第二十九話『心を持つ者達』(3)-1

AD三二七五年七月二一日午前三時一一分


 被害状況、ゴブリンタイプ四三機破損、未帰還三〇機。オーガー一〇機破損、未帰還八機。プロトタイプエイジス一機造反。残りのプロトタイプエイジス、一機武器破損、一機左腕消失。陸上空母一隻轟沈。戦死確認三二〇名。重軽傷者不詳。

 酷い負けっぷりだと、ザウアーは端末を見ながら、頭を抱えた。


 九天応元雷声普化天尊のコクピットから出て、本社と協議し、一度アフリカから手を引くことを確認した。

 今更ながらベクトーアと休戦して良かったと心底思った。この負けのまま、仮にベクトーアが攻めてきたとすれば間違いなく負ける。


 楼巴が怒号を上げながら、機体の整備と状況の把握に当たっていた。こういうときは、隊の長に任せた方がいい。

 格納庫から、外に出るまでの廊下には、多数の怪我を負った兵士がいた。既にケツアルカトルの中は野戦病院と化している。

 こんな時にベクトーアの玲・神龍、いや、ジェイス・アルチェミスツがいてくれればと、少しうらやましがった。

 アルチェミスツ家の嫡男に、自分達は愛想を尽かされたのだ。それもまた、自分の一族の罪でもある。甘んじて受けなければならないのだ。


 甲板に出た。

 意外にも、スパーテインがいた。

 ただ、静かに座していた。隣に行くと、少しだけ、海風が感じられた。そこまで、冷たくはない。


 暫く、無言で顔も合わせなかった。

 どれ程時が経ったのか。少し、月が西に沈み掛けていた。


「私を斬れ、ザウアー」


 小さく、スパーテインが言った。驚くほど、声はか細かった。


「お前、今回の敗戦の責を取るというのか?」

「被害状況は、正直私の想像を遙かに超えた。それに、メガオーラブレードの刀身を盗られたのだ。あれだけの量のレヴィナスを強奪され、挙げ句部下を大量に死なせた。殺せ、ザウアー。私が死ぬことで、上がる士気もあるだろう」


 何かが、切れた。

 いつの間にか、手が動いた。

 思いっきり、拳でぶん殴っていた。スパーテインが、滑るように吹っ飛んだ。


「貴様程度殺したところで、上がる士気があるか、このたわけ! こんな腰抜け如き、今俺が殺してやる! こんな腰抜けに育てられたようでは、さぞや貴様の部下も腰抜け揃いだろうな、あぁ?!」


 急に、スパーテインが起き上がるや否や、自分を殴りつけた。

 何処か、意識が遠くへ飛びそうな拳だった。一発が、異常に重い。


「ザウアー貴様ぁ! 『俺』をバカにするならまだしも、部下を侮辱することは貴様でも断じて許さん!」


 騒ぎを聞きつけたのか、何人もの部下が、甲板に上がってきて、自分達を抑えようとした。

 だが、怒りだけが上がっていく。

 これ程猛り狂った怒りを自分が抱いたのは久方ぶりだった。しかし、スパーテインも相当に怒っている。目に殺気以外浮かんでいなかった。


「静まれ、貴様ら!」


 騒ぎが、一瞬ぴたりと止んだ。ディアルが、ゆっくりと甲板に出てきた。


「ザウアー、スパ兄。互いに、色々鬱憤溜まってるんだろ? だったらよ、ここで好きなだけやれ。そっちの方が、スッキリするんだろ?」

「し、しかしディアル中佐、万が一双方の身に何かあったら、どうなさるおつもりなのです?!」

「は? そんなもん俺が知るかよ、史栄。俺も俺でむかついてんだ。正直あんたらの殴り合いに俺も加わりたいくらいだが、三つどもえは面白くないからな。だから俺はオブザーバーに徹する」


 相変わらず、ディアルは短気だったが、意外にも自分を抑える術は身につけたらしい。

 だが、いい案だと思えた。


「その案に乗るぞ、いいな」


 スパーテインが、一つ頷いた。

 それで、抑えつけていた部下は全員離れた。遠くに、自分達を囲うように、円を作っている。


 見届けよう、ということなのかもしれない。

 それはそれでいいと、ザウアーには思えた。

 スパーテインを殺そうと、心底思った。


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 あっさりと、ヴェノムは退けられた。

 まさか言葉合戦で挑発し続けたらあっさりと引っかかって突っ込んでくるとは思わなかった。


 あのまま包囲しておけば分からなかったが、何を血迷ったのか包囲を解除して正面から突っ込んだのだ。当然こちらが方陣を退いて粉砕した。

 何せ方陣を得意とする竜三がこちらにいるのだ。負ける要素があるわけがなかった。


 空破のダメージチェックを行ったが、やはり肩以外そんなにダメージはない。脱落した機体も、いなかった。弾薬が若干足りないくらいだが、後数キロもすれば叢雲と合流できる位置まで移動したので、それも大して気にしていない。

