7 “魔女の憤慨”

 ゴーレムの醜悪な拳が自身の身体に触れるその寸前、エミリオの反射神経が反応し彼を背後に飛び退かせた。剣術の教練の時やダンスの時に見せるような軽やかなステップではない。足の筋力を十二分に発揮しての背後への跳躍は、着地後のエミリオのバランスすらも崩し、エミリオは床に接地したのちに身体を床の上で回転させ、勢いを殺してから立ち上がらざるを得なかった。


『危なかったですね……』

「よかった……鎧を着ていたら絶対に避けられなかった……」


 占拠されたリーゼ大聖堂から逃走する時、エミリオは着込んでいた鎧をすべて脱ぎ捨て、身軽な状態になって逃走した。すべては自警団員の上司の命令だった。脱ぎ捨てた当初は自身の防御力を下げることに違和感を覚えたエミリオであったが、今、その上司のアドバイスの意味がやっと理解できた。あのフレッシュゴーレムの強烈な一撃の前では、鎧など紙に等しい。ならぱ重い鎧なぞ脱ぎ捨て、身軽になったほうが生存の可能性は上がる。今この瞬間ほど、エミリオは自身の上司に感謝の意を表したいと思ったことはなかった。


 もっとも、その上司はフレッシュゴーレムとの戦闘になるなぞ思ってもみなかったことであろうが……


 振り下ろす拳で再び床を破壊したゴーレムは再度、足音と悪臭を振りまきながらエミリオに近づいてきた。ゴーレムの動きは緩慢だが、その歩幅は大きい。故に距離を取ることは難しく、エミリオはまず全速力で走り距離を取った。


「ゴーレムって何か弱点あるの!?」

『どのようなゴーレムであれ生み出したマスターがいます! そのマスターを倒せば……!!』

「俺達以外にここに誰か人いるの!?」

『い、いませんね……あ、そうだ!! ゴーレムには核となる呪符が貼られてます! それを剥がすなり破るなりすれば……!!』


 自称リーゼの頼りにならないアドバイスを受けて、吐き気を我慢しつつゴーレムをジッと観察してみる。言われてみると確かに呪符のような紙切れが見受けられる。


『それです! それをなんとか取っ払っちゃえば……!!』


 自称リーゼは簡単にそういうが、エミリオから見るとそれはどう考えても成功率の低い方法に思えてならない。なぜなら、ゴーレムを構成する死体たちが互いに手渡しで呪符を渡し合っており、呪符の位置は一定していない。もし相手がこちらの作戦に気付いたら、それこそゴーレムは死体たちを駆使して、こちらの死角に呪符を移動させるだろう。ゴーレムそのものの動きは緩慢だが、死体たちの動きは早い。狙って呪符を取り去ることは不可能だ。


「無理だよッ! 見てみろよ!!」

『うう……確かに……』

「他に手は!? あの怪物に有効な手は!?」

『う……』

「う?」

『……が、がーんばれっ』

「張り倒すぞちくしょうッ!!?」


 ゴーレムは三度エミリオの眼前に迫り、拳を振り上げた。振り下ろす拳の風圧に押されて、エミリオの背後へのステップに勢いが増す。エミリオは後転しながらゴーレムとの距離を取り、床にたたきつけられたゴーレムの拳はグズグズの肉塊へと成り果てた。


 ゴーレムの身体から飛び出た死体の顔のいくつかが、ぐずぐずになった拳を見る。直後、死体たちがもぞもぞと動き出し、拳を構成している死体が入れ替わった。


 その一連の光景を見て、エミリオはあることを思い出した。あまりに基本的なことで、エミリオはおろか張本人の自称リーゼ自身も忘れていたようだ。


「あのさ」

『は……はい……』

「ゴーレムってさ、生物だよね」

『で、ですね……一応分類としては魔法生物です……ガクガクブルブル……』

「んじゃさ、きみがさっき作ってくれたこの剣で、なんとかなるかもしれないってことだよね」

『やったことがないんで魔法生物相手に“聖女の寵愛”が有効かは未知数ですけど……理屈では』

「分かった。これしか希望がないのなら……ッ!」


 サーベルを抜き放ち、その峰の部分に取り付けられた筒の部分をゴーレムに向けるエミリオ。銃に関する知識はないが、確かこの筒から弾丸が発射されるはずだったことは記憶している。


