攻略対象者な私はギャルゲー主人公から逃げたいわけで!

花果唯

第1話

『運命の羽』


 どこからともなく舞い降りてくるという白い羽の噂——。

 一部が桜色に染まっていて、それはハートに見えるという。

 その羽を拾った者は運命の出会いをする……らしい。


 心から信じてはいない。

 ただ、『素敵だな』とは思っていた。

 興味はあるけど、積極的に探しはしない。

 思い出した時に、ふと辺りを見回してみるくらいのものだ。


 『運命の出会い』をしてみたい、という年頃の女の子らしい願いはあった。

 『願い』と言っても淡い期待程度のもので、希望的観測。

 望んではいるが現実味のないもの――。

 自分の中ではそういう扱いだったのだが……。


 高校生活が始まった、ある日のこと。

 普段はそれほど気にならない校内花壇の花が、とても気になった。


「……枯れそう? 元気がないなあ」


 最近日照りが続いていたせいか、土がとても乾いているし、雑草も伸びている。

 手入れはされているはずなのに、生気のない様子の花達が可哀想に見えた。


「お水あげよ」


 そんなことは、今までしたことがなかったのだが……。

 ただ、そういう気分だったのかもしれない。

 辺りを見回すと、近くに蛇口を見つけた。

 水やりにちょうど良いホースもついているし、早速水をあげよう。

 ホースを花壇に向けて思い切り蛇口を捻ると――。


「うわっ!?」

「え!?」


 ホースを向けた先から、男の人の悲鳴が上がった。


「え?」


 そちらに視線を声の方に動かすと、スラッとした背の高い男子生徒が立っていた。

 よく見ると、びしょ濡れになっている。


「……あっ!」


 雨も降っていないし、周りに水気はない。

 どう考えても、濡れている原因は私だ!

 私が水を掛けてしまったのだろう。


「ご、ごめんなさい! お花に水をあげようとして……! ちゃんと見ないまま、水を出してしまいました!」


 慌ててホースを置き、男子生徒の元へ駆け寄った。

 ネクタイの色が赤……ということは、一つ上の二年生だ。

 どうしよう、怒られるかもしれない!

 怖い人だったらどうしよう。

 そんなことを考えながら、頭を下げていたら……。


「あははっ」

「!」


 男子生徒の綺麗な声に意識を奪われた。

 とても澄んだ、素敵な声……。

 思わず聞き惚れてしまい、ボーッとしてしまったが……笑い声?

 何がおかしかったのだろうと不思議に思い、顔を上げると……目が合った。


「暑いと思っていたところだったんだ。涼しくなったよ」

「…………っ!?」


 瞳に彼の姿が目に入った瞬間、息が止まった。

 柔らかそうなクリーム色の髪に、翡翠のような瞳——。

 鼻筋の通った整った顔立ちに、長身のスマートなスタイル。

 穏やかに微笑をこちらに向けて立つ姿は、キラキラと輝いて見える。


(か、格好良い!)


 一気に顔に熱が集中していくのを感じた。

 心臓も、いつもより倍以上の早さで脈打っているようだ。

 早く息をしないと窒息してしまいそうなのに、体が言うことを聞かない。


「君? どうかした?」

「あっ! ご、ごめんなさい! ……そうだ、水をかけてしまってすみません! ハンカチ!」


 話し掛けられて、ようやく頭と体が動き始めた。

 持っていたハンカチを差し出すと、「これぐらい構わない」と遠慮された。

 でも、綺麗な髪から水が滴っているし、顔も濡れている。

 水も滴るイイ男とはこのことだ、なんて考えている場合ではない。


「でも、そのままだったら風邪ひいちゃいます! 軽く拭くだけでも……失礼します!」


 なんとかしようと額や頬にハンカチをあて、ふき始めたところで気がついた。

 背の高い先輩を見上げ、手をのばしたのだが……顔が近い!

 私はなんて恥ずかしいことをしてしまっているのだ!


「急に近寄ってごめんなさいっ」

「あ、いや……構わないが」


 少し気まずそうにはにかむ先輩を見て、更に恥ずかしさと申し訳ない気持ちが増した。

 私は何をやっているのだろう!

 心臓がまだ落ち着かないし、心に余裕がない!

 私はどうしてしまったのだろう……!

 

 改めてもう一度謝ろうと先輩に顔を向けた、その時……。


「?」


 頭上に微かな気配を感じた。

 ……何か落ちてくる?

