第6話 先ずは話し合いましょう!
「ねぇ、銀さんもこのままじゃあ嫌だろうし、私はこれから瑠美さんのお父さんに詳しい事情を聞いてくるよ」
「前に聞いたのでは?」
「それは、亡くなった原因だけだ。何故、瑠美さんに憑いたのかはわからないままじゃないか? 都さんの当時の生活や考え方を理解しないと、解決できないよ」
「そんな理詰めで解決できるとは思いません。今は営業中ですし、瑠美さんの父上も仕事中でしょう」
「それも、そうか」と政宗が座り直したので、銀狐はホッとしたが、瑠美はスマホを取り出してにっこりと笑う。
「あっ、それならパパに電話して家に帰って貰うわ」
「そんな事をしても良いのか?」
「大丈夫! パパは社長だから」
「なるほど、あの豪邸の持ち主だけあるよなぁ。じゃあ、早速!」
人生を舐めきっている政宗の唯一の趣味は、ミステリー小説を読む事と、探偵ごっこだ。子どもの頃は警察官になりたいと考えていたが、柔道だとか、フル装備でマラソンをしなくてはいけないと知って諦めたのだ。
「ちょっと政宗様……」
いつも怠惰な政宗がいそいそと瑠美と出ていくのを、銀狐は追いかけようとしたが、生憎と客が入ってきた。尊敬する正輝様が残した喫茶店を潰すわけにはいけない。
「いらっしゃいませ」と営業スマイルで客を席に案内する。
一方の政宗は、阪急電車に揺られながら、瑠美に都という伯母さんの事を聞き取り調査していた。
「私は都伯母さんのことなんて、何も知らないの。今回の件で初めて父にお姉さんがいたのを知ったぐらいなのですもの」
母親も若くして亡くなった夫の姉をよく知らなかった様子だったので、娘の瑠美が知るわけも無いだろうと頷く。
「では、1ヶ月前に何か君に憑くような原因があったのかな?」
「えっ、何? 私が気に障るような事をしたの?」
「いや、気に障るような事だとは限らない。でも、今までは美夜さんは君に憑いたりしなかったのに、1ヶ月前に急に憑いたのは何かあったのだと思う」
瑠美が、1ヶ月前ねぇと考えているうちに電車は芦屋駅に着いた。二人は、駅に出迎えに来ている黒塗りの高級車に乗り込む。
「こんな贅沢な暮らしをしているから、羨ましがられたのかな?」
「そんな事は無いと思うわ。だって、都伯母さんが亡くなられた頃は、バブルの絶頂期だったのよ。きっと、今以上に贅沢な暮らしをしていたと思うわ」
「バブルかぁ~! 良いなぁ」
バブルの頃ならあのビルを売り飛ばせば、一生働かなくても暮らしていけたかも? と怠け者の政宗は夢想する。その前に大叔父の唯一の遺言である『喫茶店を開け続けること』という壁がある事をスコンと忘れている。
「政宗さん、着きましたよ」お馬鹿な妄想をしていた政宗は、瑠美に声を掛けられて正気に戻る。
「贅沢な暮らしが原因ではないなら、やはり大学がポイントなのかな? でも、大学なら瑠美さんの父親だっていった筈だし?」
玄関でふかふかのスリッパに履き替えた政宗は、瑠美に応接室に案内して貰う。前に訪問した仏壇がある座敷とは違いモダンな造りになっている。
両親は入ってきた政宗を見て、少し眉を顰める。ぼんやりとしていた瑠美を元に戻してくれたのには感謝しているが、大学を休学して喫茶店でバイトしだしたり、この男に騙されているのではと、不信感を持っているのだ。
「瑠美? 緊急事態だと聞いたから帰ってきたのだか?」
「そうよ、だって私にとってはこれ以上の緊急事態は無いもの。政宗さんが都伯母さんの事を聞きたいんですって!」
常識ある社会人なら、会社が休みの日とか、夜に訪問して聞けば良いと思うだろうが、生憎と政宗は休日や夜は読書にあてたいと考えている。
「都さんは、希望の大学に行きたいと猛勉強されたと聞きましたが、その大学は瑠美さんの大学と同じなのですか?」
「いや、姉は国立大学に進学する事を願っていたのだ」
暗に、瑠美の頭とは出来が違うと言われて、ぷぅと膨れる。母親も、少し不満そうな顔をする。
