(5)「あそこだ、みつる!」

 

 私たち二人を従えて、涼宮ハルヒコは、意気揚々と隣のコンピ研の部室に向かっていた。ねらうはパソコン一式。手持ちはコンデジ一つ。彼はみつる先輩に何やら耳打ちをする。「マジで?」とみつる先輩は驚いて私を見る。妙なことをするみたいだが、校内に悪名をとどろかせるような事態は避けなければなるまい。

「こんにちは、コンピ研の皆さん!」

 彼にしては礼儀正しく、しかし、初対面の部室に入るにしては図々しく、涼宮ハルヒコは中に入る。みつる先輩と私はその後に続く。

 コンピ研の部室内は予想通りだった。文芸部室と同じぐらいのスペースに、ところせましと並べられたパソコン。部員は五人、全員男子だ。

 あっけにとられている五人の視線に私は肩を縮ませるが、作戦の主犯者は堂々たる態度で話しかける。

「今日はパソコン一式もらいにきました!」

「いきなり何だよ、君たち」

 一番奥にいた男子が、口に泡を吹くような調子で声をだす。コンピ研部長だろう。

「いや、言ったとおり、パソコンもらいにきたんですけど」とハルヒコ。

「そんな話は聞いていない。だいたい、君たち何者だ?」とコンピ研部長。

「隣の部室の者」

「だから、何の権利があって、そんなことが言えるんだ?」

 いや、コンピ研部長、もっと冷静にいきましょうよ、と私は心の中で助言する。どう考えても、まちがっているのは涼宮ハルヒコのほうで、あなたは何ひとつまちがっていないんですから。

 他の部員も、そうだ、そうだ、と頼りない声を上げている。彼らからすれば、私は悪魔の手下その2ぐらいにしか見られていないのだろう。

「ふうん、あくまでも反対するということか」

 彼は右手をあごにあてて、刑事のようにコンピ研部室をじーっと見わたす。

 やがて、その視線は一点に集中して、

「あそこだ、みつる!」

 彼が指さしたその先に向かって、まるで猟犬のごとく、みつる先輩が駆けだした。俊敏な動きで、みつる先輩は、ロッカーに向かう。コンピ研部長か部員かの「あ、あ、あ」といううめき声が聞こえると同時に、勢いよくそこを開いた。

「今だ、キョン子!」

「ひょえ~~~~!」

 ほぼ同時に、二つの叫び声がコンピ研部室に響きわたった。ちなみに、後者の声の主は情けないことに私である。

 そのロッカーにあったものは……いや、わざわざ私がとりたてて書く必要はあるまい。山積みになった箱のパッケージの色彩は、高校生が手にしてはならないものであることを、これ見よがしに主張していた。

「おい、キョン子」

 涼宮ハルヒコが声をかけるが、私はあまりのおぞましさに、錯乱状態だった。しょうがねえな、と彼は私が落としていたコンデジを拾い、フラッシュをたきつける。

「や、やめてくれ」

 コンピ研部長がか細い声で抗議するが、涼宮ハルヒコとみつる先輩の動きは止まらない。

「だから、俺の言ったとおりだろ。絶対、こいつら部室に置いてるって」

「うわあ、これ初回限定のやつじゃん!」

「家じゃ隠せないからな。まあ、気持ちはわかるけどよ」

「これ、会社が東京に移転する前のやつだ。レアだよレア!」

 なんだか、みつる先輩のハツラツとした声が聞こえてくるのだが、幻聴ではないのだろうか。まるで、トレジャーハンターが財宝を掘り当てたような歓声が耳に届いてくるのだが。

 涼宮ハルヒコは、ひとしきり、シャッターを切ったあと、さわやかな顔でコンピ研部長と向き合う。

「ということで、パソコンもらいにきたんだけど」

 部長を含め、コンピ研部員はガックリと肩を落としている。しかし、私は彼らに同情することはできない。まったく、部活動を何だと心得ているのか。まさか、学校から配分された部活動補助金でこんな破廉恥なものを買っていたりはしていないだろうな。

「わかったよ、あれ、もっていけよ」

 コンピ研部長は、涙目で入口近くのパソコンを指さす。

「おい、みつる。あれ、どうだ?」

「ダメダメ。もらうなら、その部長さんのだよ」

「ああ、これはダメですから。ヤバいですから」

「中身は興味ないから。今からバックアップ取ればいいんじゃねえの」

 涼宮ハルヒコは容赦しない。

 そんなゴタゴタの中、みつる先輩は私に近づく。

「キョン子さん、ちょっと驚きすぎだよ。いきなり見たらびっくりするのはわかるけど」

「だって、なんで、あんなものが部室にあるわけ?」

「いやいや、オトコの部室なんて、どこもエロ本がわんさかあるもんだって」

 もちろん、私だって男子がそういうものを求めていることは理解しているつもりだ。だが、いわゆる不健全図書類よりも、ここにあるものは許せないものではないか。私はそういうものには寛大になれない。寛大になってはいけない気がする。女の子として。

 そんな私の葛藤も知らずに、みつる先輩はうれしそうに話す。

「キョン子さん、これ、すごいと思わない?」

「そんなもの見たくないから」

「これはだいじょうぶだから、ほら、ほら」

 彼が見せたのは、なんとセーラー服だった。我が北高の制服ではない。いや、どこの制服でもあろうはずがない。白と赤のコントラストがまぶしい、個性的かつ非現実的なセーラー服。

「これね、初回特典のやつなんだけど、ゲームと同じ制服なんだよ。まさか、実物を見ることができるとはね。びっくりしたよ」

 それよりも、それが何だかわかるアナタにビックリなんですが。コンピ研が堕落した部活であることはどうでもいいとして、みつる先輩にオタク疑惑が発生したことに私は動揺をかくしきれない。

「だから、おまえはついてくるな、って言ったのに」

 コンピ研部長と交渉を終えた涼宮ハルヒコが、私に声をかける。

「でも、キョン子さんがいたから、うまくいったところはあると思うよ」

「それは言えてるな。そういう意味では助かったぜ、キョン子」

 感謝されてもありがたくない。こんな下品なことをやるのだったら、最初に教えてくれないと困る。頼むから、女の子に対する最低限の配慮ぐらいはしてほしい。

「あー、あと、これもらっとくぜ」

 そう言って涼宮ハルヒコはみつる先輩が私に見せていた赤白のセーラー服を手にとったが、コンピ研にはもはや、それに異を唱える声は残されてなかった。

 

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