第104話 決着 その5
「魔界に戻った後、二度とこの世界に来ないって言うなら奪った力を戻してやってもいいぞ」
「いや、いいや」
「何っ?」
何と彼はカムラのこの申し出を断ったのだ。少しも悩まずに即決で。この予想外の展開には魔界蛇も驚きを隠せなかった。勿論いつき達もアスタロトのその判断に首をひねるばかり。
周りの困っている様子を見て説明が必要だと感じた彼は、ニヤリと笑うと得意げになって口を開く。
「今の姿の方が周りの同情を買える。この姿のまま魔界に戻るさ」
「ま、お前がそう言うなら構いやしないさ。ただ、後で泣きついたってもうその時には返さないからな!」
「はは、分かった。肝に銘じておくよ」
すっかり穏やかな表情が戻ったアスタロトの姿を見て、これが本来の彼なんだなといつきは遠い目をする。こうして今後の予定が決まった魔界貴族は、善は急げとばかりに今から魔界に行くと言い出した。
勿論この彼の決断を止める者は誰もいなかった。
「じゃあ、気を付けて」
「ああ、有難う……い、いつき」
普通の感情を取り戻したアスタロトは、ついに親愛の感情を込めていつきの名前を口にする。呼ばれた彼女はそれが嬉しくて思わず涙目になるのだった。
「魔界までは俺が送ってやろう。せめてもの手向けだ」
カムラはそう言うと、子供姿の魔界貴族を自分の背中に乗せる。力を失っているアスタロトは素直にその好意を受け取った。魔界に戻るのはゲートのあるあの丘に行くのもひとつの方法だけど、カムラほどの実力者になると自力でゲートを作り出す事も出来る。そんな訳でカムラはその場でゲートを開いた。
今からゲートに入ろうとする2人を前に、ヴェルノは自分の父をまず頼るように進言する。
「戻ったらまず父様に会ってみて。水晶を見せれば協力してくれるかも知れない」
「ああ、分かった。お前にも迷惑をかけたな」
ずっと敵対してきた相手から優しい言葉をかけられ、ヴェルノはまだ受け入れきれずに気持ちが混乱する。その隣ではすっかり現状を受け入れたいつきが魔界に帰る小さな彼に手を振った。
「アスタロト、元気で!また魔界にも遊びに行くから!」
「あ、ああ……。次会う時はきっと元の姿に戻ってるぞ」
「そっか。うん、楽しみにしてるね」
こうして別れの挨拶を済ましたいつき達の見守る中、カムラとアスタロトはそのまま魔界へと帰っていった。ゲートが閉じて全てが終わった後、ヴェルノは改めて振り返っていつきの顔を見上げる。
「これで満足した?」
「うん、スッキリした。アスタロト、魔界で上手くやれるといいね」
いつきはそう言って、とびきりの笑顔を相棒の魔界猫に向ける。いつき達の頭を悩ませていたアスタロト問題はこうして決着が着いた。お互いに傷つかない方向で問題が解決した事に、彼女はとても満足している。
その後は幻龍に何度もお礼を言って2人も家に戻った。土地神の爺さんはまたいつでも頼っておいでと言って、優しく微笑んで彼女を見送る。
玄関のドアを開けたいつきはようやく訪れた平穏を満喫しようとリビングに直行し、テレビのリモコンを操作して録画していた好きなドラマを楽しむのだった。
長年行方をくらませていたアスタロトが突然戻ってきた事で、魔界は一時的な混乱状態になった。
しかし、同行していたカムラの話と、証拠の記録水晶の映像などが決め手となって、彼の罪は十分償われたとして結果的に許される事となる。この措置についてはヴェルノの父、ヴェルムの働きかけが大きかったとされた。
そんな周りの大騒ぎをよそに、ヴェルノの生家では彼の可愛い双子の姉妹が兄についての話し合いを続けている。
「お兄様、今度はいつ帰ってくるかしら?」
「ただ待っているだけだなんて、一体いつになるか分かりませんわ」
どれだけ議論を続けても同じ結果に辿り着いて2人は頭を抱えてしまう。そんな会話の堂々巡りの末に、姉のローズがポンと前足を叩いて名案を閃いた。
「そうだ!逆に今度は私達があちらの世界に行くというのは?」
姉のこの作戦を聞いた妹のリップも目を輝かせ、興奮しながらすぐにこの話に同意する。
「あ、それはいいかもですわ!」
「そうと決まればお父様に許可をもらわなきゃですわね!」
こうして双子2人の人間界電撃訪問の作戦が練られ始める。行動の早い2人の事、作戦が実行に移されるのはそう遠い話ではないだろう。
その頃、人間界では魔界でそんな動きがある事を全く知らないヴェルノがのんきにあくびをしながら平穏な日常を謳歌していた。
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