「何か、都さんの写真とか日記とかありませんか? 何故、1ヶ月前に瑠美さんに憑いたのか? 理由がわかれば、説得できるかもしれません」
「日記? もし姉が書いていたとしても、そんな物は私の両親が始末したと思いますが、写真なら……物置にあるかもしれません」
ここで真面目に探偵を志す人間なら自分で物置を探索するのだろうが、政宗は両親と瑠美で探して下さいと言い切った。つくづく怠け者なのだ。
「一人だけ呑気なものね!」
豪華な応接室のソファーで、のんびりと単行本を読みながら待っていた政宗に、瑠美が苦労して探しだした都伯母さんのアルバムをつき出す。
「ああ、見つかったのですね」
両親と瑠美は白い目で眺めるが、政宗は全く気にしない。アルバムの写真を興味深そうに見ている。
「へぇ、少し瑠美さんに似ていますね。伯母と姪だから当然か……あれっ? この男性は?」
「男の人? パパの若い頃の写真じゃないの?」
「どれどれ? ああ、これはお姉さんの家庭教師をしていた人だと思うよ」
そう父親が言った途端、黒い影が大きくなる。さっきまで、ああだこうだと茶々を入れていた瑠美が、ぼんやりとして黙る。
「もしかして、この男の人が好きだったのですか?」
黒い影はブルブルと震える。どうやら、この家庭教師に恋心を抱いていたようだ。
「そんな呑気な質問をしないで、さっさと除霊をしてくれ!」
「まずいですよ! その言葉は禁句です。美夜さん、私は除霊はいたしません! 先ずは話し合いましょう!」
除霊! に反応してどす黒くなった影に向かって、政宗はまぁまぁと落ち着かせる。
「政宗さん、瑠美が……お願いします。どんなやり方でも構いませんから、元の瑠美に戻して下さい」
元の木阿弥になってしまったと、母親は反応が無くなった瑠美を心配する。
「この家庭教師が今何処にいるか、わかりますか? この人にも当時の事情を聞きたいのですが……」
「さぁ、多分、神戸大の学生だったと思うが、名前までは覚えてないな。あの当時、私は中学生だったから……」
「あなた! 子どもだったあなたが覚えてなくても、昔の使用人なら覚えているのではなくて? 家庭教師にお茶を出したりした筈ですもの」
「そうだなぁ……母が生きていた頃に働いていた松ちゃんなら覚えているかも? しかし、かなり高齢だからなぁ」
そんな年寄りが覚えているのか? 不安そうに連絡したが、意外と昔の事は詳しく記憶していた。
「都お嬢さんの家庭教師は、神戸大の学生さんで、えらいハンサムさんでしたわ。名前は、そう、そう、ご三家の橋さんと同じで幸男です。名字は何でしたかしら? 家は武庫之荘だったと思うのですけど……あっ、そうだわ! 武庫之荘の村山さんですわ! ゴロが良いと、都お嬢さんと笑ったのを思い出しました」
長々と姉の思い出話が続いたが、村山幸男という名前と武庫之荘に住んでいたことが判明した。
「村山幸男さんに会いたくて、瑠美さんに憑いたのですか?」
黒い影は微妙に揺れる。政宗も、昔はハンサムだった村山幸男も、中年のおじさんになっているだろうと首を捻る。
「村山幸男に会いに行かなくて良いのか? 今も武庫之荘に住んでいるか分からないが、何処にいようと探偵に探して貰うぞ」
政宗は、自分が探偵のつもりなので、他の探偵に調査させると言い出されて少し不満だ。それに、その初恋の相手に会いたくて瑠美に憑いたのか? との質問に影は微妙な反応しかしていない。
「やはり、1ヶ月前の瑠美さんの何らかの行動が美夜さんが憑く原因のような気がします。でも、この様子では聞けないし……ここは、ソバ粉のガレットしかないかもな」
銀狐が聞いたら怒りそうな発言だが、両親は「今すぐに行きましょう!」と車を手配する。
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