バカンスのふたり
果てしない青空。きらめく太陽。エメラルドグリーンに透きとおる海。まばゆく照り返す白い砂。
今日は、バカンス七日目。
アタシがログインしたとき、ラフはもう、そこにいた。海水パンツを装備して、サーフィンに興じてた。
波を求めて、沖合へパドリング。邪魔な小波をドルフィンでかわして、絶好の大波と見れば、すかさずライドする。
サーフボードで波頭を左右に蹴散らして、かぶさってくる波のチューブをくぐり抜けて、ボードごと跳ね上がって宙返りを決める。
ラフへの拍手喝采がやまない。
「よくやるわ、ほんとに。火山地帯のマグマの川下りではアタシに後れを取ってたくせに、あっという間に上達しちゃうんだから。熱中しすぎなのよ。しかも、似合いすぎ」
アタシは波打ち際で肩をすくめた。今日のアタシは、バカンスを楽しむお嬢さまスタイル。オーロラカラーの髪は上品なアップにまとめてある。ワンピースタイプの花柄の水着は、胸元や腰のフリルがかわいい。
「せっかく着替えてきたんだから、早くこっちに来なさいよね」
なんていうのは、ただのひとりごと。
ニコルは舟で釣りに出掛けてる。ボーナスイベントの魚釣りがめちゃくちゃ上手なの。「
しばらくサーフィンを眺めてたら、ラフがアタシに気付いた。ボードを小脇に抱えてアタシのほうへと駆け寄ってくる。
「来てたのか、お姫さま。気付かなくて悪ぃ」
「別に。アタシも、アンタのサーフィン見てて楽しかったし」
「そっか? 今日、なんか雰囲気が違うな。似合うじゃん」
「当たり前でしょ。似合わない格好なんかしないわよ」
「普段より布の範囲が広いのに、普段より色気があるぜ」
「黙りなさい」
ラフのほとんど全身を、赤黒い呪いの紋様が覆ってる。アタシの目に映るところはもちろん、たぶん海水パンツの内側も。呪いが刻まれてないのは、顔と手のひらと、くるぶしから下だけだ。
「アンタの呪いの発動、あと一回ってところ?」
ラフが笑いを引っ込めた。
「そうだな。次に使ったらデリートだ」
「やめてよ。そんな紋様……アンタに似合ってない」
「紋様だらけで、気持ち悪いか?」
「気持ち悪くはないわ。見慣れたから」
「え、なになに? そんなにいつもオレのこと見てるの?」
「ちょ、ちがっ……あんたが勝手に視界に入ってくんのよ!」
「よせよ、照れるぜ」
「このバカ! ぶっ飛ばされたい?」
アタシはウェッジソールのサンダルでラフの足を踏みつけた。
「うおっ、その靴、意外に攻撃力高いな」
「そういう言い方、ムカつくんだけど!」
「え、ムカつくって、どのへんが?」
全部よ、全部。サンダルを靴って言ったり、貝殻の細工がかわいいのを誉めてくれなかったり、かわいさ重視なのに攻撃力とか言い出したり。
と、そのとき。
「おーい、お二人さーん」
ニコルがのんびりと砂浜を歩いてきた。麦わら帽子をかぶって釣り竿をかついだ、釣り人スタイルだ。
「お、今日も大漁か?」
「もちろん。フアフアのミニゲームは景品が充実してるから嬉しいね。で、お知らせがあるんだけど」
「なによ?」
ニコルは静かに告げた。
「宿にピアズの管理部から通知が来たよ。ミッションにシナリオを反映させる作業が完了したって。一週間以内に参加申請をするようにってさ」
「そ、そう……」
「ボクは魚の加工や保存食作りに取りかかるよ。お二人さんはどうする?」
ラフはサーフボードを抱え直した。
「今、潮が最高で、すっげぇいい波が来てるんだ。最高得点を目指して、もうちょい波に乗ってくる。お姫さまは?」
「え? アタシ?」
「暇ならサーフィンやろうぜ。ボードの選び方から教えてやるよ」
「なによ、えらそうに。すぐにアタシのほうがうまくなるわよ」
「そう来ねえとな。じゃあ、ニコル、お姫さまを借りてくぜ」
なんでニコルに許可を求めてんのよ? って、愚痴を言う暇もなかった。アタシの手を、ラフの手がつかまえた。
「ち、ちょっとっ!」
「行くぜ、ほら!」
ラフに引っ張られながら、アタシは砂浜を走ってる。ラフの背中で、漆黒の束ね髪が揺れる。ときおり、チラリと振り返る笑顔。
ロヒアウたち、村の若者のそばを過ぎたとき。
「ひゅーひゅー!」
「お似合いだよ!」
冷やかしの声が飛んできた。AIのくせに、余計なリアクションしないで!