 澄み渡る青空を背景にして、ひらひらと舞い降りてくる……それは何?

 校舎の屋上から、誰か何か落としたのだろうか。

 ふわりと不規則な動きをしながら落ちてくるそれを、落とさないようそっと両手で受け止めた。

 それは白い羽だった。


「羽だね。鳩でも飛んでいたのかな」


 私の動きを見ていた先輩がポツリと呟いた。

 先輩に見られていたことに動揺してしまったけれど……。

 あることが頭をよぎった。


(もしかして!)


 羽を綺麗に広げると、そこには……あった。

 間違いなくハートの模様だった。


「すごい……運命の羽だ! 噂は本当だったのね!」

「?」


 驚きと興奮で、思わずぴょんぴょんと跳ねてはしゃいでしまった。

 素敵な先輩に出会ったところで運命の羽が落ちてくるなんて、少女漫画みたい!


「……えっとー?」

「あ!」


 その素敵な先輩が、まだ目の前にいたのだった!

 不思議そうにこちらを視線に気づき、顔がカーッと熱くなる。


「あ、すいません。いきなり叫んで! あの、先輩は『運命の羽』って噂をご存じですか?」

「いや、知らないな……あっ!」


 私の手にある羽を見ていた先輩が小さく驚きの声をあげた。

 ……何?


「わっ!?」


 私も自分の手に目を向けると、羽が眩しい光を放っていた。


「何これ! 光ってる!?」


 熱くないし、冷たくもない。

 何も感じないが、羽根は確かに強く極彩色に輝いている。


「ど、どうすればいいの!?」


 捨ててはいけないような気がして硬直したままでいると、光はだんだん弱くなり――。

 そして、羽ごと消えていった。

 広げている私の手のひらの上には、もう何もない――。


「き、消えた……!」

「これはいったい……。運命の羽? とやらなのか?」

「あ、はい。多分そうだと思います……」


 この学校ではよく耳にする噂なのだが、びしょ濡れの先輩は知らないようだった。

 男の人にはあまり興味がない話かもしれない。

 でも、こうやって目の前で現れたし、何よりも興奮を抑えきれない!


「あの! 実は、こういう噂があって……!」


 我慢出来ず私が知っている『運命の羽』の説明をした。


「そうか。不思議なこともあるものだな。素敵な話だね」


 そう言って微笑んだ笑顔を見て、私の胸は突然苦しくなった。

 甘くてむず痒い痛み……これは何!?


 大体の男子は、『運命』という言葉がでた時点で馬鹿にしたり、呆れたりする。

 そして、『女子ってそういう話好きだよな』なんて、おきまりの台詞を吐かれて終わることが多い。


 だが、先輩はそれをしなかった。

 今、実際に目にしたからかもしれないが、茶化すことなく話を聞いてくれた。

 私はそれがとても素敵だと思った。


「先輩は『運命』って信じますか?」

「どうだろう……。でも、どこかに自分の運命の人がいると思うと……会いたいな」


 先輩の返事を聞いて、更に胸が高鳴る。

 こんな共感できる男の人に出会ったのは初めてだ!


「そうですよね! 私もそう思います!」


 思わず力いっぱい頷いてしまった私を見て、先輩は目を丸くしていたけれど、くすりと笑った。

 笑顔も綺麗……。

 こんな素敵な人がこの学校にいたなんて、知らなかった……。


「出会えるといいね。運命の人に」

「……はい」


 顔が赤くなるのを感じながら頷く。

 そして、『この人が私の運命の人だったらいいのに……』と思った。


 もしかしたら――。

 消えてしまったさっきの羽は、私達を巡り合わせるために現れたものだったのかもしれない。


「じゃあ、またね」

「はい……あ、あの、先輩!」


 去ろうとした先輩を、とっさに引き留めてしまった。


「あの、私……鳥井田とりいだ黄衣きいといいます。先輩のお名前は……?」


 ナンパのように名前を訊ねるなんて、普段の私なら絶対にできない。

 でも、今はどうしても知りたくて――。


 花壇の花に囲まれた中で、先輩は優しく微笑んだ。


「俺は――神楽坂かぐらざかあおいだよ」

「神楽坂先輩……」


 名前を口にすると、鼓動が早くなり、心臓が張り裂けそう……。


 それが先輩との、神楽坂葵との出会いだった。

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