十日目ー④
(名前…聞くの忘れたな)
格好からしてドールってヤツと同じように何かしらの名前があるんだろうけど、それすらも聞いていない。
それが本名というわけではないし、そう呼ばれて本人がいい気がするのかどうかもわからないが、きっと俺が聞かなければあいつは言う気がないんだろう。何となくそんな気がする。
「おー!みたらし!」
今まで静かに聞こえていた中性的な声と雰囲気とは対照的に、壊れるんじゃないかという勢いとともにドアを蹴り上げた音に混じって聞こえてきたのは、俺よりも若干子供っぽい口調の男の声。
ただ口調よりも、そいつが声とともに起こすリアクションは、さっきのヤツと真逆の印象を鮮明に押し付けてくる。
危ないヤツには変わりなし、警戒を全くゼロにするつもりもないが、それでも俺の弟と同じようにいたずら好きなガキのような笑顔を向けられると、どうしたって毒気が抜けてしまう。
「こらっ!ドアはちゃんと手で開けろ。それと人を指差すな。俺は
ただ、あまりにも行儀が悪いものに対して萎縮するようなオカン心は生憎持ち合わせていないが。
「むー…」
頬を膨らませながらも俺がじっとドアを見ながら指差していることが何を示しているのかを理解したらしく、しぶしぶと手に何かを持っていた方と反対の手でドアを閉める。
「ん?それ…」
閉めた方と反対の手に握られているものに見覚えがあって指を指せば、不機嫌そうな顔から一変してうれしそうに笑うと、わざわざ俺に見やすくさせるためにそれを持ち上げる。
「いいだろー」
(それは…)
確かさっきのガキがこの前作っていた流星のプラモだ。
「あげないからな!へへーいいだろいいだろー」
そう言いながら幼稚園児のように、そいつの手には若干小さめのプラモを空中で動かすようにくるくると回す。
(本当にガキみたいだな)
ガキとは思えない位な話し方をする奴もいれば、本当にこいつは凶悪犯なのかと疑いたくなるような程ガキっぽいことしかしない男もいる。
そいつらがまとめて『永久欠番』と呼ばれているさらに危ないヤツだとはわかっていても、ふとした瞬間にすっぽ抜けしてしまいそうになる言動に、ただ苦笑する位しか出来ない。
「お前も流星……ぃい!!?」
お前も流星が好きなのか、そう聞こうする前に俺の思考と同じように手からすっぽ抜けしたプラモが、振り回された勢いそのまま壁にぶつかったかと思うと、見るも無残に粉々に砕け散る。
「おまっ!それ!?」
一体どこからつっこんでいいのかわからない。普通ならあり得ない外力で壊されたプラモについてすればいいのか、今さっきこいつがしたバカみたいな行動に対して言えばいいのか、ぽかんとアホ顔を晒す事に対してすればいいのか。
取り合えず全部が一気に口から出ようとして、俺の方もちゃんとした言葉らしき言葉にならず。とりあえず慌ててプラモだったものに近づくも、継ぎ目が壊れているというレベルでなく壊れているものを目の当たりにして、すぐさまこれは修復不可能だと察知する。
「壊れたぁ」
「当たり前だ!振り回すな!!」
きょろきょろと辺りを見回して、さっきのガキが置き忘れていったオセロの箱を取ると、散らばった破片を拾う。
後ろから興味津々な視線を振り払うようにしながらも、警戒を怠らずに拾い続ける。
(こいつ……)
今のプラモはアクリル樹脂で作られている。そう簡単には壊れないはずのものなのに、目の前には一部粉状に粉砕されかけている。
見ていた限り大した力で動かしていたようにも見えなかったし、勢いよく壁に打ち付けたという訳でもない。それなのにあり得ない外力を与えられたおもちゃは、あっけなく壊れて外見をほとんど留めない。
自然と背中に冷や汗のようなものが伝わる。ひどくあっさりと『壊れた』と言い放った言葉は子供そのものなのに、目の前に広がるのはその甘い考えは止めろと思考をひっくり返す。
