寒苦鳥と轍魚──②




 改めて、だ。

 私の方から話を始めさせてもらおうと思う。

 数週間前、私が水火みかの指示によりあのホルマリン漬けの刑から解放された後、当分のお目付け役として任命されたのが彼女だったということらしいのだが。


「いやあ、ドラえもんは何度読み返しても面白いですねえ」


「清々しいまでにサボタージュかましてるね君」


 初夏の昼下がり。場所は都内の古本屋。

 今日の彼女の仕事は私を連れての哨戒任務パトロールだった筈なのだが、現在の彼女は心置きなく名作漫画の鑑賞にふけっている。


「車椅子に乗った同伴者を放置してよくもまあそんなマネができるものだと私は結構感心しているよ。周りの白い目線が気にならないのかな」


「顔も名前も知らない人達の視線を気にしてちゃ自分らしく生きることなんてできませんよっ」


「成程。白昼堂々仕事サボって漫画読んでるのが君らしさなわけかい、傴品うしな


「………………」


 あ、シカトしたなこの子。

 ――じゃ、そろそろ自己紹介といこう。

 私は死神グリム。コードは【灰被りシンデレラ】。

 神話級ミソロジークラスと謳われる死神グリムの一柱であり、『はじまりの死神』なんていうセンスのない枠組みで括られたりしている。

 ざっと百年ぐらいの間は【鳳凰機関】の連中にとっ捕まってあんな事やこんな事をされてしまっていた。

 もうお嫁にいけない。

 よよよ。

 が。

 つい先日、何の事情あってか解放されて――まあ十中八九【醜母グリムヒルド】が本格的に動き出したってとこだろうが――今はこうして連中にこき遣われている。

 この目前でサボタージュをキメ込んでいる紅緋色の髪の少女、儁亦すぐまた 傴品うしなをお目付け役として、馬車馬のように働かされているというワケだ。

 何とも世知辛いことではないか。

 私が今乗っている車椅子だって、その実態は私の力を極限にまで抑え込む拘束具である。

 灰祓アルバの連中が拘束を緩めない限り文字通りに私は手も足も出ないし、その気になればスイッチ一つで即座に私の首は吹っ飛ぶことだろう。

 用心深い事だ。


「やっぱり発想からしてスケールが違いますよねー。ひみつ道具一つでもそれをテーマにして一作品創れそうなものばっかりですもん。それを短い一話一話で豊潤に使い捨てまくるんですから面白くならないワケがないですもんねー」


 いや。

 こんなのをお目付け役にする辺りやっぱり迂闊かもしれなかった。


「よく知らないけど、そろそろ切り上げた方がいいんじゃないのかい? もう小一時間はここにいるけれど」


「もうちょっとぐらいなら大丈夫ですよ~。どうせ仕事の報告はレポート一枚書けば終わりですし」


「大丈夫じゃないのでは? レポートに『サボって漫画立ち読みしてました』って書くわけにもいかないだろう」


「安心してください。アタシ感想文とかレポートとかをでっち上げるのが特技ですから」


「どうしたって前向きな方向には役立たなそうな特技だね…………」


 どんな人間性ならそれを特技と自認するに至るんだ。


「あー、しかしあれだ。例の専用の無線機があったろう。確かあれで現在位置がわかるんじゃなかったかい?」


 いやはや私が閉じ込められていた百年もの間に劇的に社会は変わったものだ。まさしく日進月歩、とっくのとうに月に到達していると聞いた時にはリアクションに困ったものである。

 浦島太郎だって自分が年食っただけなんだからここまで驚きはしなかったろう。

 しかし世の中は融通の利かぬもの、便利になるのと同じぐらいに不自由な世の中にもなったようで、今では誰もが無線機を持ち歩き、常に詳細なスケジュールを把握される恐るべき監視社会になったというのだ。

 彼女のような人種にはさぞかし生きづらいのでは、と思わざるを得ないが…………


「いやいや便利な世の中になったからこそ、その便利さが更なる抜け道を与えてくれるのですよ…………うひゃっひ」


 どこか粘着質な笑みを零す傴品うしな

 本当に、整った風貌を台無しにして尚余りある残念な表情だった。


「ここだけの話、アタシの端末――【AReTアレット】は飼い猫の五郎左衛門ごろうざえもんに渡してましてね。あの子は毎日散歩で決まったルートを通ってくれまして、そのルートをそのままパトロールルートとして報告しているのです。おおっとみなまで言わないでください端末無しで通常連絡をどうするかというんでしょう? ちゃーんと私物のスマフォと連携してあるので通常の連絡ならスマフォで十分なのです。もし連絡があっても適当な(虚偽)報告は予め何パターンも用意してありますしね! どうですかこの周到さ! 無欠にして盤石でしょう!!」