 射程距離はアテに出来ないという話だった。ならば、一番確実なのは相手の体にこのサーベルを突き立て、その状態で引き金を引くことだ。カタカタと震える右手でサーベルを握りしめ、自身に迫りつつあるゴーレムにその切っ先を向ける。


「思い出せ……教練を思い出せ……!」


 つい先日まで受講していた剣術の教練を思い出す。相手と自身の間合いを見極め、相手の斬撃は紙一重で回避。回避しながら第二撃を警戒。それがなければそのまま自身の斬撃を相手に叩き込む。教練で何度も何度も体に叩きこまれた呼吸を思い出す。


「ォォォオオオオオ……」


 ゴーレムが右腕を高々と掲げたまま眼前に迫る。エミリオは動かない。礼拝堂に侵入してからゴーレムの挙動を観察していたエミリオの肌が、まだ身を翻すタイミングではないとエミリオの意識を必死に制御していた。


『エミリオさん……まだです』

「わかってる」


 自称リーゼにも分かるか。それほどまでにゴーレムの動きは緩慢でわかりやすいか。ジッと動きを観察する。死体が集まったおぞましい右肩に力が篭ったのが分かった。エミリオの肌が全身に指令を下す。体を右にひるがえせ。打ち下ろす拳を寸前で避けろ。


 自身の肌から感じ取った命令通りに体をよじって翻した途端、ゴーレムの拳がエミリオの体をかすって床を撃ちぬいた。身を捩り、右腕で持ったサーベルをゴーレムへと向けたエミリオの体勢は、ちょうど決闘時のレイピアの構えに似た体勢になっていた。


『まだです!!』


 続けざまに左腕の横殴りの攻撃を感じ取った。エミリオの身体は反射的に右回転し、左の拳を回避しつつゴーレムとの距離を詰めた。両拳を回避されたゴーレムは今まさに無防備。エミリオを懐に入れ、自身の身体を守るものは何もない。


 そのまま身体を一回転させ、再度右半身に構えたエミリオは、そのままランスチャージをイメージしてゴーレムの身体にサーベルを突き立てた。いかに怪物であろうとその身体は人間の死体で作られている。故にサーベルを突き立てるのは容易い。肉の塊に刃物を突きつけた時特有の感触がエミリオの右腕に伝わり、深く確実にサーベルが突き刺さったことをエミリオは確信した。


「頼むッ!!」


 柄から伸びた短いレバーに人差し指をかけると同時に、サーベルに小さな光の粒子が集まってくる。意を決し、エミリオはそのレバーを人差し指で引き絞った。


 直後、礼拝堂内に鳴り響いたのは轟音。カタパルトで射出された巨大な岩石が城塞に直撃した時のような、爆発にも似た轟音が鳴り響いた。エミリオのサーベルから射出された法術“聖女の寵愛”はゴーレムの身体に大きな風穴を開けた。身を縮ませたエミリオがゆうに通れるほどの風穴を開けられたゴーレムは、そのままの姿勢でしばらくフラフラと佇んでいた。


 エミリオがゴーレムから距離を取った。サーベルを見ると先程までの発光が静まっている。ゴーレムの身体のいたるところにある死体の顔が皆、目から血を流しながら驚愕の表情でエミリオを見ていた。そして、その死体の塊は上部から次第に色を失い、強風の前の灰のように少しずつ形を崩していく。


『みなさん……どうか……どうか安らかに……』

「……」


 自称リーゼの祈りがエミリオの頭に届いた。ゴーレムの身体の頭部が崩れ、上半身が崩れ、下半身にさしかかり……やがて両足すら灰となって崩れ落ちた。崩れた灰の山に近づき、サーベルで灰の様子を調べる。本当にただの灰のようだ。特に危険な兆候はない。


「なんとか……なったか……」

『お見事でした』

「逆だよ。キミが用意したこのサーベルのおかげだ……」


 安堵した途端に力が抜けた。震える右手でサーベルの柄を力を込めて握る。刀身を見ると、先ほどまでの輝きがない代わりに光の粒子のようなものが刀身に集まっているような……まるで強大な力を貯めこむべく、周囲に散らばった小さな力を吸収しているように見えた。


