最後の謎 なぜ幸せな結末が望めないのか
空を飛び
竜の体には時折電流が
「人の身で我が元に来るのはお前が初めてだ、浦島太郎」
空を震わす声で、竜は人語を操った。
「そいつは光栄だ」と称賛を受け止めるが、俺にこいつとの会話を楽しむ気はない。さっさと本題を切り出す。
「竜宮城の出発前夜という丁度の頃合いに、乙姫に悪夢を見させたんだ。お前は俺たちの行動をずっと観察していたんだろう。
だったら、俺がここに何をしに来たのかも分かるよな」
「ああ、分かるとも。人の身で我を
「酔狂なのはお前だろう。あんな大掛かりなことをわざわざ仕組んで人を蹴落とそうとするなんて何を考えているんだ」
「ふはははは! 我の
「何を笑ってやがる。逆だ逆。悪趣味で気味が悪すぎて、
それにこいつが笑う度に、空気が
「はははは! そいつは嬉しいな。お主らが一番嫌がるように、できる限りの趣向を凝らしたつもりだったからな。満足の行く反応だぞ、浦島太郎よ」
「
「一体何のためにこんなことをしやがる! お前の狙いは何だ!」
「狙い? 狙いなど明白であろう。さっきから我は
「はあ!? さっきから笑ってるだけじゃねーか。とぼけやがって!」
「この『笑い』自体が目的なのだよ。分からんかね?
お主ら人間はあらゆる生物の中でも、一つ一つの出来事に最も過敏に表情豊かに反応する愉快な者達だ。それを手を変え品を変え
「楽しんでいるだけ……だと……」
「ああ、そうだ。中でも己の
「この野郎……っ!」
「さっきからお主は怒っているばかりだが、思ったより
「俺たちが喜ぶべきとはどういうことだよ?」
「玩具にとって気にかけてもらえて、楽しんでもらえるのは最高の
竜は無茶苦茶な持論を展開して、再び
――もう、我慢ならない。
嫌悪感を抑え込んで、何とかこいつの意図を訊き出したが、訊けば訊くほど、大上段からの
こんな奴に
こいつはぶっ倒さないと気が済まない。これ以上新しい浦島太郎も乙姫も生み出さないためにも。そして俺の寝覚めを良くするためにも。
俺は両腕を広げて、力を集中させる。右腕には全てを貫き通す電流を、左腕には全てを押し潰す水流を。『
「ほう、話は終わりか。直接話すのは滅多にない機会でな。もっとお主と語らいたいのだが、随分とご
「ああ、その通りだ。俺はお前を打ち倒したくて仕方がない!
だから、一瞬で決着させてやる!!」
浦島の成せる最終奥義。奥義とは即ち技能を組み合わせて繰り出される絶技。その中でも秘奥義と位置づけられるこの技こそ、本来の浦島がその
それぞれの
この世界に降り立った時には理解できなかった言語。だが必死で生き延びて、俺には本来の浦島の全てが理解できている。だから、今ならば繰り出せる――!
「いくぞ、秘奥義『
両腕から解き放たれた
激しい雷光と
だが実に硬い。流石は竜か。この流れに耐えるか。一向に身じろがない。困るよな。これって秘奥義なんだ。最強技だぞ。そいつに耐えれるなんて、そんなことあると、ちょっと参るんだが。
「――効かぬよ! 破っ!!」
竜は
「我とて天雷を
ははは! 皮肉なものだな! お主の極めてきた技能は、どちらも幸運なことに我の最も得意な属性でしかない! これほど、これほど滑稽なことがあろうか!!
絶対に倒す! そう意気込んでおったのに、どうじゃ! お主の絶望! 最高に気持ちがいいぞ! ふははははは!!」
「くぅ――っ!」
歯ぎしりをして、悔しさを噛み締める。まだだ。他の技なら通じるかもしれない。浦島の『能力値』を思い出せ。まだ使える何かが――。
「さあ、こちらからも反撃だ。我を楽しませてくれよ、お返しにこいつらだ!」
竜は
こっちは生身の人間だ。あんな自然の驚異が直撃したら一瞬で終わりだ。浦島が
しかし、こんな
「『
俺に残された攻撃手段は
あーあ、こいつを再び手にしたくはなかったな。
受け取った直後、竜の爪が眼前に迫り、すんでのところを
だが、俺と竜の体重差は歴然。強い衝撃が伝導する。まともに受けると体が壊れる。反動にそのまま身を任せ、翼で後ろに
吹き飛ばされて距離が出来たのはいい。だが、雷と水流の遠隔攻撃、爪と体当たりの近接攻撃を併せ持つ竜とどう戦えばいいのか。
竜に
――
魔槍が話しかけてくる。今はお前と話してる場合じゃねーんだよ!
