第二十九話『心を持つ者達』(4)-1


AD三二七五年七月二一日午前四時


 識別信号を基に探し回ったが、流石にこのアフリカの大地を探すのは無理だ。

 なんでこんな厄介事引き受けなければならんのだと、レムは苛立ちながらレーダーを確認した。


「ぬー、このままあいつ放って帰るの無理かなぁ?」

『流石にプロトタイプ渡せないだろ。いくらお前があいつを虫が好かんと言ってもな』

「いや、私があいつにむかついてんのはさ、姉ちゃん絶対に泣かせるからだよ」

『はぁ?』

「姉ちゃん絶対にゼロに惚れてるくさいからねー。ま、自分の境遇に初めて納得してくれる他人に出会えた上、割と境遇だけは似たもの同士。その上イドを一喝で押さえ込む男。ああ見えて姉ちゃんウブだから、なおさらだね」

『お前、考え方がおっさんだぞ』


 ブラッドの言葉が突き刺さる。まだ十六の女子高生に言う言葉かとあきれ果てた。

 少なくともあんたほどおっさん思考じゃないわいと思ったとき、レーダーが遊軍の反応を見つけた。

 ゼロかと思ったが、数が多い。


「あれ? 姉ちゃん?」


 見ると、先陣にいたのは空破だった。

 殿の部隊が帰ってきていたのだ。もうあらかた撤退は完了しているし、殿の役目も終えた。

 しかし、何故紅神の識別信号に従っていたはずなのに、空破に辿り着いたのだろう。

 何はともあれ、空破に通信をつないだ。


「よす、姉ちゃん」

『レム?! あんたゼロ探しに行ったんじゃなかったの?』

「いや、識別信号に従ってたはずなんだけど……。姉ちゃん達こそ会わなかった?」

『いや、欠片すらも』


 会っていない、ということだろう。

 まさか、これは罠か。

 そう思った直後、熱源反応があった。


 人が、一人いる。

 銀髪の男だった。このクソ暑い中、スーツ姿だ。しかし、シャドウナイツと違って黒ではない。

 そして、頭痛がした。

 左半身に、刻印が浮かんでいる。まさか、これは人間ではなく、アイオーンか。


「よく来たな。コンダクター」


 静かに、だが確実に届くような声で、その男は言った。

 何故か、この男からフェンリルの会長であるフレイアの面影がちらつく。喋り方も、何処かそれに近い。


『何者なの、あんた』

「ユルグ、とでも名乗っておこうか。そうした方が、人類にはわかりやすいのだろう?」


 ルナの苛立った口調にも、悠然といなす。そして人間を見下す。まぁ、あまり会ったことがないが、聞いた話ではよくいるタイプの上級人型アイオーンだ。

 だが、何故か震えが止まらない。イドの前でも、こんなに震えたことはなかった。


 何か、アイオーンとは更に違う、何か。そんな風に、本能が告げている。


 何なのだ、あれは。


(全軍直ちに退いて! あれは今の戦力じゃ太刀打ちできない! 早く!)