 エドは本当に精強な部隊を築いたと、改めてルナは思った。


 敵戦力は、一大隊も残らなかった。ヴェノムが部下に抑えられながら退却していく様は、正直敵ながら哀れみさえ感じた。

 だからこそ、疑問が出た。


「なんでフェンリルはヴェノムなんて使ってるのかしら?」

『力が全て、だっけか、フェンリルの社訓』

「そ。実力こそ全てっていうけど、だからこそあんなヘボがどうしてシャドウナイツの副隊長でしかも幹部会にいるのか、それが分からないのよ」

『お前こんな時によくもまぁそんなこと考えるな』

「こんな時だからよ、エド」


 エドは実際ため息混じりにこちらの話を聞いている。

 ただ、こんなに短期間でフェンリルと戦闘、それもよりにもよってヴェノムと二回当たったりしなければ、そんなこと思いもしなかっただろう。


 実際、シャドウナイツの戦闘記録を昔レムがクラッキングして入手したことがあったので見たことがあった。

 確かにハイドラがぶっちぎっている。正直、真冬なのに見たときに汗だくになったのを、今でも思い出す。


 一方副隊長のはずのヴェノムは、至って戦果は普通だった。ベクトーアならばせいぜい一中隊任せるか否か、といった、まぁ正直何処にでもいる将官、といった程度でしかない。

 むしろ他のシャドウナイツのメンバーの方が戦果を上げている。

 戦死したシャドウナイツも数名いるが、それでも戦果は個人単位で見ると異様な数値を示していた。

 だからこそ、一人だけ微妙な戦果の男が残り続ける意味が分からないのだ。


 そういえば、今になって思いだしたことがある。

 一人だけ、シャドウナイツで妙なメンバーがいた。

 戦果はまずまずで、別にシャドウナイツとしては中間と言った具合。まだ若い、というが、村正と年は変わらない。それに、地味だ。


 だが、経歴不詳、武装不明、乗っているエイジスは明らかにフェンリルのラインからかけ離れたデザインの上詳細スペック抹消、探ろうとした人間が必ず原因不明の死を遂げる。

 ロック・コールハート。この男だけが、何か違和感があった。いくら秘密が徹底しているフェンリルでも、多少なりとも過去の断片は見えてくる。だというのに、何も掴めていない。

 まさか、ヴェノムはこの男の隠れ蓑か。とも思ったが、考え過ぎかも知れない。


「いや、まさかね……」


 少し、疲れているのかも知れないと、ルナは思った。

 ため息をついた後、叢雲から緊急の通信が入った。


「どうしました、艦長?」

『ストレイ少尉が、ハイドラを殺しに向かった』


 どくんと、心臓が唸った。

 生きていたと思う反面、数時間前まであんな状態だったのだ。それでもなお、ゼロは殺しに向かう。

 死にに行くようなものではないか。


 そう思ったときに、端末にメールが来た。

 ゼロからだった。

 自分にだけ届くようにしていたようだ。内容を確認する。

 ただシンプルに、こう書いてあった。


『俺は一人に戻る』


 本当に、死ぬつもりだ。

 止めなくてはならないと、ルナは思った。こんなに必死になったのは、いつ以来だったのか、思い出すことも出来なかった。


「艦長! あたしに行かせてください! ゼロは、死ぬつもりです!」

『アホなこと言ってンじゃないわよ!』


 唸っていた心臓が、急に静かになった。

 アリスの、声だった。こんなに声を荒げたアリスを見たのは、初めてだった。


『あんたがそんなんでどうすんの?! さっき竜さんが言ったでしょ! 上がしっかりしなきゃ他が死ぬと! あんた本気で味方を殺す気なの?! それやるくらいなら』


 直後、レイディバイダーが、コクピットにハウリングウルフβの銃口を向けた。


『今すぐここであたしがあんたを殺してやる。あんたにはあんたのやることがあるでしょうが。敵前逃亡でこのまま死ぬ?』


 正論だった。反論は、何も出来ない。

 出来るはずがない。自分はただ、感情的になっているだけだ。

 一度、呼吸を整える。

 そのまま、前進を指示した。


「すみません、艦長、取り乱してしまって」

『追撃は陽炎とレムとブラッドに行かせてある。そのまま隊を前進させて、少し気を紛らわせておけ。いつ戦闘になるかも分からないからな』


 ロニキスはそれだけ言って、通信を切った。少し、とげとげしい口調であるように、ルナには思えた。

 隊が、静かにホバー音を立てて進んでいく。


 フットペダルを、一度踏んだ。

 少し、大きく加速させた。


 ゼロが、自分に前に言ってくれたことを思い出す。

 諦めるつもりはない。常に、それを言っていた。

 だが、それを捨てるというのか。それが、何より許せなかった。


「何やってるのよ……何考えてるのよ……」


 泣こうと思っても、泣けなかった。

 ただ、行き場のない怒りだけが、自分の中で溜まっていた。

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