十弐日目ー②

何をメインに動いているのかわからないグレイゾーンはどの会社でもある。それは俺達も同じで、特に『特務官』と呼ばれている奴らの仕事は全くわからない。


あれこれと枝分かれして、中には内部スパイ活動をしているセクションもあれば、訳の分からない事件を専門に扱っているセクションもあるという噂もある。


親父も一時特務にいたことがあるし、親父の最後の事件もそれ絡みだった。だからこそなのか、こいつらと深く関わり合いになりたいなんて気持ちはこれっぽっちもないし、慣れ合う気持ちもない。


「叔父…練馬次官に伝えてくれ。心配しなくても『おつかいはちゃんとやる』ってな」


皮肉を込めて言えば、隣でわずかに笑う気配がする。


「あんたらはもう百舌鳥が死んでるか知っているんだろ?」


「……」


皮肉ついでにカマをかければ、空気が一瞬張りつめる。この緊張感は何度も試合で味わったことがあるからすぐにわかった。


(当たりかよ)


それならば、真犯人もある程度目星がついているんじゃないのか?


だとしたらどうしていつまでもそいつを野放しにしているんだ?


俺がそういう結論に達したのを相手は察したのか、こっちに向き直ることなく正面を向いたまま、わずかに首を振る。


「そんな簡単なものじゃないんですよ」


「例えどんな事情があっても、それは人の命と比べられるもんじゃねぇだろ」


子供を諫めるような台詞にカチンと来て低く唸れば、ちらりと俺に視線を寄越す。

瞳は檻の中で見たガキのモノとは同じようでどこか違う。


「……あなたは純粋ですね」


(こいつ…)


「純粋だがそれゆえに…脆くもある。肩入れしすぎて壊れないようご自愛ください」


「……御忠告どうも」


馬鹿にしているような言葉じゃなかったが、それがかえって余計にやり切れない気持ちを引き起こす。


色んな事を諦めて、悟って、きっとこれが賢いヤツの典型的な生き方なんだろう。

直接的ではなくて間接的に物事を見れば、どれも直接自分が傷つく要因にはならない。期待することも、馬鹿にすることもなく、ただ一歩引いて静観する。


そうでなければ務まらないようなハードな仕事なのかもしれない。それは俺にはわからない。


(だけどわかりたくもねぇな)


そんな生き方は、息が詰まって窒息しそうだ。


「百舌鳥はいずれ捕まえます。時が来たら。だからあなたはあなたのすべき職務だけを全うしてください」


「次官はこう仰っているんですね。いかなる犠牲者が出ようとも、俺にスパイを続けろと」


せめてもと訴えかけるようにいったつもりだったが、相手はふと笑ってみせても最後まで俺を見ることはしなかった。


ただ意味深に一言言って、背中を向ける。


「最後に傷つくのは…いつも優しく…弱い人間だ」








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「先輩、ここにいたんすか」


「…おぅ、悪いな。それで?進展はあったか?」


俺の言葉にちらりと部屋から出てきた班長を指差し、肩をすくめる。


(ダメだったか)


可能性はある程度コンピューターで絞れるが、それも万能ではない。


いつの時代も結局最後は人の判断によるところはコンピューター化出来ずに、人の勘やら警護官の長年の経験というものに頼らざるを得なくなる。


「あ、でもメガネをかけたマッシュルームカットの男の人は優しくしてくれましたよ」


(蕨…休みじゃなかったのか)


多分あいつのことだから、やれ仕事がきついだのダルいだの言いながらも真面目に仕事している内に今日も遅くまで残って、帰るのも面倒くさいとかそんな理由で仮眠室で寝こけてでもいたんだろう。


「後先輩に最初突っかかってきた美人」


「あー…悪いな。同期なんだけどどうも俺嫌われ……」


「いや、何か先輩が出て行っちゃった後めちゃくちゃ凹んでましたけど」


(あいつが?)


聞けば俺が出て行った後は借りて来た猫のように黙っていたらしい。


相変わらず目つきは悪かったのか、凹んでいるというよりは機嫌が悪くて話したくもないと言った方がいいのかもしれないように聞こえるが、一部始終を見てきた後輩は何故か俺の意見に食い下がる。


「いやいや、あれは絶対凹んでたって」


(凹んでた…ねぇ……)


あのプライドの何もかもが高く作られている道明寺玲子どうみょうじれいこがそんな殊勝な態度を取るだろうか。


(……ないな)


想像もつかないし、大方機嫌が悪くて黙っていたんだろう。


まぁ積極的に同期のヤツの悪口を言う気もないし、ちょっとしおらしくてかわいかったなんてことを言われているんだ。多少なりそれに乗っかってやってもいいのかもしれない。


「御槃、お前はしばらく単独行動な」


「え?班長?」


少し前に単独行動しないようにと自制していた決意をひっくり返すように、班長は簡単にそれだけを告げると、後輩と先輩を引き連れてエレベーターホールへ歩いていこうとする。


慌てて呼びとめて訳を聞こうとするが、あれこれ言った俺の言葉を一言でひっくり返す。


「俺よりもっと上からの命令だ」


警護官は悲しいかな、今も昔も完全な縦社会だ。

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