ハロー・デッドライン/高坂はしやん

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序章

第1話 外区①

 死線を越えるのは、多分得意だと思う。

 自分は死んでしまうのだろうな、という状況に幾つも対面して来たし、その度に乗り越えもして来た。

 そういう目に遭う度に、前に進んだ。

 別に死ぬのが怖くない訳ではないが、死んでもいいと思っているから、死線をまたぐのに別段ちゆうちよするとかはなかった。


「上だ!」


 荒廃したゴーストタウンの中、不気味にそびえる廃ビルの内部構造を把握している俺が先導して、暗闇を進む。真っ暗な階段を上り切ると、割れた窓枠から月光の差し込む、荒れ果てた無人のフロアに出る。


「北側の階段から降りて下さい! 僕が南階段で足止めするので、挟撃する形で!」


 丸腰のおりはるかぜは、階段から上って来る敵に意識を張りながら、俺達に背を向ける。


「だめだ! このフロアの北側は─」

「ジョー先輩危ない!」


 言いかけて、いくさべミラに首根っこを引っ張られ床にたたき付けられる。直後、北側から風を切る弾丸が、俺の立っていた場所を通過していった。


「こっちが挟まれています!」


 折野は叫びながられきの陰に飛び込む。北側から銃撃と、理解出来ない言語の怒号が飛び込む。

 俺達が息を潜めると、銃撃が止まった。


じよういち先輩どうしましょう? 階段から敵が上がって来るのも時間の問題です」

「あは、ジョー先輩、私行っていい? 行っていい?」


 折野もミラも声を潜めているが、表情は丸っきり逆だ。折野は苦虫をつぶした様で、ミラはクリスマスの朝みたいに目を輝かせている。


「折野、下の階から上がって来てるの何人だっけ?」


 俺はそのどちらでもなく、ただ無表情で言った。


「十人です!」

「じゃあミラ、お前は残れ。折野の子守だ」

「えー! 嫌だよ!」

「折野、しゆりゆうだんせ」

「虎の子ですよ?」

「いいから」


 手を伸ばすと、折野はタクティカルベストのポケットから手榴弾を取り出して俺に渡す。


「訓練用のやつですから、爆薬の量少ないですよ? 多分、敵が隠れてる瓦礫も吹き飛ばせませんし、しやへい物の向こうに投げても、有効距離は越えてしまうかと……」

「いいんだよ、殺傷目的じゃねえから。じゃ、折野は残って上がって来る十人何とかしろな」

「? あ、もしかして、驤一先輩─」

「今日はここが死線だ」


 折野の言葉を待たずにつぶやいて、物陰から飛び出した。

 目指すのは北側から銃撃してきた四人。算段は直ぐに立った。

 ここは俺の庭だし、何より自分の命を勘定しないでいいのは戦場において有利に他ならない。

 一歩目を踏み出す速さならば、ミラにも引けを取らないと自負している。

 前方、北側の瓦礫の陰に向けて発砲する。当たる事は期待していない、一瞬向こうの動きが止まれば上等だ。

 そうして敵が潜んでいる瓦礫の山まで半歩、反撃もなく十二分に助走の取れた俺は飛んだ。

 同時に、手榴弾のピンを口で引き抜いて、瓦礫の前に落とした。

 瓦礫を飛び越えて、挟撃に備えていた敵の中に飛び込む。

 着地と同時に目が合うと、四人が何かをわめいてライフルを構える。けれど、取りえず俺の作戦は遂行済みだ。


「お前等すげえ運いいな。最悪だぜ」


 言うが早いか、瓦礫の前に落とした手榴弾が爆発した。

 BAR PLANETARIUMで購入した訓練用の横流し品。爆薬の量が変えられていて、殺傷能力は格段に落ちているが、それでも十分だ。

 壊れかけの床を落とすには、十分過ぎる。

 全十二階の廃ビル、その九階、俺達の立つ北側は、床がもろい。

 一部床が崩壊しているのは、この〝外区〟の北側を庭としている俺が、過去に立ち入って落ちかけたからだ。

 出来れば四人に勝手に落ちてもらえれば良かったのだが、四人の荷重には耐えてみせた。

