第10話 女騎士は踊らない
女騎士であると同時に、貴族のご令嬢であるアレイン。
多くの貴族の子女がそうであるように、彼女もまた社交界の人である。
今日もまた、王族・貴族が集うパーティに彼女は出向く。
「けど、なんで僕まで一緒についてこなくちゃいけないんでしょう」
「なにを言っているんだトット。主人と従士は人馬のようなもの。戦場でも日常でも一緒にいるのが世の理だろう」
「ここは戦場でも日常でもなく舞踏会だと思うのですが」
「さぁ、お前に似合うだろうと買ってきた仮面をつけてやろう」
ここは貴族主催の仮面舞踏会。
どこで買ったか、口の細長い男のお面をトットにつけると、アレインはくすりくすりと頬を膨らませる。
主人のしょうもない悪戯。
はぁと、トットは溜息を吐いた。
と、その女騎士に、近づく影が一つ。
「お取り込みのところ失礼。美しいお嬢さん、どうだろう、一曲私と踊ってはいただけないかな?」
スタンダードな目元だけを隠すマスクをつけたその男。
灰色の長髪を揺らしてじっと女騎士を見つめる彼。
瞳の奥に情熱的な感情が薫っていた。
どうやらなかなか本気のお誘いらしい。
「やったじゃないですか、アレインさま!! 二年と三ヶ月ぶりに声をかけてもらいましたよ!!」
「……へ、あ、うん」
お嬢さん、という敬称がそろそろ怪しい年頃のアレイン。
ここのところは舞踏会に参加しても、食って飲んでして帰ることが多かった。
これぞまさしく僥倖。
これだけひどい目にあわされても、根っこは純情な少年従士は、女騎士へのお誘いをまるで自分のことのように喜んだ。
声をかけてきたということは、少なからず脈はあるということ。
チャンスですよ。
そう女騎士の耳元でそっと呟くトット。
彼は心の底から、アレインの婚期について心配していたのだ。故に、そんな言葉を即座に主人の耳へと入れた。
しかし。
なんといっても女騎士アレインである。
彼女は貴族の手を取るかと見せかけ――。
「くっ、殺せ!!」
その場で唐突に膝を折った。
踊りませんかと差し出された手を、取るとみせかけての、くっころ。
男も、トットも、いつの間にか見ていた周りの人々も、一斉に目を剥いた。
いやいや、アンタ、なにやってるんだ、と。
「ちょっとアレインさま!?」
「いやその、最近踊っていなかったからその、ステップに自信が。あて、あてて、やだ、いきなりこむらが、私の右足のこむらがかえって、いたたた」
「なに仮病使ってるんですか!! まったくこむらがかえるような素振りなかったじゃないですか!!」
「あー、死んだわ、私の足のこむらちゃんが死んだわ。死んでしまったわ」
そういって、驚くほどすばやい動きでアレインは部屋を出て行った。
ふとトットは思い出した。
前にアレインがダンスに誘われたときのことだ。
彼女、そのときも久しぶりだとかなんだとか言って、そりゃもう酷いブレイクダンスを舞踏会にいらした皆様に披露したのを。
まさしくあれは会場を
物理的にも、空気的にも。
「……アレインさま。もしや、踊りをお忘れに」
この女騎士、ダンスの
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