恋(短編集)
膤古-yukiko-
ひまわり
「ねえ」
栗毛色の、癖のある長い髪を二つに束ねた少女が、僕の手を引いた。
小学1年生の夏休み。
幼馴染の僕達は、小学校の裏山に毎日2人で行っていた。
昼間は蝉、夜は蛙の大合唱が繰り広げられる中、大きな木の下で遊んでいた。
「わたしね、あした…いなくなるんだ」
いつもの場所で、いつも通り2人で遊んでいたとき、それは彼女の口から唐突に告げられた。
「ひっこすってこと…?」
…まだよく伝わらない僕がそう聞くと、彼女が少し黙ったあと、返事を返さずに続けた。
「ごめん…いいたくなかったの…でも、いわなきゃダメって、おもって……ずっと…」
レモン色のワンピースの裾を握り締め、彼女は俯いた。
いつも眩しいほどの笑顔を向け、髪の色と、よく着ているワンピースの色から、向日葵のような子だったと記憶している。
「すごく、すごくとおいところなの…こわいの……」
その時の彼女はいつもとは真逆で、悲しく俯いていた。
夏の日照りと蝉の大合唱
はっきりと彩られた風景
賑やかな日々
待ちに待った夏休み
2人だけのヒミツの場所
お互いに涙が溢れた場所
「…でもね?」
キラキラ輝かしい
毎日
景色
日の光
彼女の姿
「すぐ、かえってこれるの。」
君が一番好きだと言った季節
「だから、わらっておむかえしてね!」
君が特に眩しい季節
「……わかった。ぼく、まってるね!」
涙を拭って、君の手を握る。
汗ばんだその手は、小刻みに震えていた。
「ありがとう」
━━次の日の昼、僕の家に彼女の両親が来た。
君は居なかった。
僕は「きのう聞いたからいい。」と言って、そのままお昼ご飯を食べに戻った。
後ろが妙に静かになったあと、彼女の母親が泣き崩れたらしい。
そのまま騒がしくなったけど、すぐ帰ってくるのに大袈裟にお別れをするのだな、と思ってドアを閉めた。
食べ終わって後片付けをしていると、話しが終わった両親が僕をじっと見つめているので
「どうしたの?」と聞くと
「あ………あの子ね?あなたの笑顔が眩しくて大好きなんですって。だから、あなたと居れてよかったって言ってたみたいよ?」
と言って、照れる僕を見ながら力なく微笑んだ。
「かえってきたときに、そっちのほうがまぶしいよ!!っていってやろう。おむかえのやくそくもしたしね!」
昨日、彼女から直接そう聞いた僕としては、それを両親に言うべきか迷ったが、彼女が帰ってきた時まで黙っていようと思い、そのまま知らん顔をして過ごした。
一週間後、彼女は本当にすぐに帰ってきた。
それは20年経った今でも、此処に帰ってくる度、鮮明に思い出せる。
「今年も暑いな…」
あの場所で、そう呟いた。
自分達や景色、環境は変われど、四季は変わることはない。
けたたましい蝉の声
容赦なく射す日射し
そして
「なんで…来るんだろうな…」
続ける言葉が自然と震える
君が笑った季節
「そっちのほうが眩しすぎだろ…?」
君が泣いた季節
「無ければよかったのに」
君が居なくなった季節
「来なければいいのに」
君を2度、見送った季節
「嫌いだ」
君を思い出す季節
「こんな季節……」
強い日差しで彩られる風景
青空を覆う入道雲
映らない君の姿
思い出の中、輝いていた君の面影
僕達が一緒に泣いた季節
「なんで……」
君が、四季で一番好きだと言った季節
大きな木の根元には、供えた向日葵と、彼女の名前が掘られた墓石が無感情に存在している
「夏なんてなくなればいいのに」
僕が一番嫌いな季節
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