コントローラを持つアタシの手が震えてる。なんでこんなにドキドキするの? 手をつないでるのは「あたし」じゃないのに。
ラフと手をつないでるのは「シャリン」だ。その手のぬくもりが、まぶしい太陽が、「あたし」にはうらやましい。
ひとけのないヤシの木陰で、ラフは急に足を止めた。体ごと振り返る。手はつながれたままだ。
「なあ、お姫さま。ちょうどアイツが席を外してるから訊くけど」
「アイツって? ニコルのこと?」
「ああ」
「アンタたち、もしかして一緒の場所にいてインしてるの?」
「そーいうこと」
なにそれ? アンタたち、現実のほうでも友達ってこと? アタシだけがひとりぼっちなの?
「……ずるい……」
「え? 何て言った?」
「別に」
ラフは早口になってささやいた。
「お姫さまってフリーだよな?」
「は? な、なに言ってんのよっ? ふ、フリーに決まってるでしょ! なんでそんなこと訊くのよっ?」
「えー、いや、現実とこっちで別々の相手がいたらトラブるだろ。だから、手ぇ出す前に確認するのが、礼儀というか筋というか」
「なっ……」
手ぇ出す前に? つまり、ラフはアタシのこと……?
「言っちまえば、最初っからアプローチかけてたようなもんだけどさ。賭け、やったじゃん? 最初のモオキハ戦の、クォーターミニッツの。覚えてる?」
「お、覚えてる、けど」
「あの件さ、どうなのかなって」
「ど、どうって訊かれても」
「こっちの世界が仮面みたいなもんだっていってもさ、やっぱ『中の人』的には、シャリンだって自分自身なわけだろ? だから、あの賭け……って、あー、残念。タイムアウトだ」
「は?」
「悪ぃ、今の話、ナシだ。忘れてくれ」
「な、なによ、むちゃくちゃよ! どういうこと? ニコルがそこに戻ってきたの? アタシには関係ないわ。中途半端はやめて。なんなのよ、もうっ!」
アタシはラフの手を振り払った。結局、アタシは遊ばれてるの? 最初っからナンパなヤツとは思ってたけど。
アタシはラフを置いて立ち去ろうとした。
「ちょい待て」
「なによ?」
ラフが両手でアタシの両肩をつかんだ。有無を言わさず向き合わされて、アタシたちは真正面から見つめ合う。
「あー、もう、了解了解……っとに、この腹黒」
「え?」
「すまん、現実サイドの話。シャリンのことじゃなくて」
「アタシに意味が通じるように話して」
「うん、わかってっから」
ラフが深呼吸するのが、PCのスピーカから聞こえた。
「あのな、シャリン。今の状況、オレにとっちゃ公開処刑なんだけど、言うよ。でも、決定打を出す気はもともとないぜ。画面越しなんて、アンフェアだろ? ちょっとな、例の賭けの有効性を確認しときたいだけだからな。だから、その……」
言い訳を並べるラフのCGは、赤くなったりなんかしない。でも、その向こう側にはきっと、ほっぺたを紅潮させた誰かが存在している。
胸のドキドキが、マイクに拾われてしまいそう。アタシは、できるだけ落ち着いた声で応えた。
「なによ?」
***
ホヌアの中央台地の北側に、高い山がある。山頂は雲を突き抜けていて見えない。ホヌアは暖かい気候だけど、山の頂上だけは雪に閉ざされてる。
ここで例によって、雑学王ニコルによる解説。
「やっぱりホヌアのモデルはハワイ島だね。ハワイ島にはキラウエア火山があって、すばる望遠鏡が設置された雪山、マウナケアもあるんだ。すばる望遠鏡は雲より上に設置されててね、雲に邪魔されないから、いつでもクリアな視界で観測できるんだよ」
最後のホクラニは「
「今回はオレにも目的がある。目的を遂げるために、竜を倒さなきゃならない。銀剣竜ケアってのが、この万年雪の山頂に棲んでる。ケアは『ポリアフの剣』と呼ばれる宝剣を守ってるんだ。オレはその剣をケアからぶんどりたい」
