第27話 月夜の密会③

「待って下さい。確かに、トーコさんは壁を越えたと言いましたが、記憶にあるものかどうかはあやふやでした。それに、外区を分断する皇都側と大地世界側にある壁は分断作戦の後、皇都と大地世界が互いの不可侵の取決めの証明として作ったものです。外区は、その副産物的なもの。だとしたら、壁があるのはおかしいです。壁が作られたのは、分断が決定された後の事でしょう?」

 折野は声を荒らげる。

 自分でも、分かっている筈だ。

 ただ、もしそうだとするなら、俺や、折野の探していた物は、俺達の手に余るものになっていく。

「それは皇都側の話だろ。大地世界側の壁がいつ作られたかなんて誰にも分からねえ。それこそ、大地世界の人間じゃなけりゃな」

「それじゃあ、それじゃあまるで、大地世界側は、分断されるのが分かっていたみたいじゃないですか!?」

「計画的にテロを起こしたんだ。そういう事まで計画していたって何らおかしくないだろ?」

「分断の決定と、外区を挟むという提案は、皇都側と大地世界側の話し合いで決められた筈です。もしも皇都側がそれを受け入れなかったら?」

「受け入れる事が分かっていたら? それか、最初から、分断する事と外区が作られる事が分かっていたとしたら?」

 俺の言葉に、折野が息をむ。

 徐々に、徐々にだが、見えて来る。

 皇都の中で暗い影を落としていたこの場所の、輪郭が見え始める。

「そんな事をして、皇都に何の得があるんですか?」

「元が大企業を前身とするっつったって、一新興宗教団体が用意できる様な施設じゃねえだろ。人造人間を造るなんて専門知識のない俺には何をすればいいか皆目見当がつかねえが、少なくとも後ろ盾は必要だよなあ。例えば、国益のあふれ出ている国とか、人間の構造に詳しい国……医療技術の高い国とか、な」

「皇都が……関連していると?」

「納得はいく。七年前に何があったかはさっぱりだが、外区をあっさり放棄し、徹底して封鎖した理由にはなると思うがな。かつての大戦以降、世界協定で武器の製造規制は当然の事、大国同士が行っていた捕虜への生物兵器による人体実験なんかも明るみに出て、そういう一切は御法度になっている。そんな世界情勢の中で、大戦から中立を貫いているこの国が人造人間を造っていました、だなんて表に出てみろ。隣国への電気供給や、各国首脳を丸め込んでいる医療技術なんかじゃ到底誤魔化せない程この国にはダメージが残るぞ」