「一つ聞きたい」

『はい? なんです?』

「このサーベル。何か銘みたいなのはあるの? ただのサーベルとは呼べない」

『んー……特に無いですけど。つーか私がイメージして作り上げたものではないですし』

「そうなの?」

『私が使った法術“匠の鍛造”は、使用者に最も相応しい形に武器を変質させるんです』


 その後エミリオは、自称リーゼが使った法術の詳細を聞いた。彼女がサーベルの変形に使用したのは、古い法術の一つである“匠の鍛造”。神の尖兵に武器を受け渡す、神の奇跡の模倣である。


 “匠の鍛造”によって作り出される武器は、その持ち主に最も相応しい形状を取り最も相応しい機能を発揮する。誰の判断かは分からないが、剣の形状はエミリオにとって最もふさわしく、法術『聖女の寵愛』の射出はリーゼにとって相応しい機能だといえた。


『きっとこの形が私達にとってもっともふさわしい形だったんでしょうね。でも実際に出来上がるまでは、それがどう変質するかはわかりません』

「でもキミはこの武器の説明をしてくれたよね?」

『術の使用者は構造を把握できるんです。エミリオさんだって突然こんなの渡されても使い方わからないでしょう?』

「言われてみれば、こんなの突然渡されてもな……」

『でもまぁいつまでもサーベルじゃ分かり辛いですもんね』


 このサーベルであってサーベルとは別の代物であるこれを、変わらずサーベルと呼ぶのは抵抗がある。何か名前をつけて、意識の上で差別化を図っておきたいところだ。名は概念を表す。サーベルという概念の中には、さっきのような強力な破壊力と殺傷力はない。


 もしこのサーベルに銘がないとすれば、新たな銘をつけるべきだ……とエミリオが考えていると、自称リーゼが銘をつけてくれた。


『じゃあとりあえず“魔女の憤慨”という銘にしておきましょっか』

「普通のサーベルと区別できるなら別に何でもいいと思うけど、意味は?」

『長年の修行を経て強大な魔力を身につけた魔女すら、怒り狂いながらもひれ伏さざるを得ない効果を持つ剣……という意味合いです』


 この提案を聞いた時、エミリオの背筋にはなぜか一本の細い針金を通されたかのような、イヤな冷たさが走った。これ以上ないほどのフィット感に加えある種の残酷さを感じたエミリオの、無意識からのシグナルなのかもしれなかった。


 どちらにせよ、このサーベル“魔女の憤慨”が心強い武器であることは確かだ。この非常事態を鎮圧し、この街を犯罪者集団から取り戻すための大きな力となるだろう。


 ゴーレムを倒したことで後攻の憂いもなくなり、なんとか安全に礼拝堂から聖女リーゼの安置室の前まで来ることが出来たエミリオ。頑丈な錠前で何重にも施錠されていたはずの鉄製の分厚い扉は、すでに破壊され、扉は開いていた。


『エミリオさん……これ、法術が使われてます……』

「法術か……ということはここを開いたのは法王庁の聖騎士団かな? なんでだ?」

『法王庁? なんですかそれ? 聖騎士団?』

「なんつーかユリアンニ教の中枢機関ってところかな。聖騎士団てのはその機関の騎士団だよ」

『……』

「どうかした?」

『あぁいえ。何もないです』

「そお?」

『はい』


 自称リーゼの様子がちょっとおかしい気もしたが、本人が何もないと言う以上何もないのだろう。百歩譲って何かあったとしても、今の様子では、話してくれる可能性は低い。あまり興味本位で根掘り葉掘り聞かない方がよさそうだ……とエミリオは判断した。


『それよりも私の舌がどうなったのかを早く確認しないと……』

「わかった。部屋のどこにあるかは知ってる?」

『うーん……私のところと同じであれば、あの銀の水槽の中でしょうけど……』


 部屋の中央にある石造りの祭壇にエミリオが目をやると、そこには一辺が腕の長さほどはある立方体の銀の水槽があるのが分かった。銀の水槽はすでに黒ずんでおり、この最悪の環境下においてだいぶ傷んでいるようだった。


