花は示す 花は祝ぐ

小雨路 あんづ

花祝

 めいっぱいに茂らせた大きな木々のせいでそこだけ大きく影を落として、薄暗く見えるほどだった。その木陰に堂々とそびえたつ古く重厚な門構え。


 その上には黒い瓦の敷き詰められた屋根の、大きな日本家屋の一部が見えていた。

 漂うのは格式と閑静。テレビ番組くらいでしか見たことのない高級老舗旅館のような外観。その中。



 ぴちちちちちちと鳥が遠くでさえずる声が聞こえた。


「・・・八ツ森だ」

「今代の花祝はなほぎ様は、八ツ森やつもり家。八ツ森ひなこ様でございます」


 しんと静まり返った痛いくらいの静寂の中で、ひなこは呆然と耳を疑った。


(八ツ森・・・? 八ツ森・・・あ、お母さんの旧姓やんな? それがどうして、うちの名前と一緒に出てくるん?)


 今は相沢なのにと不思議でたまらなかった。

 一緒に下座へと通された斜め後ろに座る父を振り向けば、顔色はいっそ面白いほどに真っ青・・・を通し越して真っ白で。


 どうしたん? とひなこが尋ねる前に。

 そんな置き去りのひなこなど関係なく、周囲はざわめきだした。


「八ツ森から花祝様が・・・」

「こんなことは今まで一度も!」

「本当なのか?」

「おい、花示はなとき様を疑う気か!?」


 思わずと言ったように「本当か」と呟いてしまった黒髪に和服の青年に向けられる白い眼、白い眼、白い眼、白い眼、白い眼。


 そんな目で見ていないのはひなことその父くらい・・・いや、だけだった。

 驚くくらい統一された反応で、青年を睨む人々。こぼしてしまった青年が、青くなるのを見ながら。ひなこはこの異様な場に、やはり父と2人で取り残されていた。


(なんでなん?あの兄ちゃん、ただ「本当か」って言っただけやのに・・・)


 ただ普通の疑問が、ここでは異端になるのだろうか。あまりの恐ろしさに、ひなこはふるりと身体を震わせた。


 ただ1人、つまらなそうに上座に座る少女、花示様と呼ばれていた少女を見る。脇息にもたれながら、長く伏せたまつげを振るわせ気だるげにひなこを見やる少女と目が合った。

 にやっと笑ったその麗しい顔に、ぞわりと背中が粟立つ。


 ひなこは今日、ここに来ることを決めてしまった昨日の自分を殴りたい気持ちでいっぱいだった。

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