「うん。迸る残念さが留まる事を知らないね」


 何でそうたかがサボタージュに輝くばかりの悪知恵を働かせるかな。

 その多大なる熱意と労力を何故まともな事柄に費やせないんだ、ホント。

 諸々の基礎スペックはそれなりに高いと思うんだがなあ。

 才能の墓場で生まれてそのままそこで生活してる感じの才能の無駄遣いだ。

 と、そこで。

 何やら素っ頓狂なメロディが流れ始める。

 傴品うしなのすまほとやらからだ。


「ん…………おやおや、むすびちゃんからですね。自分が忙しい筈なのにわざわざ連絡してくるなんて、心配性だなあ」


「その心配はものの見事に的中してるみたいだけどね」


 私のツッコミなど馬耳東風なようで、悠々と傴品うしなは着信に応える。


「はいもしもし儁亦すぐまたです。何ですかぁ? むすびちゃん」


『何でも何もないわよ、ちゃんと真面目にやってるかって確認』


「うぇへへへへへ、そりゃもうもちろんですよぅ。ちゃんと仕事してますって」


『…………あんたの「仕事してます」は「どこからでも切れます」より「全米が泣いた」より「全部秘書が勝手にやりました」より信用ならないのよ』


「酷いこと言いますねぇ。ちゃあんと真面目に仕ご『本を売るならブーックオフ!!』


「………………」


『………………』


 …………店内放送が大音量で響き渡った。

 あゝ無情。


「………………あ、や、そにょ」


傴品うしな


 電話相手のその声は。

 離れた位置の私にも届く、重低音で響いた。


覚えてろ・・・・


「…………………………、はひっ」


 プツリ。

 通話が切れた。

 彼女たちの友情まで切れていないことを願うばかりだ。


「…………外、出ましょうか」


「うん、それがいい」


 氷のような無表情の傴品うしなが私の車椅子を押し、ようやく店の外へ出た。


「…………何か、飲みます?」


「気持ちだけ受け取っておくよ。このなりだと水分補給にも一苦労なのでね」


「そうですか」


 そして傴品うしなは自販機に硬貨を投入。いかにも甘ったるそうなつめた~いココアラテを購入し、それを一気飲みした。

 ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ、ゴキュ。と、喉が鳴り。


「ぶっっはーー」


 と、大きく息を吐く。

 そして、大都会の狭い青空を見上げ、しばらく眺める。


「………………」


「………………」


 数秒か数分か、ともかく暫く経ったその後、傴品うしなはパン! と自らの両頬を叩く。

 そして私へと向き直り、笑顔で言った。





「んじゃ、次はカラオケにでもいきますか」





「ちっっっとも懲りてない!!」


 何て事いうんだろうね、この子は。

 我ながららしくもなく大声出してツッコんじゃったじゃないか。


「いやぁ、ホラ。これでもうどうあがいても定時後にむすびちゃんに叱られるのは確定なワケでですね。どうせ叱られるならその叱られるまでの間は真面目にやったって意味ないじゃないですか。ならそれまでは精一杯遊んで英気を養おうといいますか」