「あれ?」

『そうです。その水槽の中にあるはずなんですけど……でも……』


 エミリオは水槽に近づいてみた。水槽の中は赤黒い液体で満たされている。透明度皆無のこの液体は見ようによっては人の血液のようにも見えるが、このような大きな水槽を満たすほどの量の血液なぞ見たことがない。


「んー……これ、血なのかな……」

『多分そうです。私のところもそうですから』

「まじか……誰の血なの?」

『私のですね。触媒みたいなものです』


 エミリオから見て、どうも先ほどからこの自称リーゼの言葉には疑問点が多い。まるで鍛冶職人同士の鍛冶仕事に関する会話を横で聞いている素人のように、自称リーゼの言葉の一つ一つに疑問を感じてしまう。


『この中をちょっとまさぐってみてください。もし無事なら、私の舌はまだこの中にあります』

「自分の身体の一部なのにここにあるかどうかわからないの?」

『五つの部位に分かれたその瞬間から、それぞれが私であって私ではないんです。私に分かるのは私の部分だけなんですよ』

「うう……この中に手を突っ込むのか……」

『ほら男の子でしょー! 早くまさぐってみてくださいよー!』


 自分はやらないからなのかどうかは分からないが自称リーゼは簡単にそう言い放ち、その言葉がエミリオの士気をげんなりさせてくる。この大量の血液の中に手を突っ込むなど、誰が喜んでやるものか……いくら男の子でも、イヤなものはイヤだ。


 意を決し、顔全体を引きつらせながら水槽の中に右手を突っ込む。水槽内の血液は思った以上に粘りがあり、水槽に突っ込んだエミリオの右腕にねっとりとからみついてきた。


「うう……感触が気持ち悪い……」

『がんばれエミリオさんっ! ファイトォおっ! おーっ!!』


 シチュエーションさえ間違えてなければ、俺もその応援でやる気に満ち溢れたのだろうか……とエミリオは自称リーゼのエールを聞きながらイライラを募らせていった。聞くだけでこんなにも神経を逆なでしてくる熱いエールを受けたことは、エミリオの人生史上一度もない。なまじ本人の本気具合がエールから伝わってくるから毒づくのも申し訳ない。そしてそれがまたエミリオの気に障る。エミリオにとって自称リーゼのこの応援は、今のところ最悪な効果しか発揮していない。


「とりあえずその逆効果にしかならない応援をやめてくれ……うう……」

『私の応援は逆効果ですか……うう……』


 我慢の限界が来たエミリオの制止によって、自称リーゼはしょんぼりして応援をやめた。落ち着きと冷静さを取り戻したエミリオは、不快感に抵抗しながら水槽内を右腕で探り続ける。


 しばらくの間そうして水槽内をかき混ぜていたが、それらしいものはおろか異物の感触はない。エミリオは右腕を水槽から抜き出し、その右腕をブンブンと振ったあと、自身のマントでねっとりとからみついた血液を拭った。マントはもう使えない。いや使いたくない。


『どうでした?』

「一通りまさぐってみたけど、中には特に何もなかった」

『じゃあやっぱりもう誰かに奪われちゃったのかな……』


 そうつぶやく自称リーゼの声色には、先ほどの戦闘時以上の深刻さが混ざっていた。


 エミリオは右腕を自身のマントで拭きながら考える。先日のリーゼ大聖堂への正体不明の集団の襲撃。そしてここ『始業の教会』での小競り合いと化物の出現。破壊された扉に残る聖騎士団の痕跡。ここが聖女リーゼ縁の地ヴェリーゼだからなのかもしれないが、すべての中心に聖女リーゼの名前を見る気がする。


『舌の封印は破られた……右腕も奪われた……目と心臓だけでも守らないと……』


 エミリオがそう思ってしまう理由はもうひとつある。今、彼の頭に直接呼びかけてくる妙な少女、自称リーゼの存在だ。リーゼ大聖堂襲撃の後、始業の教会の地下で突然エミリオの頭の中で聞こえ、その後も絶え間なくエミリオの意識に直接声をかけてくるこの自称リーゼは、エミリオの目の前でサーベルを“魔女の憤慨”へと変質させた。エミリオの頭に直接語りかけてくるところといい、その所業はまさに聖女の力といって差し支えない。自身の胸にややこだわりすぎだという俗っぽいところはこの際目を瞑るとして。