ほら、そうこうしていうるうちに竜がまた突撃してきた。目の前に爪、同時に
――浦島よ、随分と強くなったな。ずっと呼ばれぬから忘却されたかと思っていたが、いやはや人間の限界を軽く突破しているではないか。
感心している場合じゃねーよ! お前を呼んだのは、目の前の竜に対抗するためなんだ。お前もなんか倒す方法を考えろ!
――竜に対抗? 十分に対抗しているではないか?
ああ?! やっとで
――いや、竜は焦っておるぞ。攻撃が徐々に間断なく早まっているのが分からんか。
何?
――浦島よ、竜の攻撃を
俺の最強の武器?
――今のお前の最強の武器は、その
そうか、全速前進でこの銛を振えば、あの竜の果てなき胴体の何里に渡っても切り裂き、致命傷を負わせられる。
ならばと、構える。次に竜が迫ってきたとき。その懐に飛び込み、口から尾までを断ち切り続ける。
迎撃に備える俺に、魔槍はさらに語りかける。
――それにのう、浦島よ。随分と強い意志を持つようになったな。今のお前は
俺は誇らしげに翼を広げる。死を
今この憎き竜を倒せるのなら、何だっていい。俺は使えるものは何でも使うだけだ。
「おのれ、ちょこまかと。もう逃がさんぞ、大人しく我が生贄となれ!!」
竜は今度は噛み砕こうと真正面から向かってくる。今この時こそ反撃の好機。
前傾して低所で攻撃を回避。そして
長い竜の胴体を、
「おのれ、おのれえええ! 人間の分際で、我を、わ……れ………を……」
もはや遠い後方から竜の断末魔が聞こえる。息も絶え絶え、終点は近いだろう。頭から尾まで両断されれば、いくら竜でも生きていられまい。
竜の意識がなくなる前に、少しくらいは言ってやろう。
「人間を馬鹿にするな。俺達はお前の
例えばこの『浦島太郎』という物語が今本当の終わりを迎えるように。諦めない限り、俺達の物語はもっと良いものに生まれ変わっていく。
やっと暗雲の終わりが見え、銛は尾に到達して空を切った。
勢い余って飛びすぎ、やっとで静止して振り返ると、竜の体には電流が無秩序に閃いていた。恐らくは行き場を失った魔力が暴走している。
間もなく爆発。飛び引いて、それが収まるのを見届ける。
やっとで、竜を倒したのだ。
……これで悪夢は終わり。元の村に戻るとしよう。メメント・モリに礼を言って、そのまま
そのときに
(お勤め、お疲れ様)と女神の声が脳内に響いた。
(この物語の結末は固定されたわ。竜以上の
だから、ここであなたの
あーそうかー、『結末の固定』とかって、最初に言っていたもんな。
でもさあ、働くだけ働かせて勝ち得た
(あなたなら、現実でもきっとうまくやっていけるわ)
そうかねぇ……。現実は一人身でネットがお友達の
(大丈夫よ。こんな高難易度な物語を大団円で締めくくったんだから、あなたの力は現実でも認められるはずよ)
まぁ自信は付いたかもしれない。この体験を元に創作してみるのも良いかもしれないな。
ああ、本当に意識が薄れゆく。酷いなぁ。せめて乙姫が泣きながら俺を出迎える辺りまでは過ごさせてよ。
(温情としては、そうしたいところだけどね。あなたのためにも駄目よ。特に物語をうまく収めた人ほど残りたがるの。でも、残れば残るほど何もかもが大事に思えて、区切りが着かなくなるのよ。だから、ここで終わり)
意識は遠ざかり、暗転していく。女神の声が
(実は本来の浦島はずっとあなたの中にいて、その行動を見ていたの。結構感心してたのよ。だから、乙姫もちゃんと任せろ!って言ってたわ。
だから、安心してあなたの生活に戻ってね。
じゃあ、さようなら。良い物語をありがとう)
<おさらい>
最後の謎 なぜ幸せな結末が望めないのか
その真相 竜が人の
でも何とか倒した。
これで幸せな結末だよな。
~めでたしめでたし~
――そして目が覚めた。
日付を確かめると、あの世界に行った晩の翌朝だった。完全に夢オチのような結末だ。
でも、あの世界のことは鮮明に覚えている。近いうちに『浦島太郎』の物語は書き換えられるだろう。子供向けでは描写できないことばかりやらかした気がするが、女神さんが何とか調整してくれるはずだ。
何の変哲もない朝が再び始まる。そう思ってしまえば、変わらずに過ごすこともできるんだろう。
でも、いろいろ考えて頑張ったから、あの世界では凄いことになったんだよな。
『浦島太郎』の世界にて起こった出来事で胸を一杯にする。
――そういえばあの世界では何かを変えようと必死だったけど、普段は新しく変えてやろうって過ごしたことはあまりなかったよな。
自分の現実の生活の中にも、新しい物語の
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