12 目は開かれた
振り下ろされたゴーレムの右拳がその場に転がっていた兵士の亡骸を叩き潰したその瞬間、ゴーレムの背後に回ったウィルが、ゴーレムの右足をソーンメイスで横殴りに殴り抜いた。
「ぉおおおおッ!!!」
法術“叫喚の折檻”でその破壊力を何倍にも増幅されたソーンメイスはゴーレムの右足を破壊した。支えを失ったゴーレムはそのまま前のめりに体勢を崩し、地面に右手をついた。
「いまだッ!」
そのままソーンメイスを振り上げつつゴーレムの背中に飛び乗り、その頭部をソーンメイスで何度も何度も叩き潰す。執拗に殴打されソーンメイスの刺で破砕されたゴーレムの頭部は次第に形状を維持できなくなってきていた。
「くたばれッ……化物ッ!!!」
やがてゴーレムの頭部は完全に破壊され、魔術刻印を破損されたゴーレムは静かにただの瓦礫の山となっていく。ただの土と岩石の山となったことを確認したウィルは、ここではじめて肩で息をし、なんとかこの化物を倒せたことを実感できた。
『ウィル、お見事でした』
「まだです……ハー……エミリオは……?」
乱れた息を整えながらソーンメイスで自身の身体を支えつつ、ウィルはエミリオの様子を見た。直後カタパルトで射出された巨大な岩石が城塞に当たった時のような轟音が周囲に鳴り響き、エミリオと相対していたゴーレムの身体に巨大な風穴が開いていた。
「なッ……」
巨大な穴が開いたゴーレムは二、三歩ほどよろよろと歩いた後、片膝をついてそのまま崩れ落ちた。『フレッシュゴーレムを倒した』という彼の言葉がいまいち信用ならなかったウィルであったが、今その光景を目の当たりにしたことで、やっとエミリオの言葉を信用せざるを得なくなった。
「キミは……」
「よかった……ハー……なんとか……」
一方のエミリオもまた、二度目のゴーレムとの戦いに疲弊していた。肩で呼吸をし、乱れた息を必死に整える。
『エミリオさん、お疲れ様でした……』
「いや、今回もなんとか……なって……ハァ……よかったよ……ハァ……」
実際、エミリオとウィルにとっては非常に体力を消耗する戦いであった。昨今の戦争では、一介の兵士でも殺傷力の高い武器を持つケースはざらにある。たった一撃の攻撃をその身に受けただけで致命傷になりうるという点では、ゴーレムとの戦いも人間相手の戦いとさほど変わらない。
だが、相手が人間ではなく未知の化物となると話は別だ。エミリオにとっては切り札である『魔女の憤慨』を持っているとしても……ウィルにとっては虐殺者ユキの方が何倍も強敵であったとしても……やはりゴーレムが相手となると精神への負担は大きい。
だがウィルは何よりもまず、どうしてもエミリオに言いたいことがあった。引きずるソーンメイスで身体を支えつつ、ウィルは重い足取りで同じく肩で息をするエミリオの元に歩みよる。
「見事だ……ハァ……エミリオ……」
「あなたこそ……ハァ……ハァ……」
「だがエミリオ、ハァ……ハァ……一発殴らせろ」
「は?」
唐突なウィルの申し出にエミリオが気の抜けた返事を返した瞬間、周辺に一発の殴打の音が鳴り響いた。
「ガッ……!?」
ウィルが目一杯の力を込めて、右拳でエミリオの頬を殴り抜いたのだ。巨大なソーンメイスを自在に扱える膂力を持つウィルの拳は、戦場において何人もの不信心者の命を奪ってきた、文字通りウィルのもうひとつの武器といえる。その強烈な打撃を不意打ちで受けたエミリオの身体は脳震盪を起こし、平衡感覚を失ってその場に盛大に倒れた。
「ハァ……ハァ……」
「グッ……何を……するんですか……ッ!」
「フレッシュゴーレムを倒してくれたことには礼を言うが……ハァ……だがなエミリオ……なぜもっと早く行動しなかった?」
「……」
「そのような強力な切り札があるのなら、なぜもっと早くユリウスを拘束しなかった!? なぜもっと早くゴーレムを倒さなかった!?」
ウィルが率いた南部修道院の襲撃班は、3体のゴーレムたちによって壊滅した。それは自身の軽率な算段によるものだということは痛いほど理解している。自分がもっとしっかりしていれば……冷静に作戦を組み立て、初めからこちらに師団全員で攻め込んでいれば……ユリウスの精神攻撃に対して揺るぎない信仰心を持っていれば、こんな悲劇的な事態にはならなかったであろうことも理解はしている。