ラフはマップを表示させて、雪山のてっぺんを指差した。そこが目的地なんだ。ニコルが途中の道を確認する。
「まず、中央台地の荒野を東へ突っ切る。それから、北へ方向転換。で、雪山を登っていくルートだね」
けっこうな長旅になりそうなのが、この際、ありがたい。だって、手こずるぶんだけ、ラフやニコルと一緒にいられる。
だけど、そもそもどうしてこのステージ限定なんだろう? アタシがピアを作ることを渋ったから? だったらもう、そんなの関係ないのに。
アタシはラフに質問した。
「どうしてポリアフの剣を狙うの? そんなにスペックの高い剣?」
「スペックがどうこうっていうより、この呪いをどうにかできる可能性があるから」
「呪いを?」
「まあ、氷系スキルが自動的に発動する宝剣だよ。持っといて損はないしな。こんなシナリオだけど、協力してくれる?」
黒い瞳がアタシを見つめる。胸がざわめく。このミッションで最後だなんて。
心臓がギュッとなって、気付いたら、アタシは口走っていた。
「いいわよ、協力してあげる。そ、その代わり、条件があるわ」
「なんだ?」
「次のステージでも、アンタたちのピアでありたい」
「え?」
「で、でも、あの……あ、アタシは一人で、だ、大丈夫だし。だから、あ、アンタたちの、気が向いたら」
ラフもニコルもハッキリとは返事をしてくれなかった。どうして? でも、アタシもそれ以上は何も言えなくて。
「ラスト、買い物行っておこうよ!」
ニコルの提案に乗っかって、アタシたちはにぎやかなショッピングエリアへ繰り出した。
アタシは防具を総入れ替えした。ビキニタイプの軽量メイルにシースルーの魔法衣、っていうコーデは変えてないけど。
胸当てはワンショルダーのを選んだ。左肩が留まってて、右肩が開いてるの。デザインも気に入った。ピンクゴールドで、南国の花が凸彫されてて、さりげなくかわいい。
魔法布のマントとスカートは、雪山対策の防寒仕様。火山の女神ペレのご利益付き。肝心のデザインは、メイルと同じくアシンメトリーな形。
ニコルはすぐに気付いた。
「新しい防具にしたんだね! 似合ってるよ、お姫さま」
うん。ちょっと大人っぽい感じになったでしょ? 髪型はツインテールのままだけど、これはアタシのトレードマークだし。
でも、ラフはバカだから、アタシが装備を変えたことに気付かなかった。信じらんない。怒ってやった。そしたら、すなおに謝ってきた。
「すまん。これ、プレゼント。機嫌直してくれ」
ラフがアタシのアイテムボックスに送信してくれたのは、ローズピンクのジュエル。空気に作用する魔法を帯びた宝石だ。装備すれば、寒気、熱風、毒ガスから身を守ってくれる。
「な、なんでアンタがこんなもの持ってんのよ? かなりレアでしょ、これ」
「サーフィンの最高ランクの景品。レア度高いし、お姫さまに似合いそうな色だと思ってさ」
「えっ?」
「時間的にギリギリだったからさ、焦ったよ。サーフィンのコマンド、案外ロングフレーズだろ? けっこう必死だったぜ。指、酷使して、手の甲と手首が痛ぇ」
そう言った声は緊張してるみたいに揺れてるのに、ラフのCGはさわやかに笑ったままだから、ずるい。アンタのほんとの顔が見たい。どんな表情で、アタシにこれを送ってくれたの?
「……とりあえず、ありがと」
アタシはその場でジュエルを髪に付けた。
「あ、似合う似合う!」
すかさず誉めてくれるのはニコルで、ラフはちょっとの間、黙ってて、それからようやく、ポツリと。
「やっぱ、かわいいな」
「わ、わかってるし!」
ナンパなくせに、ラフは、ほんとは照れ屋なんだ。アタシは胸がドキドキして、どうしようもない。
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