雑多短編集
はるゆき
第1話「嘘から出たマコト」
昔々なのかはわからないけれど、あるところに小さな町がありました。
山と森に囲まれて、豊かとはいえないまでもそれなりに土地が越えていて、国境沿いにあったので、向こうの大きな国にいくためのルートのひとつでもあったおかげで他の貧しい町よりもずっと豊かな町でした。
そんな町にも言い伝えがありました。
しかし、言い伝えというには表現が些か正しくありません。
それは、ずっと昔からある噂でした。
『あの東の森に入ってはいけない、何故なら魔物が出るからだ』
よくある話でした、笑ってしまうくらいにありきたりな話でした。
東の森というのは文字道理、その町の東にある森の事です、町はもともと山と森に囲まれておりましたが、何故かその東の森だけがそのような噂を持っていたのです。
ですが、国境を超えるのには南の山を通りますし、他の用事もまた別の森や山で済ませてしまえるので、町の人達にとってその森に入れないことは大した痛手ではなかったので誰もその森に入ろうとは思いませんでした。
しかし、ある時に一人の若者がその噂を確かめに行きたいと言い出したのです。
若者の名前はジャックと言って、そういう事を聞くと居ても立っても居られない厄介な性分をもっていたのです。
ジャックが森に行くという話を聞いた人たちはみんなジャックを止めました。
あの森は魔物の事を差し引いても昔から危ない場所だということを寄ってたかって言い聞かせましたがジャックは一向に聞く耳を持ちません。
「大丈夫、大丈夫。単なる迷信だって、それに他の森や山には数え切れないほど行ってるんだから西や北の森がだめで東だけがだめなんてあるもんか」
そう言って笑いながらはぐらかすのでした。
あんまり言っても聞かないのでおしまいにはみんな言うのをあきらめてしまうのでした。
さて、そんな人の話を聞かないジャックはとうとう東の森へとやってきました。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか」
東の森は他の森と違い、湿気が多くそのうえ崖だらけでしたので、ジャックは慎重に森の奥へ奥へと一晩過ごせるところを探しに行きました。
ジャックは森に入るのになれているおかげもあって、道筋をきちんと残しながら森を歩いていきます。
「この森は大層危ない所が多いなあ、子供たちが入って行ったら大変だ。あんがい、あの噂はこのためなのかもしれないな」
ジャックは一人で納得しながら、丁度いい洞窟にもなっていない岩のくぼみを見つけ、そこで一夜を過ごすことにしました。
明日も同じルートを通るとはいえ注意をしなければならないとジャックは思いながら火を絶やさないように横になりました。
そして、すっかり夜も更けてきたころです。
不意にすぐ近くの茂みがとても大きな音を立てるのが聞こえてきました。ジャックは急いで持ってきた山歩き用の鉈を構えます。
魔物がいないまでも熊や狼に出会ったら大変なので持ってきていたのです。
静かに鉈を構えていると茂みからその音の正体が姿をあらわしました、暗くてよくは見えませんがそれは確かに人の形をしていたのです。
ジャックはとてもびっくりしました、町の人ならこの森のこんな深くまでそれも遅い時間に来るはずが絶対ないからです。
何も知らない旅人か物見遊山の何者かだとジャックはあたりをつけました。
もしも、その目の前の人の正体が盗賊でも使い慣れた鉈も持っていますし、何もしなければいいと思ったのです。
「こんばんは、こんなところでどうしました」
ジャックは人影に声をかけましたが、返事がありません。
「もしもし、どうかしましたか?」
ゆっくりゆっくり歩いてくる人影になおもジャックは声をかけます。
そして、火に近づいてときにその姿をはっきり見てしまいました。それは、人ではありませんでした。
いいえ、人だったものでした。
半開きの口からは涎が絶え間なく流れ落ち、服はぼろぼろで肌の血色は極めて悪くしかも腐っているので腐臭を辺りに撒き散らしながらゆっくりゆっくりジャックに近づいてくるのです。
「ひっ…」
ジャックは堪らず鉈をその歩いてくる腐った死体に叩きつけました。
死体は特に抵抗もせずにその攻撃を受け、片腕がもげかけてしまいました。
しかし、死体であるせいか痛くもかゆくもないと言わんばかりに歩みを緩めずにまだまだ近づいてきます。
「あ、あああああああ」
歩く腐りきった死体など見たことも無いジャックはすっかりパニックになってしまい、夜の森をあてもなく駆け出しました。
唸るような死体の声は徐々に増えてきます、視界の端々がそれに映るのですが死体は走れないらしく一向にジャックに追いつけません。
しかし、ジャックはもうそんなことは関係ないとばかりにまだまだ足を引っ掛けながら走り続けます。
「来るな来るな来るな来るな!」
その時です。
ジャックは昼間と違って冷静さも明りもなかったせいで、昼間は危なげなく通れた崖を勢いよく転がり落ちてしまいました。
ジャックは断末魔の声を上げながらどんどんと崖を落ちてとうとう首の骨を折って運悪く死んでしまったのです。
それから、暫くたったころジャックがあんまり帰ってこないので町の人たちは大変に悲しみました。
「可哀想に、ジャックは魔物に食べられてしまったに違いない」
「そうだ、それに違いない。もしも生きているのなら今頃ピンピンして森に魔物は居なかったと話して回っているだろうよ」
「ああ、あと一か月も帰ってこなかったら教会の神父様に葬儀をしてもらおう。一か月以内に帰ってくることをみんなで祈ろうじゃあないか」
町の人々はそう口ぐちに話すのでした。
一方その頃、当のジャックは森にいた動く死体たちの仲間入りをしていました。
この森は昔から崖が多く、死んでしまった人たちを回収できなかったばっかりにみんな魔物になってしまっていたのです。
昔は魔物がいなかった東の森は、そこで死んだ人たちが魔物になってそれから『魔物が棲む森』になっていったのです。
魔物なぞいないと冒険に行ったジャックは、自分がその魔物になってしまったのでした。
めでたし、めでたし、お話はおしまい。
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