68.春




接蝕コンタクト


 向かい合う【澱みの聖者クランクハイト】の両の手に青黒い靄──瘴気みたいなものが湧き出て来た。

 そのままゆっくりとあたしの元まで歩み寄って来る──おいおい、正気ですかい?


「…………」


 【病死びょうし】の【死因デスペア】を司る、おかしなマスクをつけた少年死神グリムの目はなかなか感情を窺わせない。

 が、少なくとも呑気してるワケではないと思う。戦闘に臨むに相応しいだけの緊張感は感じる。

 けど。

 あたしと。

 何の捻りもなく、接近戦ん?


「──嘗めんな、ヒョロガリ」


 全体重を一気に前方へとかける。

 地を這うような超前傾姿勢で──あたしは、駆け出した。



 蒼の轍を刻みながらに、あたしは刹那の間もなく【澱みの聖者クランクハイト】との距離を踏破する。


「な──」


向日葵ヒマワリ一輪いちりん!」


 渾身の一撃。

 ガードも間に合わず、まともに【澱みの聖者クランクハイト】は土手っ腹に蒼き大車輪を喰らった。


「げ、ああああぁぁぁあ"!?」


「逃すか」


 後方へとぶっ飛ぶ【澱みの聖者クランクハイト】──が、それは三速のあたしに取ってはあまりにスットロい。

 今にも触れあいそうな至近距離を保って、あたしは吹き飛ぶ標的に追走する。


「くそっ! 何が何だかわからん──はや、過ぎる」


「追撃のぉー! 君影草スズラン双輪そうりんっ!」


「ふぐぉっっっ!!」


 鈍い呻きを溢して床面に叩きつけられる【澱みの聖者クランクハイト】。

 察した通り、身のこなしは並以下だ。

 これだからインドアは。


「このまま、轢き潰す──!」


「…………空蝕エアロゾル


 そんな呟きと共に。

 いつの間にやら、【澱みの聖者クランクハイト】の手に白木の棒で作った大幣おおぬさ──祓串はらえぐしが握られていた。

 あたしが更なる追撃を加える、より。

 その手の内の神具を一振りする方が、流石に速かった。


「────っ!」


 瞬間。

 その神具の形をとった【死業デスグラシア】より、禍々しいケガレが一気に溢れ出して来る。

 あ、これ絶対ヤバいな。

 そう咄嗟に判断したあたしは瞬時に車輪を逆回転リバースする──バックしまーす、というやつだ。


「流石に、勘がいいね…………ゲホッ、えほ。あぁ、痛いなクソ。やっぱり慣れないことはするもんじゃない」


 黒い霞の中からそうぼやく【澱みの聖者クランクハイト】。それなりの痛打にはなったと思いたいが、みたところ既にあらかた回帰してしまったようだ。

 【病死びょうし】の【死因デスペア】、か。

 念には念を入れておくか。

 あたしは一旦自らの【死業デスグラシア】を解除、蒼い大車輪を消した。


「…………なんだ、聞いてたのか?」


「んにゃ、何となく。けどその様子だと間違ってないみたいだね」


 やはり【澱みの聖者コイツ】の【死因デスペア】はまさに病原菌のようなもの。

 触れたものはその時点で感染媒体となってしまう。

 素手で触れるなんてもってのほかだし、武器で攻撃したとしても安心できないというワケだ。

 なので、【病死びょうし】の【死因デスペア】に侵された可能性のあるあたしの【黙示録の駆り手ペイルライダー】も、一旦解除して消しといたってわけ。


「予想は立ててたけど…………とんだ近接殺しだねー。剣呑剣呑」


「剣呑なのはそっちだろ。目にも映らない速度で駆け回ってくれてさ…………ったく。殴りっこなんて性に合ってないんだってのに」


「いや、近接戦誘ってきたのあんたでしょうに…………なんか罠でもあんのかなと思ったら普通に凹せてビックリした。ひょっとして、あれなの? アホなの?」


「うるさいな。自分から待ち構えておきながら開幕早々に引き撃ちしてたら流石にダサいだろ…………」


「バカ正直に真向勝負挑んであっさりシバかれるのも大概ダサいと思うけどね」


「その言葉は心して受け止めた上で──勝負はここからだ、【駆り手ライダー】」


 【死業デスグラシア】を振るうと、その度に黒きケガレが周囲に撒き散らされる──その穢は次第に戦場を包まんと溢れ出してゆく。


「うっわ。マジで近づけないじゃん──って、おいおいマズいな忘れてた」


「たったたたったたたたたった助けてけけてけおーーたーーすーーけーー!! ぎにゃーーーーッッッ!!」


 汚ぇ悲鳴を上げて泣き喚くのは、そういえば一緒に連れて来ていたろくでなし灰祓アルバ──儁亦すぐまた 傴品うしなだ。

 あたしと違って今にも穢に追いつかれて呑み込まれそうな感じ。

 …………しゃーない。

 連れてきておいて見殺しは流石に寝覚めが悪すぎる。


「ほら、ボケーッとしてんなっての!」


「ふぐぉえっ! だだっだだから首根っこ掴まにゃいで締まる絞まる首が」


 そのまま傴品うしなを引き摺りながらに一旦距離を置き、【澱みの聖者クランクハイト】の様子を伺う。

 祓串はらえぐしから放たれる穢はどうやら一旦放出を止めていた──一定量しか出せないのか? や、出した側から雲散していっていっているのかもしれない。一定距離、或いは一定時間で消えるとかかな。