 急に、セラフィムが叫んだ。正直、今までこんなに叫ぶセラフィムは見たことがない。

 これ程切羽詰まっていると言う事は、セラフィムの言う事を信じた方がいいのだろう。

 自分からもルナに撤退を進言しようとした直後、ユルグが、指を一度鳴らした。

 頭痛が、襲ってきた。しかも、今度は少し激しい。


『レム、大丈夫?』


 ルナも左半身に刻印を浮かべている。脂汗を掻いていたが、耐えているように見える。

 姉が耐えているのだからと、必死に耐えた。


 金色の光が、空中に見えたのは、その直後だった。

 その光が、大きくなっていき、やがて、鳥のような形を作り出した。


 ある種、幻想的な風景であるように、一瞬レムは思う。同時に、何故か、懐かしさがこみ上げた。

 それが何故なのか、分からない。


 何故か、母が死んだ日に、家の軒先に巣を作っていた鳥が、空の遙か先に飛んでいったのを、急に思い出した。

 ただ、飛び去っていった鳥は、このように巨大ではなかった。

 五〇mに迫ろうかという巨体、黄金に輝く羽毛を持つそれは、空中をホバリングしながら、不気味に自分を見つめている。


「我……十二使徒が一人、フィリポなり」


 前に、十二使徒とゼロが戦闘したことがあった。その時戦ったマタイは、割と五月蠅かったが、今回のフィリポはそれとは対照的に静かなたたずまいをしていた。


 だが、何故だろう。何故か、余計に懐かしさがこみ上げてくる。

 声が、何処かで聞いたことがある気がしていた。


「後天性コンダクター、これと戦ってみせろ」


 ユルグが、不気味に嗤った。また、少し体が震える。


『ふざけてんじゃねぇぞ、化け物がぁ!』


 ファントムエッジが、ユルグに向けて武器を一斉に射出したが、ユルグは蜃気楼のように、ゆっくりと消えた。

 ただ、大地に穴が開いただけだ。

 直後、下級のアイオーンが、またそこら中に発生し始めた。レーダー一面を覆わんばかりに、アイオーンが群れを成している。


「何、お前達の相手はこれがしてくれる。不足はないだろうが」


 ユルグの、見下した声だけが響いた後、ユルグの気配が完全に消えた。


『レム、あなた、あれと当たるのは……』

「姉ちゃん、多分、こいつをここで倒さなきゃ、うちらは全滅する。ま、安心しなさいな。私とて、ルーン・ブレイドの一人。負ける気は、しないさ」


 強がっては見せたが、不安に押しつぶされそうになっているのも事実だ。だが、どうにかなると考えなければ、やってられない。

 それに、そう思っていれば、いつの間にか流れはこちらに付いていく物だ。

 ルナがため息をついた後、苦笑した。


『分かった。任せるわ、あんたに。レム、あんたに、あたしらの背中、預けます』

「はい」


 それで、通信を切った。

 任せる、と言ってくれた。それが、何処か嬉しかった。

 それで、ルナからの通信も切れた。


 しかし、あれだけの数を地上に展開されると、どうやら本当にこれと一騎打ちをしなければならないらしい。

 IDSSを、強く握る。

 汗が、少し出てきた。一度、呼吸を整え、相手を見据える。


「レミニセンス・c・ホーヒュニング、推して参る!」


 叫んで、フットペダルを思いっきり踏み込んだ。

 フィリポもまた、叫ぶかのように甲高い音を上げた後、一気にこちらへと翼を羽ばたかせながら接近してくる。


 レーダーを見る限り、あれは音速を超えている。マタイの空戦版、といったところかもしれない。

 だが、こちらにはゼロと違って情報を引き出せる存在がいるのだ。


(セラフィム、あいつの特性は?)

(十二使徒の中でも唯一の空戦対応。機動力重視型よ。後、羽に注意して)

(羽?)


 熱源反応が甲高くコクピットに鳴り響いた。

 フィリポが羽を羽ばたかせる度に、羽毛、いや、羽毛に見える気が、一枚ずつ剥がれ墜ちていく。


 直後、墜ちていた気が、刀剣状に固まる。銀色に鈍く光るそれが十個、フィリポの周囲を舞ってから、一斉にホーリーマザーに向かい始めた。

 見る限り、鳳凰のアルマスを応用したような武器だ。ただ、あれと違うのは無線であること、刀剣状であること、そして弾数がほぼ無限と言う事だ。


 前にゼロが短期決戦でしか十二使徒は戦えない体だと言ったが、確かにこれなら納得出来る。最初から、フィリポは本気だ。

 しかし、となれば、限界を迎えるその一瞬を突くしかない。出力を空戦能力にほぼ割り振ったホーリーマザーからすれば、もうそのワンチャンスに賭けるしかないのだ。


 しかし、羽から進化した刀剣類は不規則な動きをしながら、かなりの高速で向かってくる。

 一度舌打ちして、旋回しながらブレードライフルを銃形態に変化させ、乱射しながら剣をたたき落とす。


 相殺したかと思ったが、何個か剣がこちらにやってきた。

 ブレードモードに切り替えて、切り落とす。


 直後、今度は上方に反応があった。

 フィリポが、自分の真上にいる。一気に急降下してきた。


 フットペダルを踏み込んで、回避しようとするが、計算しても間に合わない。ブレードライフルで、一度いなした。

 何か、情報が流れ込んできた。


 コアの、記憶が何故か、流れ込んできた。

 いつの間にか、見覚えのある景色を見ている。


 自分の実家であることに気付いた。少女が一人、泣きそうな顔でいる。

 それが、自分であることに、レムは気付く。


 母が、昔の自分の頭を、なでていた。父は、憔悴しきって、外に出ていた。部屋には、自分とやせ細ってしまった母だけがいる。

 母は、結局最後まで病院に行かなかった。家で死にたいと、そう言ったのを、今更に思い出す。


 そうか。これ、お母さんが死ぬ直前だ。


『レム、泣いてたら、前には進めないわよ。だから、いつまでも泣いていないで、笑っていなさい。でも、自分の心に正直でいなさい。真実を、見据えながら、生きなさい』


 それで、母の手に力がなくなった。

 思わず、落ちていく手を抑えようとしたが、すり抜けた。

 自分は、ただそれを見ているだけなのだ。所詮、過去に過ぎない。


(レム!)


 急に、知っている声に起こされた。ハッとする。

 気付けば、まだコクピットに戻っていた。


(どうしたの?! ボサッとしてたおかげで、左手一本持ってかれたわよ!)


 心臓が、飛び跳ねていた。

 左手が一本やられたこともある。

 だが、それ以上に、あんな記憶が流れ込んできたことの方が、ゾッとした。


「嘘、でしょ……。なんで……なんで、そこにいるの……お母さん」


 あの記憶を知っている人物は、二人しかいない。

 一人は自分だが、もう一人は、死んだ母だけ。そして、アイオーンになれるのは、よほど特殊な条件を踏まない限りは、死んだ者だけだ。


 震えが、急に来た。

 ユルグとは違う、震え。


 そうだ、自分は、母親を、己の手で再度殺さなければならないのだ。

 逃げ出したいと、初めて思った。戦場から、逃げたいと思った。

 だが、それは、ルナを殺す。


 叫んだ。一度、何もかも忘れたくて、叫んだ。

 本当に、忘れたい。何もかも、忘れたい。

 これが、現実なのか。夢うつつなのか。

 もう、どうでもいいように、レムには思えた。

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