12話 歌声が届いて①

 食材を切って準備をしている間に、ゲストが次々に到着し始めていた。ギタリスト、ベーシスト、キーボーディストといった音楽関係の方々に、トレーニングを教えるトレーナーの方々。お酒を配りながら、皆さんに挨拶をしていると、龍介さんがわたしを呼んだ。


「綾乃ちゃん、ちょっと」


「はい」


 龍介さんの傍に行くと、そこにはくしゃっと崩れる人懐っこい笑顔を見せる髭を生やした男性がいた。


「俺の第二のお父さん」


「こんにちは。上原です」


「この子は、綾乃ちゃん。えっと、松嶋……だよね?」


「はい。松嶋 綾乃です。初めまして」


「どうも。どこで知り合ったの?」


 上原さんのその言葉を皮切りに、周りから質問が矢継ぎ早に飛んでくる。さっき簡単に挨拶を済ませた人たちも集まってきて、わたしと龍介さんを取り囲んだ。


「飛行機が最初?」


 男性の一人が興味津々といった様子で尋ねた。彼の声には、好奇心と、少しのからかいの響きが含まれている。


「いやいや、スーパーだろ? 龍が言ってたじゃん」


「スーパーが再会場所なんだって。会ったのは、その前だろ?」


 別の男性が、自信ありげに反論する。皆、酒が入っているのか上機嫌だ。


「なにそれ再会って。運命じゃん。ロマンチック!」


「ってことは、龍がナンパしたの? スーパーで」


 一人の男性が、ニヤニヤしながら、まるで獲物を追い詰めるかのように問い詰める。皆の視線が、一斉に龍介さんに集中した。龍介さんがぐっと眉間に皺を寄せ、「ナンパじゃないって」と、低い声で不機嫌そうに否定した。


 周りの男性たちは、そんな彼を見てさらに面白がり、わたしと龍介さんを交互に見ては、にやりと笑う。龍介さんは、ますます口を真一文字に結んでプイと視線を逸らした。その仕草を見ていると、なんだか彼が気の毒になってきて、わたしは思わず口を開いた。


「あの、その、龍介さんに助けて頂いて……」


 わたしは、これ以上龍介さんが追及されるのは気の毒だと感じ、曖昧ながらも状況を説明しようと口を開いた。彼の名誉を守ろうとしたつもりだったが、その言葉は彼らの好奇心をさらに刺激する燃料にしかならなかったようだ。


「で、リュウが一緒にご飯食べようって誘ったんでしょ? 声かけてんじゃん」


「そうだけど」


「で、一緒にここに泊まってるんだろ? しかも二人で」


「そうなんだけど」


 わたしは慌てて口を挟んだ。


「それは、わたしが龍介さんのご厚意に甘えて……本当に助けていただいたんです」


 わたしの言葉に、龍介さんがこちらをふと見て微笑んでくれた。それでも場は落ち着かないようで、すかさずもう一人の男性が畳みかけた。


「ご厚意? 下心だと思うよ、おじさんは。なあ?」


「ひでえよ。俺はそんなつもりじゃ……」


 龍介さんは顔を真っ赤にして反論するけれど、その声はさっきよりずっと小さい。揶揄われている龍介さんが可愛いなんて口が裂けても言えないけれど、やっぱり可愛い。ニヤつく口元を隠すように手で覆った。


「だって飛行機でも話しかけてんじゃん。それもこれも、綾乃ちゃんが綺麗だからだろぉ?」


「飛行機は……なんかキョロキョロしてて不安そうだったから」


 龍介さんがしどろもどろになりながら、言葉を返しているけれど、その額には玉のような汗が浮かんでいる。


「それが可愛かったのか」


「もうやめてよ。綾乃ちゃんに嫌われる」


「……ふふ」


 龍介さんのこんな姿は、出会ってから初めて。彼をからかう友人たちとの間の微笑ましい空気に、思わず笑みをこぼしてしまった。


「綾乃ちゃん、笑ったな」


「だって……うふ、ふふ……可愛い」


「可愛いって嬉しくない」

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