 何にせよ、無限に湧き出てくるとかだったら流石に打つ手がなかったので限度があって何よりだった。


「さて、手詰まりかな──お互いに。僕は君の速さには追いつけないし、君は僕に近づけない」


「かもね」


「そ、そーでしたかー。ではこれは無益な闘いということでここでお開きに──キュっ」


 襟を締め上げた。

 黙ってなさいな。


「でも、ここが底だなんて事は無いでしょうよ──お互いに、ね」


「まったくだ」


 そう言った【澱みの聖者クランクハイト】の周囲に煙る黒霧から、人影があらわれた。


「げ。またアレか」


 例の屍者達がまたぞろ歩いてくる。


「けど、それじゃ碌な足止めにもならないってわかってる筈──」


 と、次の瞬間。

 屍者達は──


「はあ!?」


「ゲーーーーっ!?」


 屍者達は常人では及びもつかない速度で疾走し、あたし達へと襲いかかってきた!


「アダ、アッ、アダシノ、アタジノォオオオ! ヴィッットトトオオオン!」


「スッススイススイスイスイイススススィカアアアアァァァァ! ワリリリリリリリン!」


 なにやらわからん事を喚きながらに滅茶苦茶に両腕を振り回して屍者達はあたし達を狙う。


「走った上に喋った!」


「バ、バタリアーン!」


 傴品うしなはまたアホな事を言ってる。無視。

 一先ず傴品うしなの前に出て、向かってきた屍者二体を迎え撃つ。


「死神走法──君影草スズラン双輪そうりん!」


「フルラ!」


「パフェ!」


 片方の上半身は粉砕し、もう片方は左半身を吹っ飛ばした。

 …………断末魔まで意味不明なんだが。世紀末かよ。

 ええい気にするまい。


「うわわわわわぁ! 来てます来てます黒いのがあ!」


「うげ!」


 屍者達の相手をしているうちに、【澱みの聖者クランクハイト】がケガレを操りあたし達へと差し向けて来ている。


「あーもう、離れるよ──」


「うわっちょおーーー! バタリアンも来てますって! 多い!」


「っ、クソ!」


 真っ黒なケガレの中に潜んでたのか! 何体作り出せんのよコイツら! 今まで使わなかったことを考えたら無制限じゃない筈だけど──


「ジャガバタアア"ア"ア"ア"ッ!」


「サビキツリイィィイ!」


「うるさいってのおおおお! 花蘇芳ハナズオウ四輪よんりんッ!」


 四方から飛びかかってくる屍者達を迎撃してぶちのめす。

 が、ケガレはもはや目前まで迫って来ていた。


「ヤっ、バ…………」


 もちろん逃れる事は容易い──あたしだけなら。

 傴品うしなをひっ捕まえてからだと、ギリ遅れる──


「ああもうっ──生装リヴァース転装、【不昊フソラ】! 【冥月みょうげつなまめぼし】!」


 瞬間。あたし達を包むように黒ずんだ障壁が展開される。

 その壁はギリギリまで迫って来ていたケガレを押し戻し、霧消させたのである。

 即座にあたしは傴品うしなと共に加速。その場から逃れた。そして──一旦【澱みの聖者クランクハイト】の視界から脱出する。


「は、はひぃ…………なんとかなったぁ。ね、ねぇ、やっぱ逃げましょうよう。あの瞬足ブギーマン達を相手しながら黒い霧にも巻かれずに本体を倒す、なんて現実的じゃないです──え、ちょっと待ってください何ですかそのワッルい笑顔は寒気するんですけど」


 そう。

 今の傴品コイツの技を見て、ちょっと見直した。

 うん。

 コイツ使えるわ。






▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇

◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣◇▣






「逃げる──ワケはないか。あの【駆り手ライダー】が。さしずめあの足手まといを避難させにいったってとこだろうな…………」


 【澱みの聖者クランクハイト】がそう独り言ちていると、すぐに待ち人から声がかけられた。


「ふっ…………すぐにそうやって人間を侮るのはあんたらの悪いとこだね」


 【駆り手ライダー】は不敵な声色でそう告げながら歩み寄ってくる。


「…………! それは!」


 その姿を見て、【澱みの聖者クランクハイト】は瞠目せざるをえなかった。


「ふっ…………さあ見せてやりなさい傴品うしな! あんたの実力ってもんをねっ!」


「…………そこな死神グリムさん、一つ言いたいことがあります」


 現れた傴品うしなのその姿は。


 姿は。











 ミヤコに羽交い締めにされた上でロープでグルグル巻きにされ両者密着した体勢で盾にされていた。




「さあ! どっからでもかかってきなさい、【澱みの聖者クランクハイト】!!」


「た、た、たぁすけてええええええええええエエエ"エ"エ"エ"ァ!!!!」


「ゴメン無理」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る