だがそれでも、ウィルの頭に『もし、もっと早くエミリオが動き出していれば……』と思わずにはいられなかった。この男がもっと早くユリウスにそのサーベルを突きつけていれば事態は変わっていたのかもしれない。この男がもっと早くゴーレムの一体を始末していれば、自分の部下たちも全滅してなかったのかもしれない。
最終的にエミリオは自らすすんで買って出て、ゴーレムの一体を満身創痍で撃退してくれた。だからこそ考えてしまう。なぜその力をもっと早く行使しなかったのか……そうすれば、かけがえのない自分の部下たちの幾ばくかは生き残ったかもしれない……全滅は避けられたのかもしれない。
「我々は仲間ではなかったのか!? 力を合わせようと約束したはずだ!! なのになぜだ!? なぜ我々がなぶられている最中、ヤツの隣でただただ我々が蹂躙されるさまを眺めていたのだ!?」
「……」
「答えろ!」
「……あなたたちが信用出来ないからだ!」
なぜエミリオはゴーレムたちに蹂躙される聖騎士団たちを前にして、すぐに行動を起こさなかったのか。それはひとえに、聖騎士団が信用ならなかったからだ。
「始業の教会にいたあのフレッシュゴーレム……あなたたち聖騎士団が作ったんですか……!?」
「……そのとおりだ。我々聖騎士団が法術を駆使して作り上げた」
「まさか北の大聖堂にも配置したんですか! 俺たち自警団の遺体も使ってるんですか!?」
「仕方がなかった! すべて事が終わったら始末するつもりでいた! 始業の教会とリーゼ大聖堂を“人の使徒”から守りぬくためには!! 仕方がなかったのだ!!」
聖騎士団なら、聖地を犯罪者たちの魔の手から守護しなければならないのは必然だとエミリオも思える。少ない戦力を分散させることなく聖地を守る為の行為だというのなら、おぞましいフレッシュゴーレムはまだ説明はつく。だがエミリオには、それ以上に納得がいかないことがある。
「なら聖女リーゼの封印を破ったのはなぜだ! 俺達が調べたのは始業の教会だけだが、あの破られた封印の扉には法術の痕跡があった! あなた達以外には考えられない!!」
「なぜそれを……!!」
「フレッシュゴーレムを始末した後、破られた封印を確認した!」
「……我々がやったと確信しているのか?」
「確信している! 法術の痕跡を見つけた! ユリウスも自分ではないと言っている!」
「ヤツがウソをついているだけかもしれんぞ」
「ありえない! ユリウスはリーゼ大聖堂の“右腕”の奪取は認めている! それなのに“舌”だけウソをつく理由がない!!」
「……」
エミリオに追求されている今、苦悩がウィルの精神を襲っていた。いっそのこと自身の本当の任務を打ち明けてしまおうか……古の赤黒い獣を再び封印するために聖女リーゼの封印を解いて復活させようとしていることを……
「エミリオ、キミの目的は何だ。キミは何を成すめたに戦っているんだ?」
「自警団がなすべきことはひとつだ。この街を“人の使徒”から取り返す。この事態を収拾させる!」
「……」
「でも俺は一人だ! 自警団は俺一人を残して全滅した!! だからあなたたちの力が必要なんだ! だから信用した! だから力を合わせようと思ったんだ!! それなのにあなたたちは、リーゼの封印を解いて事態を混乱させているだけじゃないか!!」
そう答えるエミリオの目は、まっすぐにウィルを射抜いていた。どうやらこの無謀な青年が“人の使徒”に……この状況に抗おうとしていることはウソではないようだ。この街を取り返そうという気概もウソではないだろう。
出来ることなら、自分もこの無謀な青年の力になってやりたい。それが、自身が聖騎士となった理由なのだから。悪から街を守りたいというこの青年の気持ちは、自分と同じなのだから。
だが、自分には『聖女リーゼの復活』という最優先任務がある。そのためにリーゼ本人が自分に憑依している。この任務を完遂しなければ、事態は“人の使徒”どころではなくなる。かつて聖女リーゼが自身の命を投げ打ってまで封印した古き赤黒い獣……その化物の復活は、この街はおろか王国全域の崩壊を意味する。それは断じて許されない。自分が一時の感傷に流され、この青年に助力することはあってはならない。
『ウィル』
『何でしょうか』
『葛藤は理解しているつもりです。ですが我々にはなすべきことがあります』
『承知しております』
