第0話 プロローグ


 私たちはどうして、こんなことになってしまったんだろう?

 どうして、何かを欲しいと思うんだろう?

 どうして、誰かのことを傷つけるんだろう?


 私たちはどうして、何かを願ってしまったんだろう?


 ……そんなこと、いまさら尋ねたってもうどうしようもない。

 私たちはただ、自分達の願いの為に誰かの願いを踏みつけて、壊して、そうして前に進んできたのだから。もし、私たちにできることがあるのだとすれば、多分それは“祈ること”だけなんだと、私は思う。


「……ねぇ、アカネさん……? それでも貴方は……願うんですか……?」


 鳴り響き、大地を裂くような雷の音。

 燃え盛り、空を焼きつくような街の炎ーー。


「…………」


 頬を打つ雨は冷たく、制服はびっしょりと水を含んでいた。

 額に髪が張り付き、僅かに火照った体がむず痒い。

 そんな中で手に握る“ソレ”は容赦なく温度を奪い続けている。容赦なく、確実に。実際に脈打っているのは私の心臓なんだろうけど、まるで“ソレ”が生き物であるかのように脈打ち、私から熱を奪い続ける。

 ……いや、もしかすると奪われているのはもっと違うものなのかもしれない。誰かを想い、何かを願うーー、そんな感情なのかもしれない……。最も、私にはそういうものが欠落していると言われたような気もするけれど……、そういったものも既に削り取られて、過去に流されてしまったんだろう。いまとなっては遥か昔のことに思える。でも、


「まだ奪われるだけの物が残っていたのだとしたら、私もやっぱり皆さんと同じだったってことですかね……?」


 そうだとしたら、私は少しだけ嬉しい。

 崩れ落ちたビル。壁に叩きつけられ、意識を失っているのか地面に倒れこんで動かない姿に私は歩を進める。

 確実に、一歩ずつ。見覚えのある光景にため息を零しつつも前へ。

 ひび割れたアスファルトに溜まった水たまりが足元で跳ね、でも、それももう構わないかと諦める。


「……なんのために……戦っていたんでしょう……?」


 それは彼女への最後の問いかけで、私自身への最後の決別でもあった。


「……もう、終わりにしようかな……」


 返答はなく、私も歩みを止めることはない。

 一定のリズムを刻みながら靴底で雨水を跳ね上げ続ける。

 不思議と気持ちは落ち着いていた。

 不思議と、何も思わなかった。

 不思議とーー、……いや、それはまやかしだ。

 誤魔化して打ち消して、自分自身で狩り取った。


「なーんて」


 言い訳を重ねながらもやることは変わらない。

 ここまで来て、止めることはできない。

 どうしてこんなことにと後悔しながらも前に進むことしか出来ず、また、そうすることでしか何も救えない。奪いつづけることでしか、私は何も手に入れることができないーー。


「 それじゃぁ、さようなら 」


 そういって私は手に持っていたその刃を彼女の体に振り下ろした。


 ーー暗雲とした空の上で、耳障りな嗤い声が聞こえた。

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