 積み上がっていく仮説は、土台こそ不安定であるものの、目の前のトーコという要素だけで説得力を増していく。

「お前の親父の言葉を鑑みるなら、十分に可能性は高いと思うけどな。少なくとも、何か知っているのは間違いじゃねえだろ」

「そう……ですね……確かに、前進ですね。やはり、父や祖父は、何かを隠していた。この国は何かを隠していた」

「ああ、そして、俺にとってもだ。トーコ、さっき、私達って言ったよな。トーコやあのでかぶつの他にも、まだ居るのか? 〝被験体〟ってやつは」

 トーコを見る。

 確信を得た俺に対して、トーコは少し不思議そうな顔をして答えた。

「え、あ、はい。居ます。年齢も、性別も、形態もばらばらですし、私も全員を把握している訳ではありませんが、研究所の人達は、沢山居ると言っていました」

 それならば、可能性がある。

 ミラと張り合う様な、そんな奴等だ。

 この世のものとは思えない能力を有する、そんな奴等だ。

 皆が手放しで褒めたたえる、親父と母さんを打倒する可能性は、高い。

「俺にとっても、だ」

 再度つぶやいて、こぶしを握る。

 まだまだ明らかにしなければならない事は沢山あるけれど、確かに光明が差したのが分かる。

「ん……んんんー……ん?」

 寝転んだままのミラは、痛みではないうなり声を上げる。

 元より、こいつに理解できるように事を運ぶ気はなかった。

「ああ、戦部さん、後で説明してあげるからね」

「春ちゃん、私ちんぷんかんぷんだよ。トーコがすごいって事くらいしか分かってないからね」

 腕を組んで偉そうに言うミラは、寝転んでいる事からとてもこつけいに見えた。

「でも、まだまだ調べなければいけない事もありますし、僕達だけでどうにかなる問題でもないですからね。先は長そうです」

「だが確かな一歩だ。しかも、途方もなく力強い。終わりのないマラソンじゃなくなってきたな」

 言って立ち上がると、ミラに大分遅れて着替えを始める。

 汚れた服を脱ぎ捨て、ここに来た時に着ていたジャージに着替える。

「トーコの分はないからそのままで申し訳ないけど、今しばらくの辛抱だからな」

 着替える俺達にあっけに取られているのか、トーコは返事もせずに目を丸くしている。

「驤一先輩、女の子の前で普通に着替えだしたのが良くなかったのかもしれません」

「ああ、確かにそうか」

 年頃の女の子の前で、男が着替えるのは確かにまずい。

 ミラがそういうのを気にしないので、感覚がしている。

「ごめんなトーコ、あっち行くわ」

「あ、え、ああ、いえ! そうじゃないんです! すみませんぼーっとしていて……あっと、そうじゃなくて、あの、私、どうすればいいんですか?」

「ん?」

 そうだった。肝心な事を決めていなかった。

 今から皇都に、存在しないはずの人口が一人増えるのだ。そのかくまう場所の取決めを一切していなかった。

「ああ、そうだった。えーっと、どうする? 折野ん、部屋とか空いてない?」

「空いてますけど、実家ですよ? 無理に決まってるじゃないですか。それに、敵地のど真ん中みたいなものでしょう」

「あーそうか。じゃあ同性だし、ミラ?」

「私のマンション、衛学指定だから、外出は自由だけど、来客は申請しなきゃだめなんだ。だから、いつかバレちゃう」

「えーまじかよ。じゃあ─」

「あ、あの!」

 トーコは変わらず目を見開いたまま、思案する俺達に割って入る。

「そ、そうじゃなくて、私、その、一緒に居ていいんですか? その……私、人間じゃないですし、皇都の人間でもありません……もしかしたら、皆さんの敵かもしれないのに……」

 ああ、この子はそんな事を考えていたのか。

 何が人造人間だ。実に人間的じゃあないか。

 そんな事、俺達にとってはどうでもいいのだ。そういう事を排除しているというのならば、よっぽど俺達の方が人間らしくない。

 数多あまたの状況は、俺達からそういう一切を消し去ったから、だから、そんな事を気にするトーコは少し新鮮だった。

 ミラも、折野も、一度だってそんな事を言った事はない。

 当たり前に、一緒に居た。

 だから、トーコもそれは同じだ。

「そんな事どうでもいいんだよ。単純に、まだ俺達はトーコが必要だ。俺にとっても、ミラにとっても、折野にとっても。まだまだ解明しなきゃいけない事は沢山あるし、そのほとんどは向こう側や奴等の話だ。だとすれば、トーコの助けが必要な場面はいつか来るだろうし、トーコの存在だって重要なカードになる。同情とか、人の温かみとか、そういう話じゃねえが、俺達にはトーコがまだまだ必要なんだよ」

 そう言って、トーコに手を伸ばした。

「ジョー先輩何それ。もっとロマンチックな事言えないの?」

「俺はリアリストなんだよ。噓は吐かねえ。まあなんだ、お前の事利用出来るって考えてるから、まだ一緒に居ろっていう、半ば脅しだな。折野もそう思ってる」

「何で僕を巻き込むんですか!? もう……あーでも、トーコさん、驤一先輩の言う通り、僕達にはまだまだやらなきゃいけない事があって、だから、それに協力してくれないかな? その、多分、トーコさんとしても、そっちの方が得なんじゃないかなって思う」

「あんま俺と言ってる事変わらねえぞ」

「言い方の問題です!」

 折野が激しい剣幕を見せる。冗談の分からない奴だ。

「んー、トーコがどう思ってるか分からないけどさ、取りえず、一緒に来ちゃえば? ここに居ても、しょうがないでしょ?」

 多分、何も考えていないであろうミラが、体を起こしながら言う。

 選択肢はないと思うけれど、俺達の言葉が何か響いたのか、トーコは首を縦に振って力強く言った。

「はい!」

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