11話 王子様はヒーロー?②
◇
朝食を食べ終えた後、約束どおり、近くの公園に来た。黒い帽子に黒のジャージ、赤い靴を履いた龍介さんは、どこか様になっていて、金色の髪には黒と赤が良く映えるのだと初めて知った。
「龍介さん。わたし、懸垂を見てみたいです」
「いいけど、ちょっと特殊なんだよね。腹筋つけたいから足上げるの」
「足?」
ジムで懸垂をしている人の姿を思い出すと、みんな大抵、後ろに足を上げていたはず。
特殊とはどういうことだろうと首を傾げているわたしをそのままに、彼は「こうやって」と言いながら勢いをつけて鉄棒に飛びつき、ぶら下がると、両足を前側に九十度持ち上げて、そのまま顔を鉄棒の上まで出すように何度も体を持ち上げる。
「えええ! うそ! すごい!」
何度も何度も規則正しいリズムで続くその運動は、彼がやるととても簡単そうに見える。二十回続けて、鉄棒を離して地面に降り立つと同時に、彼が「ああ!」と叫ぶ。
「きっつ!」
鉄棒から降り立った彼の首筋を、一筋の汗が伝うのが見えた。
「龍介さん凄すぎます! 初めて見ました。どうしてあんなのできちゃうんですか。龍介さんは一体何者ですか。や、やっぱり格闘家なんですね」
「え、格闘技? 空手ぐらいしかやったことないけど」
「あんなの初めてです。だって——」
「さ、どうぞ」
「——はい?」
「綾乃ちゃんの番だよ」
彼が少し息を切らしながらも、わたしを促すように鉄棒に向けて手を差し出すと悪戯な笑顔をこちらに向けた。
鉄棒自体、中学生の時以来触っていない。小さく「無理」と呟きながら首を横に振る。
「大丈夫だよ」
「や、やったことありません」
「できるかもよ。ほら支えるから」
「ええ……」
促されるままに背の低い方の鉄棒にむけて手を伸ばし、飛びついてみる。固い鉄の棒は少しだけ冷たくて、なんとも懐かしい感触。
さっき見た龍介さんを頭の中に描いて同じようにやろうと試みるも、一ミリとして体が上がる気配がない。鉄の棒にしがみついている手のひらは既にジンジンと微かに痛みを覚えて、ぶら下がる以上のことができない。
腕も背中もお腹も、そしてなんなら足にも力が入っているはずなのに、動く兆しが感じられない。
「うぅ」
「綾乃ちゃん、懸垂……」
「やってますっ」
「嘘でしょ。ぶら下がり健康法でしょ?」
「違い、ますよっ」
「いやいや」
鉄棒にぶら下がって、なんとか懸垂をしようとしているわたしを見て、龍介さんが腰を曲げお腹に手を当てて笑っている。
「くぅぅっ!」
「あはは! ヤバ!」
耳に届く龍介さんの笑い声。わたしのお腹はただでさえ張り詰めているのに、その笑い声のせいで、バイブレーションのように細かく動く。その震えはとうとう手まで伝わってきて、鉄棒を掴む最後の力を奪い去った。手を離して地面を踏み、まだ笑っている人を睨む。
「もう! どうして笑うんですか!」
「だって……あは……む、むり」
「わたしまで笑っちゃうじゃないですか」
「できる素振りがない」
「ひどい。絶対に明日、筋肉痛ですよ」
「今ので?」
彼は、腹を抱えてしゃがみ込む寸前だ。
「もう、笑わないでください! こっちは真剣なのに!」
必死で睨みつける。けれど、涙目になってまで笑う彼を見ていると、こちらの頬も勝手に緩んでくる。
「……ふ、ふふ。もう、龍介さんのせいですよ」
結局、わたしの抗議は、彼と同じ笑い声にかき消された。
彼がやっているトレーニングを見様見真似でやってみるも、腕も足もお腹も微かに震えだす。半ば倒れそうになりながら真似ているわたしを横目に笑いながらも、彼は一つ一つのトレーニングをしっかり進めていく。やはり彼はアスリートのようだ。トレーニングをずっと続けてきたであろう、慣れた様子が見て取れる。
そして、もう少し走ってから戻ると言って、わたしを家に送り届けると、彼は来た道を引き返して再び走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます