第二章 逆恨み

第1話 IT産業の曹操

 瑠美が連れてきた身なりの良い中年の男は、影に憑かれているにも関わらず、自分の意識もかなり持っていた。その様子を見た政宗は、何とはなく他人では無いかと感じる。

「一応、基本的な事をお尋ねします。名前と年齢、そして職業、後は家族構成……ええっと、そんなところかな?」

 政宗は、ミステリー小説を読むのが一番好きな癖に、いざとなったら全く推理力もない。ミステリー小説の名探偵なら、この人物が誰かぐらい経済新聞とか読んで把握していただろう。しかし、中年の男は、若いオーナーの不見識を責めるどころでは無かった。

「私は東三条賢治といいます。年齢は55歳になったところです」

「職業は……」と言い続けたところで、流石の政宗もハッと気づいた。無礼にも指さして、叫ぶ。

「東三条賢治! あのスリースターズの社長さんですよねぇ? IT産業の曹操と呼ばれている方と会えるなんて、光栄だなぁ」

「その呼び方は、あまり好きではないのです」

 次々と企業を買収していくIT三国時代の雄としての東三条を評した言葉だが、奸雄のイメージが強い曹操と言われるのは心外だと眉を顰める。

「へぇ、私は曹操が好きですけどねぇ。まぁ、それは置いておいて……なら、仕事がらみなのかなぁ。何とは無く、身内が憑いている感じじゃ無いんですよねぇ」

 頼りない上に無礼な若者に腹を立てていた東三条だが、自分にはどうしようも無い分野の事だし、紹介してくれた喜多は信頼しているので、相談を続けることにする。

「仕事関係と言われても、私は恨みを持たれるような事はしていないのですが……」

 そう言った途端に、黒い影はぐおぉと大きくなり、政宗は「やはり仕事関係だ」と感じる。

「東三条さんがそうは思っていなくても、相手は勝手に恨んだりする事もありますよ」

 どうも政宗は、人や悪霊すら怒らすのが上手い。ますます影は大きくなる。カウンターで天敵の留美にアールグレイを出していた銀孤は「何をやっているのか?」と溜息をつく。

『正輝様なら、あんな悪霊ぐらい直ぐに祓っていたでしょうに。それにしても、これ以上怒らすとまずいですね』

 黒い影が大きくなると、話していた東三条がぼんやりとしてくる。

「これじゃあ、話にならないなぁ」

 政宗は、黒い影に事情を尋ねることにする。

『ええっと、貴方は東三条さんに何か恨みがあるのですか?』

 カウンターで香り高いアールグレイを飲みながら、聞き耳を立てていた留美も、プッと紅茶を吹き出しそうになる。

「ねぇ、銀孤さん。もしかして政宗さんって空気読めないの? 恨みが無ければ、わざわざ憑かないんじゃない?」

「貴女に憑いた美夜さんは、恨みがあった訳では無かった筈ですよ」

「そっかあ! 都伯母さんは、未練があっただけだもんね」

 銀孤も政宗の質問の下手さに、ヒヤヒヤしていたのだが、留美に指摘されると思わず庇ってしまう。そして、そんな自分に苛つきを感じる。

「わぁ〜! そんなに怒らないでよ。東三条さんに恨みがあるのは分かったけど……こんな事をしても無意味でしょ? 東三条さんは、貴方に取り憑かれても、死にそうにないし……やはり、曹操と呼ばれる人物だけあって、運気が強いのかなぁ」

 黒い影も、東三条の運気の強さは感じているのか、少ししょんぼりする。そうなると、東三条はしっかりとしてくる。

「こんな風では仕事にもさわりが出てくるのです。どうにかして下さい」

 確かに、重要な会議の途中で社長がぼんやりしていたら、問題になるだろうと政宗は頷く。それに、心なしか顔色が悪い。どうも、悪意のある相手に憑かれるのは身体にも負担が大きいようだ。

「あっ、ここは喫茶店です。何か飲むか、食べるかしませんか?」

 東三条は、確かに喉も渇いているので、差し出されたメニューを見る。妙に喫茶店経営に熱心な銀孤は、すかさずオーダーを取りに行く。東三条は、人間離れした美貌の銀孤に少し驚いたが、落ち着いた大人らしく注文をする。

「では、コーヒーをいただこう」

「あっ、私にもね! キリマンが良いなぁ」

 お客には愛想が良い銀孤だが、役に立たないオーナーには無愛想に頷いて、その場を去る。

 東三条は、運ばれてきたキリマンを一口飲むと、ふぅ〜と溜息をついた。

「これは美味い!」

「やはり、キリマンは良いなぁ」

 銀孤のいれる普通のコーヒーも絶品だが、普段は高いキリマンなどは飲ませてくれないので、政宗は贅沢な気分で味わう。暫し、二人は無言で、美味しいコーヒーを楽しむ。

「おや? 影が小さくなりましたね」

 東三条は、このコーヒーで気分が良くなり、そのせいで影を押し返しているのだ。

「何だか、気分が爽快になりました。コーヒーをお代わりしましょう」

「銀さん、コーヒーお代わりだって! 今度はマンダリンが良いかなぁ? 良いですよねぇ、東三条さん」

 留美も東三条はコーヒー代ぐらいは気にしないだろうとは思うが、何だかセコイと政宗に呆れる。

「このままコーヒーを飲んでいる訳にはいきませんよねぇ」

 黒い影が憑いてから、どうも不調に悩まされていた東三条は、二杯目のコーヒーを飲み干すと、肝心の相談に戻る。政宗は、銀孤がいれてくれたマンダリンをちびちびと味わっていたが「会社訪問でもしましょう!」と席を立つ。

「えっ、会社に来られるのは……」

「だって、仕事関係の恨みみたいですし、私は貴方の会社については知らないから」

 東三条は、こんな若僧を会社に連れて行き、あれこれと内情まで説明をするのかと躊躇する。

「えっ、おじ様の会社に行くの? 私もついて行くわ! だって、私は助手だもの!」

「留美ちゃんも来るのかい? まぁ、紹介してくれた訳だし、良いかもしれないね」

「いつ、助手になったのですか?」と、政宗は内心で毒づくが、今日会ったばかりの自分と二人よりも、前からの知り合いの留美が一緒の方が東三条には気が楽なようだと考え直す。

こうして、政宗と留美はスリースターズ本社がある北浜へと向かうことになった。

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