 だが、人一人立ち入って崩れた床の延長、崩壊目前なのは目に見えている。小規模な爆発で、床が壊れ俺もろとも落下するのは当然の帰結だ。

 そして付け加えると、この下、八階の北側も脆い。

 だから、この崩落は、二階下、七階まで真っ逆さまだ。

 俺達はそのまま数秒瓦礫と共に落下して、七階の床に叩き付けられた。一度八階でワンクッションおいているので衝撃はそこまでではないが、俺は落下する覚悟で落ちている。

 そうでない四人がパニックに陥るのは自然だ。落下してからの初動に決定的に差が出る。

 俺は即座に周囲を見渡す。直ぐ脇に、一人倒れているのをとらえる。

 そのまま、倒れる敵の頭に発砲した。鈍く音が響いて、頭が揺れた。

 その奥、一人がひざを突いている。そのまま三歩程近づいて、こちらも頭に発砲した。頭が跳ねて、そのまま瓦礫の山に倒れた。

 うめ|き声に振り返ると、下半身を瓦礫に潰されているのが一人。近づくと、まみれの顔を俺の方へ上げた。そのまま、顔面に向けて発砲した。

 三人を始末し終えて、四人目を探そうと踏み出した瞬間、足をぎ払われて倒れ込んだ。

 四人の中に一人、〝やる奴〟が居た。

 直ぐに膝を突いて上体を起こし、銃口を相手に向けるが、手で払われる。

 相手が逆の手に光らせたナイフを突き出すので、後退してそれをける。落下に紛れて銃器を失ったらしい。大きなアドバンテージだ。

 必殺の間合いをお互い取って、息をむ。

 射程がナイフと相違ない自分の銃撃の腕前にへきえきするが、今は嘆いている時間はない。

 軍服の男は、俺に対して聞き慣れぬ言語で喚いている。男の同胞とおぼしき人間達を殺した俺への恨み言だろうか。

 理解が出来ないので皮肉った返答をする事も出来ず、ひたすら|管《》にその時を待つ。

 多分、降って来る。


「驤一先輩!!」


 叫び声と共に、上階から折野が落下して来た。

 俺と敵の間辺りに着地すると、突如の飛来物におののいた敵は、更に距離を取った。


「お前二階上から飛び降りるか普通?」

「こっちの台詞せりふです! 今に始まった事ではありませんが、何考えているんですか!?」


 鬼の形相で俺をにらむ折野。


「怒ってるとこ悪いけど、後ろ」

「へ?」


 折野の背後を指差すと、振り向き様に斬撃が横切る。


「うわっ!」


 突然の奇襲を回避して、折野が横りを敵に放つと、敵は後方に吹き飛んだ。

 本来ならば十分致命傷になり得る折野の打撃であるが、突然の攻勢と体勢が不十分だったからか、即座に敵は立ち上がった。

 丁度吹き飛ばされた場所に落ちていた、ライフルを拾って。


「危ねえ!」


 折野の腕を引っ張って瓦礫の陰に隠れる。ライフルの弾丸が風切音をまとって頭上を通過する。


「あぶっ……死ぬところでした」

「状況も確認せずに降って来るから」

「驤一先輩助ける為でしょ!? いきなり爆発と一緒に落下して行くんですもん! 心配しますよ!」


 残れという作戦を無視して助けに来てくれる辺り、本当にい奴なんだなと感心する。

 折野は、過剰な正義感を除けば、本当に出来た人間だ。


「向こうが息ついたら突っ込むぞ」

「突っ込むって僕がですよね」

「当たり前だろ。俺弱いんだから」


 敵の銃撃が止んだ瞬間、俺は瓦礫から頭を出して発砲する。命中を目的としない、威嚇射撃だ。

 効果は覿てきめんで、敵は近場の瓦礫に身を隠した。これでもう戦闘は終わった様なものだ。

 折野は瓦礫の陰にこうちやくさせられた敵のもとへ飛び込む。

 接近戦になれば、結果は火を見るより明らかだ。

 こう防衛庁付属学院三回生主席の実力は、日常と切り離されたこの外区においても遺憾なく発揮される。

 数瞬の間を置いて、瓦礫の陰から足元をふらつかせた敵が出て来た。

 頭部にダメージを受けたのは明白で、存命しているかも怪しい。