聖女リーゼ本人もそう言っている。自分たちは、何よりも優先しなければならない任務がある。ならば、そのことをこの青年に言ってしまったほうが良いのではないだろうか。エミリオの目的はこの街の防衛だ。ならばいっそのこと、彼にすべてを話して、その上で彼に助力を求めた方が良いのかも知れない。
「エミリオ。我々は……」
「?」
『ウィル、なりません』
「我々には街の防衛の他に、ある重大な任務が課せられている。そのために我々は、リーゼの舌の封印を解いた」
エミリオに話そうとした途端に聞こえた、リーゼの冷酷な制止。だがその制止が、逆にウィルに決心をさせた。フレッシュゴーレムの製造によって芽生え、ユリウスに顕にされたほんの少しの疑念が、ウィルにそうさせたのかもしれない。
「街の防衛よりも重大な任務って何ですか?」
「伝承にある古き赤黒い獣が復活しようとしている。その対抗策として、聖女リーゼを復活させるために我々は動いていた」
「……?」
「聖女リーゼの物語を知っているなら、古き赤黒い獣も知っているだろう。呼気と体臭で土壌と食料を腐らせ、刃を通さない固く頑丈な毛皮で覆われた醜悪な魔獣……聖女リーゼが命と引き換えにこの街に封印した最悪の化物だ。これが復活してしまえば、話はこの街だけではない。崩壊の危機が王国全土にまで及ぶといってもいい」
「……その話はどこから?」
「我々法王庁は、聖女リーゼご本人から直接この話を聞いた。頭の中に直接リーゼが声を届けてくれたのだ」
古き赤黒い獣はエミリオも知っている。かつて聖女リーゼが自分の命と引き換えにこの街に封印した怪物。エミリオには、ウィルがウソを言っているようには見えない。『リーゼの声が直接聞こえた』という話も、今のエミリオなら信用できる話だ。自身の頭に響く自称リーゼも、ウィルにはもう一人の自分が憑依しているのではないか……と言っていた。
ただ、ウィルに憑依しているリーゼは、エミリオに憑依している自称リーゼとは正反対のことを言っているということになる。このウィルという男、様子を見るにウソをついているわけではなさそうだ。面持ちは真剣である。
ならば追求しなければならない。エミリオは核心には……自身にも自称聖女リーゼが憑依していることは悟られぬよう、言い方を変えてウィルにこう問いかけた。
「ウィルさん、あなたの目的は?」
「聖女リーゼを復活させ、古き赤黒い獣を再び封印することだ。可能ならば、我らの手でその化物を抹殺する」
「それっておかしくないですか?」
「? 何がだ?」
「古き赤黒い獣は、聖女リーゼの力でこの街に封印されています。誰でも知ってるお伽話だ」
「そのとおりだ」
「ならば、あなたが聖女リーゼの封印を解いてリーゼを復活させると、古き赤黒い獣も復活してしまうんじゃないですか?」
「……」
お伽話から推察するに、古き赤黒い獣の脅威はすさまじい。もしその封印が解き放たれてその化物に自由を許してしまえば、事はこの街の存続だけでは済まない事態になることは、エミリオにも分かる。
だが……お伽話を100パーセント信用するのであれば、古き赤黒い獣は聖女リーゼの封印によって自由を奪われているはずだ。ならば、その封印を解いてしまうと同時に、古き赤黒い獣は自由を取り戻してしまうのではないか……もしウィルに憑依しているリーゼがウソを言ってないとしたらこの矛盾が生まれる。その意味では、エミリオに憑依した自称リーゼの方が筋が通る。
「聖女リーゼの話によると、古き赤黒い獣の封印は解けつつあるそうだ。再度封印するためにも、聖女リーゼの復活が不可欠だ」
「でも聖女リーゼを復活させると、古き赤黒い獣の封印も解けますよね?」
「いや、すでに獣の封印は解けかかっていると聖女リーゼは仰せだ」
「それならなぜ聖女リーゼの封印はまだ生きているんですか?」
そうだ。これでは矛盾している。古き赤黒い獣の復活を阻止するために聖女リーゼを復活させようというのが聖騎士団の狙いだ。だが素直に考えれば、聖女リーゼの復活のために封印を解いてしまえば、古き赤黒い獣は間違いなく復活してしまう。
「エミリオ、キミは何が言いたい?」
「あなたたち聖騎士団の任務は矛盾しているのでは……?」
ここに来て、考えてみれば当然の疑問がウィルに投げかけられる。聖女リーゼからの直接の懇願ということでこれまでは盲目的に従っていたが……自身に憑依している聖女リーゼは何を考えている? 自分に何をさせようとしている?