『あなたにはどう見えますか?』
さっき言われたガキの言葉が何故かリフレインする。
じっと見つめる視線に自然と眉間に皺を寄せつつも、溜息をつく格好をつけて深呼吸を1つ。
「お前もちゃんと片づけろ」
「え」
「これはお前じゃない奴が作ったものだ。それをお前は簡単に壊した」
(何で俺いちいちこんなこと同じ年位のヤツに言ってんだろ)
言っていて軽い矛盾を覚えつつも、俺が何を言おうとしているのかまるでわかっていないと言わんばかりに首を傾げる姿に、これは言わないといけない事だと、無性に兄心をくすぐられている気がする。
「一生懸命作ったものだ。このままじゃ作った奴に失礼だと思わないのか」
「!」
そこではっとすると、今度はどうしたらいいのかわからないと言おうとしているかのように、眉をハの字にして、口元を歪める。
「ちゃんと片づけろ。んで、今度会ったらちゃんと謝っとけ」
「……」
壊した時の勢いはどこに行ったのか、小さくうなずいてしゃがんで破片を拾う手つきは慣れていないのがもろわかりで、かなり怪しい手つきだった。
それでもあいつに対して悪いと思う気持ちはちゃんとあるらしく、どこからともなく持ってきた箒とちりとりで丁寧に破片の粉まで拾おうとするのを見ていると、今度はほんの少しだけ微笑ましく感じる。
「…おいおいおい、どこまで下がんだよ」
ちりとりのごみを取ろうとして部屋の後ろの方まで下がっていく姿は、学校の掃除の時間に慣れていないヤツがやる手つきと全く一緒で、思わず苦笑が零れる。
「だって、だってやったことねーもん」
「全く……貸せ。お前は机の上に乗ってるオセロの駒でも片づけておけ」
「お、おー」
(本当にちぐはぐだなこいつ)
同じ年っぽいのに、本当に小学生みたいだ。
こんな刑場の一番危ないところまで何度も足を運んで、全く俺は何をしようとしているんだ。さっきのヤツは訳の分からないことを投げて逃げるわ、目の前のヤツの後始末をしているわ。つくづく調子が狂う。
おかげでこの檻の中にいるときだけは、目の前の凶悪な殺人事件のことや、叔父さんが考えている事、外のごちゃごちゃしたことよりもインパクトのあることが目の前で広がり続けて、外のことがぽんぽんと弾け飛ばされてしまう。
「終わった」
「おう、お疲れ」
「……はは」
「……?何だよ」
箒とちりとりを渡すと、目の前の真っ赤なメガネの奥に潜む瞳が三日月を描いている。
「お前変なヤツ」
「あ?」
「しかもなんか色々うるさい。片づけろとか」
「……」
(仕方ねぇだろ)
細かいことを言わせるようなヤツが周りに多いんだから。
「よくわかんないこと言ってばっかだし」
「…そうかよ」
俺の小言をうるさいと言っている割にその表情はどこかうれしそうなものだった。
「でもKINGがいいよって言ったのわかった。お前、面白い。気に入った」
胸を張っていう事じゃない気がするが、あまりにも無邪気にそう言われると、例え相手が俺と対極にいるヤツだとしても、不思議と悪い気はしない。
「…はいはい。ありがとよ」
「だからオレも手伝ってやるよ。もず」
「……は?」
何か今さらりと大事なことを言われた気がする。
「KINGがこの前片づけろって言ってたヤツ、もずだった。みたらし、もずの何を片づけて欲しいの?」
「…………は?」
自分の声がずいぶん遅れて出てきたのがわかった。
「百舌鳥を…片づけた……?」
「うん。すっげぇつまんなかったけど」
やっぱり百舌鳥はこの檻にいて、だけどすでにこいつに殺されていたんだ。
やっと鳥の影を見つけたかと思ったが、そこには速贄しか残されていなかった。そんな気分になった。
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