第五章
第17話 交戦④
シャッター脇の従業員入り口まで駆け足で寄ると、折野は扉を
「二人とも大丈夫だった?」
扉を蹴破ったところで、索敵に出ていたミラが戻って来た。
俺達に声をかけた後、自分が殺した四人と殺し損ねた一人の
その気持ちは、推し量れない。
殺人鬼の気持ちなど、少しも。
「中で個人戦。戦部さん、先陣切って」
短く作戦を折野が伝えると、ミラはヘッドホンを付け直してからマチェット二
「周辺に脅威なし。中。行くね。先」
俺と折野の間を音もなく通り過ぎて、倉庫内に踏み入るミラ。
その背中は、初めて見る背中だ。
プラスとマイナスの感情がどうしようもなく混在している、そんな空気を
「あは、沢山。いっぱい。あはは」
一足飛びでコンテナの上に飛び乗ると、空洞のある鉄箱を
「どういう表情なんだろうな、あれ」
「僕に聞かれても困ります。殺人鬼の気持ちなんて分かる訳ないでしょう」
「だよなあ。分からんよなあ」
「ショックだったんじゃないですか? 殺しそびれて。実際、僕も今ショックを受けています。あの戦部さんが、命を取りこぼす事があるなんて」
二人で背後に横たわる死体に振り向く。
俺も、自身を除けば初めてこの目で見る。
戦部ミラが、人を殺しあぐねた光景を。
話に聞く南部の刀剣使いと、命からがらミラを撃退した俺と折野を除いて、そういうケースは一度たりとも見た事がない。
戦部ミラと戦闘になれば、全ての命は真っ二つに切り裂かれる。
致命傷だなんて生温い被害すら許さない。
ミラが凶刃を振るえば、即死以外の選択肢はない。
この外区でミラと共にいて、それ以外を俺達は目の当たりにしなかったのだ。
だから、先程俺は反応が遅れた。
ミラと
ミラが居た場所に転がっている肉塊に命が付着している事などあり得ない。
俺も折野も、戦部ミラは必殺の存在だと確信している。
戦闘においては、そういう信頼の仕方をしている。
それはミラも分かっている
あんな女の心中を察する事など
「
「どうだろうな。調子悪い日もあるんじゃねえか? ミラも女子な訳だし」
「驤一先輩」
冗談ぽく口にしたが、間髪
下らない会話があの装置の耳に入ったのか、倉庫内で銃声が一発響くと、慌ただしい銃撃がその後に続いた。
「始まりましたね。僕達も行きましょうか」
「おお」
折野はバックパックを降ろして端に寄せると、倉庫内へ一歩踏み出す。俺も、呼応して続く。
無機質な銃声と、コンテナに何かが打ち付けられる鈍い音が混じり合う。
「あ」
騒音を聞き流しながら、コンテナと壁の間に開けた通路を歩く。入り組んだコンテナの間に入り込む幾つかの通路を見繕っている隙に、その内の一つから敵が二人姿を現した。
外に居た五人と変わらぬ装備。ライフルを携え、ポケット付きの防弾チョッキに身を包んでいる。
俺達に分からない言語で何かを
瞬間、折野は十メートル程の距離にある二人が身を隠した通路に飛び込む。俺も遅れて駆け出すが、ほぼ一歩目でコンテナに
俺の威嚇射撃で敵を
数秒の間を置いてコンテナとコンテナの間を覗き込む。
コンテナに頭を叩き付けられたであろう箇所から地面に向かって真っ赤な血がへばりついている。絶命したままずるりと倒れ込んだのであろう。
その向こうでは、まだ絶命を免れているもう一人がライフルを地面に向け乱射していた。
腰の辺りを折野の両足でロックされ、ライフルを持つ右手を左脇でしっかりと抱えられている。折野は右手で敵の首を後ろから締め上げ、後方に体重をかけている。
敵は腰を落として倒れ込むのを阻止しながら、ライフルの無駄撃ちを続ける。がっちりと決まったフロントチョークが気道を締め上げるのが先か、
弾倉の中を空っぽにした頃、ライフルが床に落ちるのに少し遅れ、絶命した敵の体ごと折野の背中が地面に落下した。
「いたっ」
「いや、何で関節技?」
「一人目は一発だったんですけど、その隙に距離詰められ過ぎちゃって、
「周りに敵居なくて良かったな」
乱戦下において、折野の様なミックスドマーシャルアーティストの攻撃はストライキングに限る。致死性は圧倒的にグラップリングの技の方が高いが、動きが止まってしまう為、流動性に欠ける。折野レベルの打撃で
あれば、殺傷能力が極めて高い事からも打撃を選択するべきだ。
この場所に来るようになって半年。折野にはまだまだ戦場において詰めの甘い部分がある。俺も偉そうに言えた立場ではないが、戦場である事を加味した状況判断は、明確に俺とミラより劣っている。
それを補って余りあるのは、その高い身体能力を生かした学年主席である
折野春風は普通の学生だ。学年主席の技能こそ持っているものの、修羅場では、どうしても戦部ミラには劣る。
それでも、殺人に対するアクセルの踏み方は、ミラに肉薄する。
決定的に違うのは、その動機だ。
戦部ミラは殺人鬼であるただの女学生だが、折野春風は正義感の強いただの学生だ。
明確に違う両者の殺人衝動。ミラは生理現象であり、折野は私刑である。
折野の殺人は、異常に強い正義感からの、私的な制裁だ。
「ツーマンセル、出会い頭の感じから察するに、そこまで練度が高そうじゃねえな」
「そうですね、これくらいの強さなら、このまま僕等も二手に分かれて大丈夫だと思います」
右手のオープンフィンガーグローブに仕込まれた手甲に付いた血を振り払いながら折野は言う。
命の残骸である血液に何ら関心はなさそうだ。
折野にとって、この外区と呼ばれる箱庭に居る正体不明の奴等は、どこの誰であろうと憎しみの対象でしかない。
「一人残らず追い詰めて、
中央庁官僚の家系に生まれた折野は、自然と皇都の為に働きたいと口にしていたそうだ。
優秀な祖父や父の背中が、恐らくそうさせたのだと本人は述懐している。
そんな環境で、折野の正義感は正しい方向に正しく育まれていく。
そして、それは七年前の大地世界テロ事件に自身が巻き込まれた事をきっかけに肥大していく。
「お前、本当雰囲気変わるよな。ミラはモンブランを口に入れる時も、人の首を斬り落とす時も同じ顔しているけど、お前は別物だ。別人だよ」
膨れ上がった折野の正義感は、外区に来た事を皮切りに、暴虐かつ
折野が唯一中央庁の中で信頼を置く防衛庁が区分したこの外区の中に居るヌエ的な正体不明共。それを折野は、悪だと判断した。
自分が守るべき皇都に
殺人の経験があった訳でも、その技術が突出していた訳でもない。
ただ、皇都の中で折野が持つ正義感において、彼等が生存を許されなかった。
「当たり前じゃないですか、殺人鬼でもあるまいし。先行きますね」
折野は捨て
いつもの光景だ。
特筆する様な事のない、外区で起こるいつもの光景。
日常にカテゴライズされる、命のやりとり。皇都から逸脱したこの外区の中で、当たり前の鉄火場を当たり前に練り歩く。
索敵の意識は淡く、コンテナの間、狭い道を行く。窓枠から差し込む西日が
それでも、俺は歩みを緩めない。ただ、歩く。
出会い頭で発砲すればいい。どうせ
もしも俺の弾丸が及ばないのであれば、それでいい。どうせ死ぬだけなのだから。
そう、上手くいかなくても、死んでしまうだけなのだから。
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