「だからだからだからなんでなんでなんでそう残念な方向に思いきりがいいんだってば君は」


 何としてでも自堕落に生きようとしてるな。

 なんなんだそのひたむきに不真面目であろうとする情熱は。


「まあまあ、どうせ【灰被りシンデレラ】さんもただの散歩なんて退屈でしょう?」


「や、別にそうでもないが。むしろ散歩を楽しみたいと思っているが」


「いえいえご安心を。このアタシがその辺をプラつくよりも楽しい時間の潰し方を伝授して差し上げます」


「どのみちこの車椅子こうそくぐがあってはまともに身動きは出来ないんだけどね」


 つまりは為す術無くこの少女にされるがままというワケだ。

 改めて我が身を儚みながら、私は無抵抗に傴品うしなに押されて何処ぞへと連れ去られるのであった…………






◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎

◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉◎◉






「カラオケもいいですけど個人的にもうちょい大々的に身体動かしたかったんでボーリングにしときましたぁ。うぇーい」


「ん。まあもう私は何も言わないさ。言わないともさ」


 いいやもう。諦めよう。

 成す術もなくボーリング場とやらまで連れていかれた私は、専用の上履きを借りにいく傴品うしなの背中を眺めながらに諦観に満ちた溜め息をつく。

 …………この子の相方という役割を押しつけられたと思しきあの金髪少女にそろそろ本気の同情を抱いてきた。

 そんな時である。


「ぼーりんぐっ、ぼーりんぐっ、ぼーりんぐっぐー♪」


「ほらルイ様、手を離さないで下さいね」


「さーせーん。大人二人と子供一人で…………おん?」


 傴品うしなに続いて受付へ並ぶ客が現れた。

 傴品うしなと同じ年頃の男女二人と。

 残る、一人は――


「……………………」


「……………………」


 白黒の奇怪な髪色をした、幼い少女。

 隣の少年少女と両の手を繋いでいる。


「あれ、傴品うしなちゃん?」


「はわっっっ! は、あ、な、あ――あ、あぁあなた達でしたか。あーびっくりした。むすびちゃんかと思った。奇遇ですねえ。えーっと、えー…………太白神たいはくしんさんの腰ぎ…………じゃなく太鼓…………でもなく、ええぇー…………っと…………」


 腰巾着とか太鼓持ちとか言おうとしやがったなこの子。面と向かって。相手はスネ夫君じゃないんだぞ。


「えっと…………両木もろぎ より、ですが」


「俺は楽目らくめ おどろね。念の為」


「あっ、あーーーっはいはいはい。それだ。それさんでした」


 それ呼ばわりするんじゃない。他人の名前を。

 …………記憶力はそこまで悪いというワケでもない(かといって特別良くもない)筈だが、どうもこの子は他人の顔と名前を覚えるのが苦手な節がある。

 あまり関心がないのだろう。

 人間に。

 …………とか言ったら何やら孤高の人っぽい雰囲気が出てしまうが、言わずもがな人間社会においてはただの欠陥である。端的に言って碌でなしだ。


「――で、そちらの女の子は…………」


 そんな傴品ろくでなしは知り合いらしきその二人、両木もろぎ少女と楽目らくめ少年の間でそれぞれと手を繋いでいる白黒髪の幼女に目を向けた。


「ふむふむ…………あー、そういう…………」


 二人と幼女を代わる代わるに眺めながら、しきりにわかった風な顔で頷く傴品うしな

 あっ、これはまた碌でもない事を言うぞ。


「若気の至りというやつですか。避妊しないとはお盛んですねぇお二人とも」


「「違う」」


 真顔で否定された。

 そりゃそうだ。

 公衆の面前で何を言い出すのだろうこの子。


「ああ大丈夫です。他言はしませんから。もちろん学園にも…………」


「いやいやいや、お嬢様の親戚の子です。お嬢様は今日所用がありまして私達が預かっているというだけで」


「てか年齢的にないでしょ、普通に考えて」


「え、でもその子四、五歳ぐらいでしょう? ギリギリイケる感じじゃないです? 小学生の妊娠って割とあるらしいですよ」


「知りたくないですからそんな酷な現実」


 はああああ、と、溜め息が今度は三つに増えた。

 そんな私達を気にも留めず、ぬけぬけと傴品うしなは私を二人の少年少女へと紹介した。


「あ、アタシの方も紹介しておきますね。アタシの従妹のカイちゃんって言います。ご覧の通り身体が不自由で車椅子生活をしながら都会に長年憧れていたんです。そしてついに最近念願の東京に来たばっかりのおのぼりさんでしてね、色んなものを見たいってきかないものですからアタシがこうして色々と案内している次第です」


「どーもこんにちは」


 だから普段あんなにどもりまくり噛みまくりの挙動不審なのにどうして噓を吐く時はそう滑らかに次から次へと言葉が口から滑り出してくるんだって君は。


「…………で、カイちゃん」


「何だい傴品うしな


「何で年端もいかない女の子とメンチきりあってんの…………?」


「……………………」


「……………………」


 そう。

 私、【灰被りシンデレラ】と目前のルイと呼ばれていた幼女は、さっきからずっと静かに睨み合っていたのだった。


「えっと、知り合い、とかじゃないよね…………?」


「まさか、初対面に決まってるだろう」


「ですよねー」


 そこまで言うと傴品うしな達はまた別の話題に移る――しかしながら私達二人は、依然として互いに互いを射殺さんばかりに見据え合っていた。


 初対面。


 全くもってその通り。


 初めてお目にかかるとも。








 こんなにも恐ろしく、悍しい存在モノには。








 ――そんな事を、私達は互いに思い合っていたに違いなかった。



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