いで、少しだけ微笑む。

「いい天気じゃ」

 青く突き抜けるような晴れ空が広がっている。そういった景色は、たとえ時代が進んだって変わらない。


 2072年、夏。

 アメリカの高度AI《プロメテウス》が技術的特異点テクノロジカル・シンギュラリティを突破したのが2051年だから、人工知能の知的能力が人類を超えてから、もう二十年以上が経過していた。

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