 遅れて出て来た折野は、そのままふらついた敵を抱えると、窓枠の外に投げ捨てた。

 命の所在の分からないその体は、窓ガラスをブチ破って、地上に落下して行った。

 辺りには、ガラスの散らばる音と、硝煙の匂いが充満する。


「いつものパターン」

「ですね」


 必殺の折野とのコンビネーションを終え、こぶしを突き合わせる。


「もう命のやりとりにも慣れて来た感じだな」

「……そうですね、正直、最初ここに来た時より抵抗はありません」

「半年もここに居ればそうなる。俺もそんな感じだったよ」


 平気で噓を吐く自分にあきれる。

 自分の最初を回想すると、とてもそんな事はなかった。

 命を奪う事に対して抵抗はなかった。そのやり方が不慣れだっただけで、俺は最初からどうでも良かった。

 人の命なんて、どうでも良かった。

 だから、俺の命も、どうでも良いのだ。


「抵抗はなくなってきましたが、今でも思う事は変わりません」


 もつとも、吐いた噓は折野を気遣ってのものだったが、この男にそんなものは不必要だ。

 俺よりずっとずっと、欠落しているのだから。


「こいつらが皇都に害をなすのだと思うと、こいつらが生きている事の方が抵抗があります」


 折野春風は、よいも過剰な正義感を振るっている。


「二人とも大丈夫ー?」


 窓から差す月明かりに照らされて、金髪をなびかせたミラが現れた。

 上階で十人とかち合う指示を受けたはずの殺人鬼は、軽い足取りで瓦礫を踏み鳴らす。


「大丈夫だが……ミラ、お前十人殺した癖に、やたられいだな」

「え、そう? 化粧水変えたからかな……」

「いや、そうじゃねえよ。返り血」


 修羅場を越えた筈のミラは、みだしなみに乱れが見えない。

 奇襲戦法で瞬殺を主とするミラならあり得る話だが、十人との乱戦を経ての状態にしては異様だった。


「え、だって戦ってないもん」

「はあ? 何でだよ?」

「だってジョー先輩、春ちゃんに十人何とかしろって言ってたじゃん」


 落下の直前を回想する。

 確かに、言った覚えがある。

 だが、それはその場に残ったミラを含めての事だ。


「いや、それはそうだけど、こいつ俺の事追って来ちゃったんだから、残ったミラがどうにかするしかないだろ?」

「え、でも、ジョー先輩、お前は折野の子守だって言ったから、春ちゃんに付いていかなきゃと思って階段で降りて来たんだよ?」

「ああ、そうだった。お前凄え馬鹿だった。本当馬鹿」

「あ、そうやってまた人を馬鹿にする! 馬鹿って人に対して思う人は、自分が馬鹿だってコンプレックスがあるからなんだよ! だからジョー先輩が馬鹿! 私そう思う!」

「じゃあお前も馬鹿じゃねえか」


 俺の言葉だけを抽出すれば皇都防衛庁の人間も舌を巻くかんぺきな作戦遂行度だが、行間を読むという事に関しては小学生以下だ。

 俺達の虎の子は、馬鹿な事が玉にきずだ。

 静寂の空間に、大勢の足音がかすかに聞こえる。

 十人の敵が、上階から階段を降りて、俺達を目指している。


「え、私悪い事した? ねえ春ちゃん、私悪い?」


 頭を抱える俺を見て動揺するミラ。その頭を、折野は軽くでながら言う。


「悪くない、悪くないよ。悪いのは驤一先輩だよ」


 折野の何とも言えない表情が俺の怒りを鎮める。

 起きてしまった事はしょうがない。

 それならば正当に、ジョーカーを切るしかない。


「ミラ!」


 俺が叫ぶと、声色から察したのか、ミラは腰のホルダーから、二ちようのマチェットを抜いた。

 ミラが殺人に最も適していると判断した、炭素鋼、ブレード四百五十ミリ、刃厚七ミリの凶刃。

 足音が近づいて、階段から敵が姿を現す。


「行って来い!」

「あは、行って、来ます!」


 俺の声を合図に、ミラは飛び出した。


(つづく)

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