連れの彼女は高級食材

今井舞馬

第1話 出会い

第一章 旅路

出会い

 

 ・・・俺たちは喰われるために生まれてきたわけではないっ。

 

そう叫んだのはどこぞのエルフだったか。耳を劈く悲痛な叫びを、確かに俺はどこかで聞いた。しかし何故だろう、全く持って思いだせない。


 うーむ……、いや……、思いだす必要なんてないか……。

 

 やつらは所詮、ただの人間の食糧でしかないのだから……。



 


 ここは帝国の北部に位置する地方都市カラトス。南に広がる平原と、北の森林に挟まれる形で存在している。

畜産を主とするこの町では過疎化が進み、閑散としたもの悲しい雰囲気が町全体を包んでいる。

俺はそんな静かな街の酒場で一人、酒を飲んでいた。

昼間は見ているだけでもセンチメンタルになるほど寂れた酒場だが、夜になるといくらか賑わいを取り戻す。

陽の昇っている昼間よりもなぜだかほっこりと暖かい空気で満ち、次第に明るい笑い声が灯っていく。

俺がこの街に来たての頃は、殺伐とした空気を好んで気取っていたが今は逆だ。人肌がすっかり恋しくなってしまった。

俺は昔から人付き合いが苦手だったから、今も、仕事では割とストレスが溜まる。

最近ではそのストレスも、すっかり酒で流し込むことが癖になってしまったが。

チリリン、と鈴が鳴って古びたドアが開くと、大柄な男がぬうっと姿を現した。縦横に伸びた幅広いその体躯は圧倒的な重量感を誇っている。

彼の名はアイン。見ため通りの豪放な性格で、どんな話題を振られても、最終的には豪快に笑い飛ばしてしまうような、そんな男だ。

アインは酒場の隅に座る俺を見付けると、ドカドカと歩み寄り、テーブル越しの椅子に腰掛けた。彼が座った衝撃で、テーブルの上の料理がもれなく垂直にジャンプする。

「お前、今椅子メギョッていったぞ、大丈夫なのか?それ」

俺が呆れ半分、心配半分でアインに問うと、

「バカ野郎、酒場の椅子はそんなにヤワじゃねぇ」

と、アインはあごひげをジョリジョリと擦りながら笑みを浮かべた。

それから少しばかり世間話をしていたが、話は、俺が過去に何をしていたか、ということに移った。

 俺は凄惨な自らの過去を他人に打ち明けることを躊躇ったが、アインがもったい付けずに早く喋れとせかすので、俺は仕方なく己の過去について語り出した。

「あれは今から十年も前のことだ……」

俺は酔った勢いもあいまって饒舌に口を動かし始める。

本当は誰にも明かせないような過去なのだが、アインにならば話してしまっても良い、何故だかそんな気がした。



俺の生まれ育った村は、森の北西にある小さな貧しい集落だった。

 若者から中年の世代はもれなく都市部に流出し、村に残されたのは、ろくに動けない老人と、俺ただ一人。つまり、働き手はほぼ俺だけだ。

 母は死に、父は幼い妹を連れてどこかに行ってしまった。

 だか、それでも俺は、村を守るため必死で森中を駆けまわり、国からの配給も合わせて何とか食糧を確保していた。

 しかし、それでも次第に供給は追い着かなくなり、需要もそれに呼応するように、ポツリ、またポツリと、飢えて死ぬ者が現れた。

 そして、帝国はついに、死にかけのこの村を見捨てた。

何の特産物もなく、経済効果も期待できないこの村に、国は肉を撒き続ける理由はないと判断したのだ。

だから俺は、この村の危機を何とかしようと禁断の狩りに手を出した。


俺はあの日、いつものように狩りに出かけた。あれはよく晴れた日の朝だった。空気は清涼に澄み渡り、小鳥はチキチキと朝の音楽を奏でていた。

二十分ほど、あちこちに仕掛けた罠の状態をチェックしつつ、村周辺の森を探索していると、針葉樹の合間を縫うようにして二匹のエルフが現れた。

こんな所に珍しいと少し驚きつつ様子をうかがっていると、何かにおびえているのか、二匹で肩を寄せ合うようにして歩いているのが見て取れた。


周囲を警戒しているようだが何かあったのだろうか? 俺は考えた。

国営のハンターに追われている? いや違う。前回、大規模な猟が行われてからそう日は経っていないし、緊急猟の情報もない。大丈夫なはずだ。

密猟者の立場からすれば、少々危険な香りもしたが、何にせよ、こんな大物を放っておくほど俺をバカではない。

天然物のエルフは大きな金になる。

俺は、父から受け継いだ古ぼけた弓に手を掛けた。弦を引く手に力を入れるたび、ギィギィと苦しげに音を立てる。大物を前にした緊張からか、ターゲットに向けた矢先がプルプルと震える。

目視でのエルフとの距離はおおよそ20m。大丈夫、外す距離じゃない。

ひょう、と音がして矢が弓から飛び立った。モミの木の幹をわずかにかすめて、矢は雄の脳天に突き刺さった。雄はその場で2,3歩ふらふらとよろめくと、雌の体をなぞるようにずるずると地面に崩れ落ちた。

エルフの雌はたおやかな金髪を乱しながら、雄のもとへへたり込んだ。

やがて雄も俺の矢の前に倒れた。二人の血は混ざり合って流れ、大地を潤した。

俺はその高価な肉塊のもとに駆け寄ると、首元を裂いてすぐに血抜きを始めた。肉を部位ごとにおろすと、可能な限りリュックに詰め、残りはここで頂くことにした。

火を起こし、肉を炙ると、野性味あふれる濃い匂いが辺りを包んだ。

パチパチと肉が音を立てて肉汁を垂らしている。

ドクン、と俺の脳の奥から原始的な衝動が沸き起こった。

程よく焦げ目の吐いた肉塊に俺はむしゃぶりつく。

成熟したエルフのもも肉は身がギュッと引き締まり、コクのあるうまみがたっぷりと蓄えられている。

歯を押し上げるようなしっかりとした噛みごたえと共に、肉の奥から奥から止めどなく味があふれてくる。

まるで、既に味付けされてあるかのような濃厚な味わいで、そこらの動物の肉とは格が違う至高のテイストだった。

エルフの肉を食べた後は、生命力が満ち溢れてくるような不思議な感覚が体を巡っていく。

この「生きている」という実感に俺は思わず身震いをした。

腹が満ち、すっかり気が緩み切った様子でしばらく呆けていると、後方からふいに物音がした。ピリピリとした敵意が俺に向けられている。

「誰だ!」

声を張り上げて威嚇しながら後方を振り返り、同時に弓を構える。

密猟監視官だろうか?もしそうならば、捕まれば死刑は免れない。だが、屈強な監視官相手に力で圧倒できるとは思えない。

聞こえた足音は一人。なら二人組で行動する監視官はもう一人がどこかに隠れているに違いない。

まずいまずい。抵抗すればあちらは即、命を奪いに来るはずだ。

いっそシラを切るか。一応死体の処理は済ませてあるから、何とかごまかせるかもしれない。飛び散った血もシカ狩りの現場だとか何とか言えば案外信じてもらえるかも。

俺はすぐに役作りに取り掛かった。「森でのんびりシカを狩っていたら、エルフ狩りに間違われてワォ!災難」な猟師役を。

心臓が高鳴る。そして一瞬間をおいて姿を現したのは、エルフの少女だった。








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