「キミは何をしようとしている?」
「俺はこの街を取り戻したい」
「そのための手段は?」
「この一連の騒動、すべてのキーワードが聖女リーゼだ。そしてその封印を守ってほしいとある人物から頼まれた。だからまずは封印を守る。その先に、この街の奪還がある」
「そのある人物とは?」
「今はまだ言えません。あなたたちは信用出来ない」
「私はキミを信用してすべてを話したんだぞ?」
「だからといって俺があなたたちを信用するとは言ってない。第一、あなたがすべてを正直に話してくれたという保証は何もない」
無論そのとおりだとウィルも思った。なぜならウィルは今、自身の頭に呼びかけてきている聖女リーゼすら信用出来ない状況なのだから。自分がもしエミリオと同じ立場だったとしても、やはり自分のことは信用できないだろう。
「……分かった。キミはリーゼの封印を守ることが目的なのだな?」
「そうです」
「私の目的はリーゼの復活だが……どちらにせよリーゼの封印の確認が先だ。この点では私達の目的は合致しているはずだ」
「確かに」
「ならキミはこのままこの地のリーゼの目を確認するといい。私は西の“宵闇の礼拝堂”に向かう。仲間のことも気がかりだ」
「……」
「封印をどうするかは後ほど考えよう。どちらにせよ確認はしなければならない」
不信に満たされたエミリオは判断に迷う。この男を果たして“宵闇の礼拝堂”に向かわせていいものか……エミリオにとって、ウィルはまだ油断のならない相手だ。今こうやって共通の目的を示して協力を持ちかけているのも、自分を利用しようと考えているからなのかも知れない……古き赤黒い獣にまつわる矛盾や、突入タイミングのウソ……その他あらゆることが聖騎士団への不信に繋がってしまっている。
だが一方で、ウィルが言っていることもまた事実だ。ここでどちらが正しいのかを議論していることほど不毛なやりとりはない。お互いの……『この街を取り戻す』という自分の目的のためには、たとえ解決したい疑問があったとしても前に進むべきだ。
『ねぇ』
『はい?』
封印については彼女本人に直接問いただすのがいいだろう。今残っているのは“心臓”の封印のみ。
『今の状況で、もし“心臓”の封印が破られたらどうなるの?』
『それでもまだ大丈夫ではあるんですけど……あの……』
『まだ大丈夫って?』
『要は、私の身体がすべて元通りにならなければ封印は生きてるんですけど……』
『てことは“心臓”を相手に取られてもまだギリギリ大丈夫ってことか……』
『あの……エミリオさん』
『ごめん分かってる。でも今はこの聖騎士を信用した方がいいみたいだ』
身体のすべての部位の封印が破られただけではリーゼの封印はまだ生きているらしい。ならば、すべてを取り戻した後、封印を元通りにすればいいようだ。ならばこの男を信用しても問題はないとエミリオは踏んだ。
「……分かった。俺はこの場に残って目の封印を確認する。あなたはどうするんですか?」
「私は“宵闇の礼拝堂”の確認が済んだら、街中央の鐘塔“聖女の賛美歌”に向かう。キミもそこに向かってくれ」
「もし“心臓”の封印がまだ残っていたら、それも確保して下さい。聖女の復活の件は、すべてを取り戻した後で考えましょう」
「分かった」
「ユリウスは? ヤツはまだここにいるはずです」
「出来れば始末してもらいたいが……さっきのように、ヤツは強大な魔術を操る。無理はしないでくれ」
「分かりました」
ウィルは自身の右手をエミリオに向けた。先ほどこの“南部修道院”に一緒に向かってきたときとは異なり、ウィルは手を差し伸べながらエミリオを真っ直ぐに見ていた。今度こそ、ウィルはエミリオを正体不明の人物の敵ではなく、味方として認識しているであろうことがエミリオには伝わってきた。
エミリオもまたウィルの右手を取り、そのまま握手する。先ほどの自称リーゼの時と異なり確実に実体を感じるその右手は、今度こそエミリオを味方として信用しようという意思、助けてくれた感謝が込められていた。
「エミリオ、無茶をして死ぬなよ」
「あなたも。聞きたいことは山ほどあるし、さっきぶん殴られた分、あなたをぶん殴らなきゃならない」