『……ん』

「ん? どうしたの?」

『エミリオさん、なんか失礼なこと考えてません?』

「いや? なんで?」

『今イラッてしたんで』

「気のせいだよ気のせい」


 今自分の頭に直接声を送ってくる自称リーゼの言葉を信用するのなら……扉にその痕跡が残っている以上、ここに安置された聖女リーゼの舌を持ち去ったのは聖騎士団で間違いない。ならばその目的は何だ? 本来聖騎士団はこの街を守護する存在だ。素直に考えれば、リーゼの舌を外敵から守るのが彼らの目的のはずだ。なのになぜ聖騎士団は舌を奪取した?


 犯罪者集団はなぜリーゼ大聖堂を最初に襲った? 警備が薄かったなんてことはない。リーゼ大聖堂にはリーゼの右腕が安置されているため、他の4つの施設と同様、都市内の施設の中では自警団の警備もしっかりしている。単純に都市占拠の足がかりとするなら、もっと他に警備が手薄な施設はいくらでもある。リーゼ大聖堂は最初の足がかりにするには妥当な選択ではない。


 当初エミリオは、リーゼ大聖堂を襲撃しこの街を占拠した犯罪者集団から街を守ることを目的として行動してきた。そしてその気持ちは今も変わらない。


 だが今、街を守るためにクリアしなければならないタスクの数が予想以上に多くなっていることをエミリオは感じていた。解決しなければならないことは犯罪者集団のことだけではない。聖騎士団と犯罪者集団の目的。そしてそれらを結びつけている聖女リーゼ。これらを解決しなければ、この街を守ることは出来ないような気がする。


 そしてそれには、この自称リーゼの協力が必要不可欠だ。幸いなことにこの妙な少女には、エミリオと共有出来そうな目的が存在する。彼女の目的を達成する道筋は、エミリオにとっても解決すべきタスクの一つにつながっているようだ。


「ねぇ」

『はい?』

「キミの目的に俺も力を貸すよ。要は各施設で守られてる聖女リーゼの身体を守ればいいんだよね」

『ホントですか? ホントに守ってくれますか?』

「封印てのが気になるけれど……やれるだけのことはやる」

『ありがとうございます! ホントにありがとうございますエミリオさん!』

「その代わり、キミも俺に力を貸してくれ。なんとなくだけど、俺の目的と君の目的って共通してる部分が多いと思うんだ」

『エミリオさんは何を成そうとしてるんですか?』

「この街を取り返す」

『……わかりました。どれだけ力になれるか分かりませんが、協力させていただきます!』

「よかった。これからよろしく」

『はい! よろしくおねがいします!!』


 ここで普通なら、互いに助け合う仲として握手の一つでもするのだろうが……相手は声だけの存在。握手は無い物ねだりというものだ。とエミリオが思っていたら……。


『それじゃあ信頼の印に握手しましょう握手』


 気のせいか、目の前にうっすらと一人の少女の姿が見えた。まるで波に消された砂浜への落書きの跡のようにうっすらとだが、純白の簡素な服を着て美しい銀髪をショートカットにした、背丈がエミリオの肩ほどしかない少女の姿が確実に存在していた。


 そのうっすらと見える少女はエミリオに左手を伸ばしてきた。表情は分からない。でも、その全身からは朗らかな暖かさを感じた。エミリオはその少女の手を握る。見える姿こそ周囲の景色と同化しそうなほどに存在感の薄い姿だったが、握手する左手から伝わるあたたかく柔らかい感触は、彼女の存在をエミリオに対して静かにアピールしていた。


『よろしくおねがいします! 一緒にがんばりましょう!』

「ああよろしく」


 相変わらず表情は見えない。見えないのだが、エミリオには彼女が微笑んでいるのが分かった気がした。


 そして同時に、彼女は今までウソをついてなかったのだということがなんとなく分かった。それは彼女の素性のことではない。うっすらと見える、彼女のその立ち姿から分かることだ。


「ああ、ホントだったんだ」

『? 何がですか?』

「胸」

『だから過剰な期待は謹んでくださいと』

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