「……だな。今回の事件が無事片付いたら、一度ぶん殴られてやる」
「楽しみにしておきます」
こうしてウィルとエミリオは、再度単独行動を取ることになった。ウィルはそのまま“宵闇の礼拝堂”に向かうべく“南部修道院”を後にする。日没は過ぎ、すでに周囲は薄暗くなっていた。このまま行けば、恐らく“宵闇の礼拝堂”に到着するのは夜も更けた頃になるだろう。なんとか明日の朝までに、事態の収拾を図りたいところだ。
『ウィル』
「……」
『なぜ私の事を話したのですか?』
「あなたの存在は機密ではない。素直にすべてを話し、彼の協力を仰いだほうが得策であると判断しました」
『あの男性には、古き赤黒い獣が憑依していると言ったはずです。彼と私たちは目的が逆です』
「それは違う。エミリオと私たちの目指すところは同じだ。あなたの復活はその通過点だ。手段に相違があるだけで、目指すところは同じです」
『……わかりました』
自身が今回の事件に関わって……聖女リーゼと行動を共にするようになって、はじめて彼女の指示に抗った気がする。フレッシュゴーレムのことといい古き赤黒い獣の復活のことといい、この聖女リーゼの意思はいまだウィルには読み切れない部分があるが……共に行動していく中での疑問を素直に意思表示出来たことに、ウィルは少しだけ安堵していた。
一方エミリオは、自身が新たなタスクを抱えたことを自覚していた。
先ほどのウィルの話から湧き上がった疑問点。聖騎士団の目的は、古き赤黒い獣の始末、そして聖女リーゼの復活といっていた。
だがそれは矛盾している。古き赤黒い獣は、リーゼの封印で守られている。リーゼの封印を解いてしまえば、それこそ古き赤黒い獣は自由を取り戻してしまうはずだ。
にもかかわらず、ウィルは『聖女リーゼから直接指示された』と言っている。そしてそのことは、自分に憑依した自称リーゼの話と矛盾していない。
ならばなぜそのリーゼは、ウィルに対して『復活させて欲しい』と懇願しているのだろうか。なぜ自分に憑依している自称リーゼとは真逆のことを聖騎士団にさせようとしているのだろうか。
知る必要がある。自分は聖女リーゼの事を何一つ知らない。この矛盾点を解決する何かがあるはずだ。そしてそれを見つけるためには、聖女リーゼのことをより深く知る必要がある。封印やユリウスのことも気がかりだが、聖女リーゼのことを知ることも大切だ。
『あの……』
タイミングよく、自称リーゼがエミリオに声をかけた。幸いなことにエミリオにも、聖女リーゼ本人が憑依している。このリーゼ本人に直接問いただせばいい。そうすれば、この矛盾点も解決することだろう。果たしてリーゼたちは何を考えているのか。
「ぁあ、ごめん。勝手に話を進めちゃって」
『本当は相談して欲しかったですけど……もういいです。あの人も行っちゃったしそれよりもエミリオさん、ちょっといいですか?』
「俺もキミに聞きたいことがある」
『なんでしょう?』
「さっきの俺とウィルの話、聞いてなかったの? ……まぁいいか。俺の話は長くなりそうだから、先に君の話を」
世の中には、すんなりと解決する問題と、そうでない問題がある。一番やっかいなものは、一見すんなりと解決するように見えて、その実一筋縄ではいかない問題というものがあるということだ。そして大半の問題は、『すんなりと解決する問題』に一見見えることが多い。紐解いてみれば、思った以上に重大な問題であるケースというのは、往々にしてあるものだ。
『んじゃすいません、お先に』
「うん」
『さっきは真剣な話をされてて割り込めなかったんですけど……』
「ウィルさんと俺が話してた時?」
『はい。なんか邪魔するのも悪いなーと思って』
「まぁ、込み入った話をしてたからね。で、聞きたいことって?」
次の自称リーゼのセリフを聞いてエミリオは、これが一見すんなりと解決するように見える、ひどく複雑で一筋縄ではいかない深刻な問題であるということを実感した。聖女リーゼの実像を知るというタスクは、思った以上に難解な問題であるようだった。
『古き赤黒い獣って何ですか?』
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